第11話 旅路

「たしか村はこっちの方だったとおもいます」

 そう言ってカノがしめした方向にはかすかに彼女の足跡が残っている。

 俺たちは再度カノが倒れていた場所まで訪れていたのだ。

 

「こっちか……」

 丁度家と反対の方向だった。

 目線の先には荒野が果てしなく広がっているだけだ。目印になりそうな物は何もない。

 決してカノを疑っているわけではないが、案内と足跡だけでこんなところを進むのはさすがに危険すぎるんじゃないだろうか。


 足跡だっていつ消えるか分からないし、ましてや現地人でさえ迷うようなところだ。

 せめて進む方角さえ分かればあれば安心出来るんだけど。

 

 と言ってもコンパスも無いしこんな知らない土地で方角なんて分かるわけが……

 ん……待てよ。

 

「たしかあの本に……」

 右腕に着けていた腕時計の針を見る。時間の把握が出来るようにと出際に着用したものだ。

 針は10時10分を指している。


「えーっと……短針がここで……こうだから……分かるぞ!」

 まず腕時計を水平に保った状態で、短針を太陽に向ける。

 その状態で文字盤の『12』と短針で作る角を2等分した線が南北方向になる。

 午前6時~午後6時の時間帯は鋭角が南、それ以外の時間帯はその逆になる。

 言葉にすると難しそうに感じるが、実際にこうやって試すと割と単純だ。

 鋭角を2頭分した南線は丁度俺の家の方向を向いていた、ということは進むべき道は真逆。

 北ということになる。

 この知識も3年前の残骸によるものだが、意外なところで役に立つものだ。


「よし。カノ、行こう!」

 だいぶ放置されたカノはちょっとふてくされているような気がした。



「――風が強くなってきたね」

「そうですね」

 出発して3時間程度は走っただろうか、まだ着く気配はない。

 それどころか、強い風に吹かれてところどころで砂が舞っている。

 周りの景色を見渡すと、家くらいの大きさがある黄土色の岩山や、枯れ木などが目立つようになってきた。地面には大きめの岩石が転がっている。

 


 ――更に1時間後

 

「――マズイなこれは」

 舞う程度だった砂が進むにつれてどんどん激しく濃くなり、今や砂嵐と化していた。

 もはや10m先もはっきりとは見えない。

   

「そういえばわたしがきた時も、とちゅうでこんなあらしでした……」


 ……こんな途方もない距離をカノは歩いて来たんだった。

 誰にも頼ることも出来ずひたすら吹き荒れる大地を歩くカノの姿を想像すると、どうにもいたたまれない気持ちになった。


「ちょっと休憩しようか」

 こんな中を闇雲に車を走らせるのは命取りだ。

 嵐が収まるまで休むべきだと判断した。

 とは言えいつ収まるのか分からない。

 下手をすればこの荷物でギュウギュウになっている狭い車内で何時間も待つ事になる。

 どこかいい場所は無いものか……と、岩山が密集しているところに目が止まる。


「ここで降りよう」

「いいばしょですね、ミノル」

 丁度そこは開けた大地の周りを囲うようにして高い岩山が集まっているところだった。

 ここなら風の影響も少なく休むには絶好の場所だ。


「んーーー」

 さすがに4時間もぶっ続けで運転すると肩もバキバキだ。


 ――ん?今向こうの岩山の影で何か動いたような……

 気の……せいか…………?


「―ル」

「―ノル」

「ミノル!」


「え!?ああ……カノか。」

「どうしたんですか。話しかけてもぜんぜんへんじしませんし」

「いや、なんかあっちで動いたような気がして……どうしたの?」

「おなかが、へりました」



 ――枯木をライターで着火すると勢いよく燃え上がった。

 鍋にミネラルウォーターを注ぎ3点に置いた岩の中心にこぼさないように慎重に置いて沸くまで待つ。


「ミノルこれは何ですか?」

 カノは青いカップ状のものをしげしげと見つめながら不思議そうに尋ねた。


「よくぞ聞いてくれました。人類の英知の結晶、カップラーメンだよ」

 自慢げに、そして嬉しそうに鼻をならしながら二人分のカップに沸いたお湯を注ぐ俺。


「えいち……?かっぷらーめん……?」

「カップラーメンってのは1917年に最初に発売された商品で、最初はあまり注目されなかったんだけどとある事件がテレビで放送されたことを皮切りに爆発的にヒットして今では世界中で愛されていているんだ。容器は基本的には発泡スチロールなんだけどこれは中の保温のためと手に持ったときに熱くないように考慮されてるんだよ。熱湯を注げば3分という早さで出来るんだけど、火が用意出来ない場合は水だけでも15分待てば出来るんだ。金なし場所なし器なし、そんな条件でもいつでも美味しいラーメンが食べられるってのは一種の奇跡、魔法みたいなものなんだ。ちなみに俺は魚介の出汁が濃厚なシーフード味が一番好きで――」

 

 やってしまった……

 こうやって自分が好きな話題になるとベラベラと長ったらしく喋るのが悪いくせだ。


「ミノルがさっきからなにを言っているかひとつもわかりません。どうぶつじゃなくてちゃんと人のことばを話してください」

「ひ、人のことばだよッ!一応ッ」

 そうこう話している間に目的の時間が経ったようだ。


「さ、食べよう」

 蓋を開けると一気に曇るメガネ。


「わぁーおいしそうなにおい!」

 目をキラキラさせるカノ。


ズズ――ハフハフッ――ズズ――


「ッ!?――おいしい!!!ヘビのおにくの2倍、ネズミのおにくの3倍くらいおいしいかもしれません!!」

「でしょ?おいしいでしょ?」

 比較対象が爬虫類とげっ歯類なのでおいしさが非常に伝わりにくいが、だいぶ喜んでくれているのでまあ良しとする。



――ジャリッ


 そろそろ食べ終えようかというそのときだった。

 すぐ近くで明らかに自然が発する音以外の物音が聞こえた。


「誰だッ――!」

「誰ですかッ――!」

 

 場が空気が一瞬で張り詰め、カノも即座に臨戦態勢を取る。


 ――反応はない。


「オニかッ――!い、いるなら出てこいッ――!」


 大声を出して威勢だけはいいが、怖くて怖くてしかたなかった。


――ガコッ

 

 次はまた違う場所で何かが何かにぶつかったような音が鳴る。

 

 音が鳴ったほうを見る。

 

 石……?

 

 ――気を取られた次の瞬間。

 

 最初に音が鳴った岩山の影からヒトガタのものが現れた。

 

 瞬時にカノの背後を取って首元にナイフのようなものを突きつける。

 

「なッ――!カノッ――!」

 

 そのヒトガタは麻生地のロングの上下に、ストールのようなものを首に巻いている。

 さらに顔の鼻から下をマスクのようなもので覆い、頭は黒い短髪のようだった。


「オイ……死にたくなきゃ持ち物全部置いてけ」


「オニじゃ……ないのか……?」


「オイ……聞いてるのか?この女殺すぞ」

 ナイフをカノの首に食い込ませ、ドスのきいた声で脅してくる。


「ちょっと待ってくれッ!全部って何をだ!?」

 急すぎて状況が分からない。少しでも時間を稼がなければ――。

 

「持ってるもん全部だよ。そのよくわからねえデッカイ塊みてーのもだ」

そう言うとマスク野郎は車の方を顎で指した。


「あれは俺にしか動かせないぞ!そ、それに動かすには燃料が必要だ!」

 

 車だという事は分かってない。相手が気になるような言葉を並べてみるが……


「動かすって何だ?ゴチャゴチャ言ってねぇで全部置いてどっか行け!|本当にっちまうぞッ――!」


 時間稼ぎが効きそうな相手じゃないッ――

 

「分かっ――」


「ごめんなさいッ!!」


ドンッ!


「ゲホッ!!」


ドサッ


「え?」


 眼の前の光景に理解するまでそれほどの時間はかからなかった。


 カノの肘鉄が相手のみぞおちへクリティカルヒットし、一撃で倒れたのだ。


「ググ……おま……えッ――!ゲホッ!!」

 苦しそうにもがくマスク野郎。


「まだやりますか?」

臨戦態勢を崩さないカノ。


「ちょ……ちょっと待ってくれ……わかった……降参だ」


あの一撃で敵わないことを悟ったのか、さもあっさりと白旗を揚げたのだった。

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