第10話 生きる

「ふわあーあー、んーんっ!」

 けだるそうに両腕を上に挙げ大きく背を伸ばす。

 あのあとすぐにベッドのからスースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきたが、俺はというとしばらくドキドキして眠れなかった。

 家族以外の女の人と同じ部屋で一緒に寝るのなんて何年ぶりだろう……?

 「んー」と頑張って過去を思い出してみたが、そもそもそんな記憶は無かった。


 時計の針は6:40を指していた。

 そういえばカノはまだ寝てるのか……?


 チラッと彼女の方を見たその瞬間――


「――ッ」


 艶やかな白銀色の長髪――

 滑々とした淡褐色の肌に刻まれる無数の細かい傷跡――

 解れて今にも破けてしまいそうな薄い服――

 ひと欠片の悪意も感じさせない無防備な表情――

 まるでまだ母親の子宮の中にいるような無垢な寝姿――


 カーテンの隙間から漏れる朝焼けに反射して映し出されるその光景に、思わず息を呑んでしまう。


 彼女の容姿はたしかにキレイだ。でもそれだけじゃないそれ以上のもっと何か――


 そうだ、この子はんだ。


 身体も服もボロボロになりながらこんな荒廃した世界でも必死に生きようとしている。


 日本という国で毎日目的もなく生きてしんでいた俺とは違うんだ。


 だからこの子はこんなにもッ――!



「くッ……!」

 いつの間に涙がこぼれ落ちていた。


「ふわぁー。ん……?ミノル……?泣いているのですか……?」

「うわっ起きたの?……」

「ちょっとあまりにもキレイな景色に感動しちゃって……」

「キレイなの!?わたしもみたいです!どこですか!?」

「ごめん、もう終わっちゃった」

「それに……俺にしか見れない特別な景色だから」

「ミノル、ずるいです」

 眉間にシワを寄せてムクれるカノ。


「ごめんごめん」

 俺は謝りながら「ブビ―ッ!」と鼻をかんだ。


「ところでカノ、村に行く前に提案なんだけど……着替えとか……あるわけないよね?」

「きがえですか?布はきちょうなので……これしか持ってないです」

「だよね、持ち物もほとんどなかったもんね。でもさすがにその服も上下ボロボロでもう破けそうだし、新しい服に着替えた方がいいんじゃない?」

 というか……目のやり場に困るというのが本音だ。


「服があるんですか!?」

「まあいっぱいとまではいかないけど、何枚かあるよ。と言っても男モノしかないけどね。ちょっと大きいかもしれないけど、Tシャツならカノに合うのもあるんじゃないかな……んしょ」

 そう言うとタンスの中にごちゃごちゃに入っているTシャツやら短パンやらの一塊を床にばら撒いた。


「わぁー!いろんな色がありますねっ!色だけじゃなくてがらもみんなちがいますっ!」

 カノは目をキラキラさせて声を踊らせている。

 やっぱりこんな世界でも女子は女子なんだなぁ、ははは。


「これはウサギかな……かわいい!」

 うんうん、そうだろうそうだろう。好きに選び給え。


「けどたんぱくすぎる……」

 ……ん?


「これはぶたかな……ももいろだ」

 やっぱり女子といえばピンクだもんなぁ。そうかやはり気になるか。


「けどあぶらっこすぎる……」

 ……んん?


「こっちはしろとくろのネズミ……?」

「おいしそう!!」

 ……あろうことか夢の国のマスコットキャラクターをおいしくいただこうとしているッ



――小一時間後。


「でもなーやっぱりこれにしようかな。うんうんこれにしよう。下は……これがいいかな、よし……ミノル!きまりました!」


 言葉通りの肉食系女子よろしく悩みに悩んだ結果カノが選んだものは、意外にもクリーム色の無地のTシャツとデニムのハーフパンツという地味なものだった。


「えぇ……それじゃ前の服と色的にあんまり変わらないような気がするんだけど……ホントにそれでいいの?」

「はい!あまりめだってしまうのはよくありませんから」

「カノがいいって言うならいいけどさ……」

「じゃあさっそくちょっと着てみますね」

 そう言うとおもむろに手を対角線に交差してボロボロのタンクトップを脱ごうとするカノ。

 気づいたころにはもうすでに胸のあたりまできていた。


「ちょちょちょちょっとッ……!!」

 思わず背中を向く。


……


「あたらしいふくはきもちがいいですね、ミノル!」

 振り返ると無事に着替えた彼女が立っていた。

 ただ、今までの服に比べて大きくて動きにくいとの要望でTシャツの袖全部とハーフパンツの裾半分ほどをハサミで切り、ベルト着用を提案してみた。


「ミノル、どうですか!」

 クリーム色のタンクトップにデニムのショートパンツ、ベルトには出刃包丁が刺さっている。


「でもちょっと胸が苦しいですね……そのどうぐかしてください」

 おもむろにハサミでチョキチョキと胸元に縦に切り込みを入れるカノ。


「な、なにしてッ……」

「かんぺきです!」

とりあえずのフル装備を終えたカノはどこか満足げだ。


「お、おお。いいんじゃないかな。」

褐色の肌はクリーム色の生地によく映えてキレイだった。


「さて、あとは……何があるか分からないから色々持っていかないとね」

 缶詰、レトルト、ミネラルウォーター、ハウツー本、ライター、LEDランタン……っと、シーフードも忘れずに。

 あって役立ちそうなものは旅行カバンとリュックに詰め込めるだけ全てを詰め込んだ。


―――

――


「ふぅ……よしっ!行こうか!」

 日本国内ですら見知らぬ土地で探索するというのは少なからず勇気が必要なのに、ましてやここは化け物が存在する全く未知の「世界」だ。

 この無謀とも言える行為にどれだけの覚悟が必要なのか、自分でも理解しがたかった。

 その背中を押してくれたのは、カノを守りたいという淡い思いだけだった。


「ミノル、このおおきくてかっこいいてつのかたまりみたいなのは何ですか?」

「それは自動車って言ってね、自分が走らなくても速く移動出来るんだよ。これを使えば多分村までそんなに時間はかからないと思うけど」

「ということはやっぱりこの中にもこびと……おっきいこびとさんがはいってるんですね」

「カノ、それはもう普通の人間だと思うんだけど」


 村への旅路が今始まろうとしていた。

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