第12話 トガクシ
「――見逃してやるから食いモンくれねえか?」
1撃の件から一時が経ち、回復したこの男が開口一番に発した言葉はこれだった。
少なくとも自分から襲って見事返り討ちにあった人間が発する事が出来る台詞ではない。
てっきり「すまん、悪かった見逃してくれ!」とか「覚えてろよ!」くらいのいかにも小悪党じみた事でも言うかと思ったが。
「なッ…‥あんた自分の言ってること分かってるのか?こっちはカノが殺されかけたんだぞ!?」
「しっかし嬢チャン強エェなあッ!拳法ってやつか?どこで習った?」
この男は俺の言葉を微塵も聞いていないようだ。
「……」
カノは眉間にシワを寄せて非常に不機嫌そうな顔だ。男と目を合わそうともしない。
こんな事をされればカノだって怒るに決まっている。
「なあ嬢チャン悪かったって!謝るから!な?」
そんなとってつけたように謝られてもカノが許すはずがないだろう。
「……どうしてくれるんですか。」
カノがボソッと呟く。
「ん?何がだ?」
男は何の話だとでも言わんばかりの表情をしている。
こいつ、カノにした事を分かってないのか?ナイフをつきつけられたんだぞ!?
強いとは言えカノはまだまだ若い女の子だ
下手をすれば一生モノのトラウマにだってなりかねない。
それ程の行為をしたという事をこの男は自覚すらしていない。
怒りがフツフツと湧き上がってくるのを感じた。
「らーめんがこぼれました!まだおつゆが残ってたのに!どうしてくれるんですか!?」
こんなに激怒しているカノを見たのは初めてだった――。
――その後、
その男の名はトガクシ。
なんでもこうやって通りすがりの人間を襲っては強盗をしては、それを
最近は砂嵐の影響でほとんど人が通らず空腹に耐えかねていたところを、久しぶりにカモがネギしょって通りかかったため襲ったとの事だった。
マスクを取るとなかなかの渋いイケメンである。歳は30代そこそこで恐らく自分と同じくらいか少し上だろうか。
この渋さは俺には出せそうもない。
最初は麻生地のロングの上下で隠れていたため分からなかったが、よく見るとガタイもかなり良い方だ。
最初に現れた瞬間はほとんどその挙動が見えなかった。
病み上がり状態であのオニと互角に
少なくともただの強盗とは思えなかった。
日が落ちて辺りはもうすっかり暗くなっていた。
「ところでお前さんら。どっかに行く途中だったのか?」
二個目の缶詰を豪快にムシャムシャ食べながらトガクシは俺たちに尋ねた。
「俺たちはこれからカノの村に行こうと思ってる。」
「カノって……嬢チャンの村か?何て名前の村だ?」
「カベ村というところです」
そういえば村の名前聞いてなかったけどカベ村っていうのか。
「カベ村……か。……嬢チャンはその村の出身なのか?」
トガクシの表情が少し曇ったような気がした。
「はい……トガクシは知っているんですか?」
「ココら辺一帯は俺の縄張りだからな。カベ村か……そうか。」
「……?もしかして場所が分かるのか?」
「そりゃ分からんでもない。食いモンくれた礼だ、行くなら案内してやる。」
「分かるのか!それは助かる!」
「それよりお前さんら、気付いてないのか?」
おもむろにマスクを上げて鼻まで隠すトガクシ。
――次の瞬間。
「ギィッ――!!」
岩の陰から現れ火に照らされる二つの影。
内一つが彼に襲いかかる。
瞬時に飛び退くトガクシ。
「ガキ――しかも二体かよッ――!クソッ!ワリに合わねえッ!」
と同時にもう一体も俺に飛びかかってくる。
「ミノルッ――!」
爪を左手の刃で受け止めるカノ。
「カノッ――!」
「大丈夫ですッ!ミノルはさがってて下さいッ――!」
そう叫ぶと右の拳をガキの腹部に思い切りブチ込む。
「グアアアアァァアッ!!」
その衝撃で3m後方へと吹き飛ぶガキ。
つ、強すぎるだろッ……!
初戦の比じゃないッ……!!
トガクシも俺を挟んだ後方でガキと
何度も振り下ろされる爪。
スレスレのところで全ての攻撃を
と同時に右手に持ったナイフで化け物の身体を切り刻んでいく。
まるで大道芸のような身のこなしの前方宙返り。
その勢いで化け物の頭に強烈な踵落としをお見舞いする。
地面に叩きつけられるガキ。
すごい……トガクシも互角以上だ……!
「グ……ガ……」
既にガキ達はボロボロだ。
これなら倒せるかもしれない。
安堵したその時だった。
ガキ達の傷がボコボコと音を立てながらみるみる塞がっていく――。
「「ゲゲゲゲゲ」」
立ち上がってニヤニヤと薄気味悪く広角を上げる化け物ども。
なッ……!
こいつら再生するのか……!!
「見ただろッ――!コイツらといくら戦ってもキリがねえッ!!隙を見てズラかるぞッ!!」
トガクシが叫ぶ。
クソッ!!どうすればいい……
最初に倒したガキは背中にはコアのようなものがあってそれを破壊したことで倒れた……
心臓みたいなものだとすればやはりあのコアが弱点だ……!
でも今は武器になりそうなものは持ってない。ましてや二匹相手なんて……
「オイッ!!ワリぃが俺だけでも逃げるからなッ!!」
まだ善戦はしているがトガクシは「はぁはぁ」と息が切れかかっている。
「待ってくれッ――!!」
そうだ死ぬくらいなら俺が囮になればいいんだッ――!
でもどうやって……?大声をあげるか……?
ダメだ……人間一人の大声なんてたかが知れている。
吹き荒れる風の音で簡単にかき消されてしまうだろう。
他に大きな音を出せる道具はないか……?
さすがにそんなものを買った覚えはないし持ってきた覚えも……
道具……?
待てよッ――!ひとつだけ方法があるッ――!!
全速力で車の方向へ駆け出す。
「こ、こっちだ化け物おおおおおオオオオォォッ――――――!!」
「プアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ――!!!!」
周囲に耳障りな異音が轟き渡る。
それは本来歩行者や他の車に用いる警笛だ。
「「ギィッ!?」」
「何だッ!?」
その場にいる全員が一瞬気を取られて俺の方を向く。
「今だッ――!!カノ!トガクシ!背中が弱点だッ!!背中をやってくれええええッ――!!」
「ミノルッ――!わかりましたッ――!!」
「背中?なんなんだそりゃあ!チッやるしかねえのかッ――!」
カノの刃とトガクシのナイフが同時にガキの背部を貫くッ――!
「グッ……ガアアアアアッ――!!」
「ギアアアアァァァッ――!!」
二匹の断末魔がほぼ同時に響き渡った。
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