第9話 世界

「ん……んんッ……おはよう、ミノル」


 化け物を倒してから2時間くらい経っただろうか。外はすっかり暗くなっていた。

 以前購入したジェントス製のLEDランタンを点けるといくらかは明るくなった。


 実のところ俺も心底疲れていた。

 朝起きれば窓に広がる知らない景色……荒野に倒れている知らない女の子の運搬と看病……そして知らない化け物の退治……1日のうちにこれだけのことが起これば当たり前だ。

 この状況に慣れていればまだしも、つい1日前までは引きこもりだったのだ。

 カノと一緒に眠ってしまいたかったが、またいつ化け物が襲ってくるか分からない緊張感からそれさえ出来なかった。


「ふわあ。わたし、またきをうしなって……あ……そういえばガキはどうなりましたかッ――!」

 寝ぼけた表情から一瞬にして不安そうな表情を浮かべるカノ。


「あれから起きてこないから倒したと思うけど……どうしたの?」

「本当に倒せたんですか……?」

「あそこで寝てるよ……ほら」

 そう言いながら窓の外を指差す。


「おきてはこないみたいですね…よかった」

 倒れてピクリとも動かないガキを見るととりあえずは安心したようだった。

 でもガキが倒れたのはカノも見たはずだけど……?


「それよりカノ。起きてそうそうで悪いけど説明してくれないか?」

「へ?せつめい……ってなにをですか?」


「この世界についてだ」


 まず、その前に自分が何もこの世界について知らない経緯をカノに説明する必要があった。

 自分がなぜここにいるのか、なぜこうなったのか、最初はびっくりしていた彼女もじっくり話すとなんとなく分かってくれたようだった。


 次に、この世界はなにか?あの化け物はなにか?気になることを全て聞いてみた。

 正直理解しがたいことだらけだったが、まとめるとこうだ。


 まず、この世界はほとんどの地域が荒れ地のような状態で、世界中で食べ物や飲み水が不足し、文字も貨幣の類も存在せず、住んでいる人間は畑や狩猟など原始的な方法で生計を立てているという事。

 あの化け物はオニと呼ばれ、度々近隣の町村を襲っては奪い、殺し、犯しを繰り返す暴虐な生き物であるという事。

 そうやって話しているときのカノの顔は少し悲しそうだった。


 原始的な生活をしているのは現代でもそういう民族もいるし百歩譲って分かるとしても、仮にここが地球なら化け物の説明がつかない……とすると……

 つまり俺は……他の惑星かパラレルワールドか……異世界に来たってことなのか?

 そんなことありえるのか……?


「んー分かったような分からないような…」

うむむと腕を組んで眉間にシワを寄せる。


「ミノル、かおこわいですよ?」

「あ、ああごめん。わかんない事が多すぎてさ……」

「とこでさっきミノルがいってたヒキコモリってなんですか?カラコモリの仲間ですか?」

「カラコモリ?なにそれ?」

「かいがらをかぶっていて、はさみがあって、すごいおっきいんですよー」

 そう言いながら人差し指と中指を立ててちょきちょきと真似をする姿に少しドキッとする。


「も、もしかしてヤドカリのこと?こっちの世界にもいるんだ、そういうの……」

 にしてもヤドカリってそんなに大きかったっけ……?


「そういえばカノはなんであんなところで倒れてたの?」


「わたし、ここからかなりあるいたところの村にすんでるんです。そこの村長から食べものになるものをさがしてこいって言われて、それでさがしてあるいてたらきゅうにめまいがして」


「なっ…こんな女の子一人で探しに行かせたのか……!」


「しかたないんです。さがしにいかないとみんなしんじゃいますし」


「だからって……!もしかして……もう何回も行かされてるの?」


「はい、なんかいか。わたしは、体がじょうぶなことだけがとりえですから」


「体が丈夫……っておかしいだろ!そんなの間違ってるよ!」


「死にかけたんだぞ!?カノは何で平気でいられるの?おかしいと思わないのか!?そんなのっ…!!」


「ミノル……そんなにおこらないでください……」


「い、いやっ違う!カノに怒ってるわけじゃないんだ!……ごめん」


 一体誰に、何に対するものか自分でも説明できなかったが、行き場のない怒りだけが止めどなくフツフツと湧き上がってくる。

 しかし今の俺には歯を食いしばることしか出来なかった。


……


……二人の間に沈黙が流れる。


 ふと時計に目をやると22時を過ぎていた。

 こちらの世界も時間の流れは変わらないようだった。


……


「……あ、あした!カノの村に行こうっ!」

「え?わたしの村ですか?」

「うん、カノの村がどんなところか見てみたいんだ」

 行って村人達と話をすることで、彼女の扱いが少しでも変わるかもしれないという淡い期待があった。


「わあ、きてくれるんですか!?やったあ!」

 ぱあっと表情が明るくなる。


「そ、そんなに喜ばなくても……だから明日に備えて今日はもう寝よう」

 そう言ってそこらへんに転がっているペットボトルを枕代わりに床に寝そべった。


「ミノル、ここでねなくてもいいんですか?」

 ベッドの上に座っているカノがそう問いかける。


「そこはカノが使っていいよ。ここでねるから」

「……?だってまだこんなにあきがありますよ?」

 ベッドに寝そべった彼女はポンポンと空いているスペースを叩く。


「なっ、ここここここで寝るからいいよ!」


 こうして長い長い1日は終わりを告げたのだった。

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