第8話 化け物

ギエ゛エ゛エエエエアアアアアア゛ア゛ア゛!!


 繰り返し聞こえるその叫び声はどんどん近くなってくる。

 ――嫌な予感がした。


「ミノル――!!」

 押し殺すように、だがはっきりとカノの声が聞こえた。

 表情を見ると、先程の天真爛漫な彼女はもうそこにはいない。


「なにか武器になるものはありませんか――!」

「ぶ、武器!?武器ってどういう……!」

 全く理解できない状況にオロオロとするしかない。


「なにか殴れるものでも切れるものでも何でもいいです!早く――!」


「き、切れるもの切れるもの……あ!」

 何かを思い出したかのように台所を探すとあった。

 出刃包丁だ。

 これも3年前の残骸のひとつである。


「ぶ、武器になるか分からないけどッ!」

 それでも家にあるものの中では精一杯の武器だった。


「なんとか――はぁ――はぁ――やってみます――!ミノルは待っててください――!」

 彼女はそう言うと、駆け足で部屋を出ていってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってよっ!」

 急いで彼女を追う。 


ドンッ


 と、部屋を出てすぐに出会い頭にぶつかる。


「カノ、な、何してるの?」


「ミノル――出口はどこですか――!」


 気絶して部屋に運ばれた彼女には玄関が分かるはずもなかった。



「ここから出れば外だよ」

 「ふぅー」と深呼吸をする。

 自分の心臓の鼓動を感じる。


 彼女と目を合わせ、無言で「うん」と二人で頷く。


ガラガラガラッ


 勢いよく扉を開けると、そこには人間のよりも少し背の低い、でも人間とは到底思えない姿形をした化け物が立っていた。


「ゲ、ゲゲゲゲゲ」

広角をあげ、それは笑っているようだった。

痩せ細った顔と手足は、禿げ上がっている頭と異常に突出している眼球と腹部をさらに際立たせている。

どこかで見たような姿だった。


「う、うわああああああああ!!な、なんだこいつは!?」

「ガキ――!」

 化け物を見るカノの目には憎しみがこもっているように感じた。


「ガキ……?」

なんとなくアポカリプスに登場するモンスターに似てる気がする……

いや、そんなことより何でこんなやつがこんなところにいるんだ!?


「グゲゲ、こんなところににんげんがいるとはナ」


「しゃ、しゃべった!?」

人間離れした化け物の姿形で人間の言葉を話している事に恐怖と違和感しか感じない。


「ようにんげン。オレはもうしばらくくいもんをくってないんダ。たのむ、あるならわけてくれないカ?」

 その気持ち悪い見た目からいきなり襲ってくるものだとばかり思っていた俺は少し拍子抜けする。


「た、食べ物なら多少はあるけど……」

「それはたすかル。たんまりあるのカ?」

「そんなに多くはないけど、少しなら分けられる」

 案外見た目ほど悪いやつではないのかもしれない。

 それでどこかに行ってくれるなら安いものだ。

 振り帰って玄関の扉を開けようと思ったそのとき


「ならぜんぶよこセ」


ブワッ!

――いきなり後ろから飛びかかってくる化け物。


「え?」

一瞬日の光に反射して鋭い爪が光るのが見えた。


「うわあああ!!」

そう叫んで思わず目をつむる。


――ガキンッ!


 し、死んでない……?

 恐る恐る目を開けると出刃包丁を構えたカノが化け物と俺の間に立ちはだかっていた。


「ミノル!大丈夫ですかッ――!」

カノは辛そうに歯を食いしばっている。


「あ、ああ……」


「ギイイイイイア!!」

ガキは間髪入れずに爪を振り下ろしてきた。


――ブオンッ!   

――キィンッ! 

「ヤッ!」

「ギエエッ!」

――ギィンッ!

「ンッ!」

――シュッ!

――ギィン゛ッ!

「クッ!」


 爪と刃が何度もぶつかって火花を散らしている。

 眼の前で映画かアニメでしか見たことがないような死闘が繰り広げられていた。

 とはいえ防戦一方で時折辛そうに顔をしかめるカノ。


 カノ……こんなに強かったのか……?

 いや、それよりカノはまだ病み上がりで戦える状態じゃないじゃないか!


「ゲゲゲゲ…にんげんにしてはやるナ。まさか…おまえ、カ?」


「ミノル――今のうちに逃げてください!早く!」


「ゲゲ…どこみてるんダァッ!」

 こっちに少し気を取られた瞬間、ガキがカノ目掛けてタックルをかます。


「ゲホッ」

 倒れた拍子に一瞬身動きが取れなくなったカノ。

 逃すまいとカノに馬乗りになるガキ。


「ゲヘヘ、これでもうおしまいだナ」


「カノッ――!」


――怖い。

――怖い。

――怖い。

――でも。

――このままじゃカノがやられる。

――どうする?

――俺はどうすればいい?

――どうすればいいじゃない!

――やるんだ!

――やるしかないッ!!


 何か武器になるものはないかと周りを見渡すと、玄関の扉の横に立てかけられている木刀が目に入った。

 それは高校1年のころ剣道部に所属していた名残だった。

 当時は筋トレを名目に毎日素振りをやっていたが、半年くらいで飽きてしまい今ではすっかり蜘蛛の巣がはってしまっていた。


「チェストォォォォォ!!」


自分を奮い立たせるかのように絶叫しながらガキめがけて思い切り斬り込む!



――バギッ



え……?

折れ……た……?


突出した腹部に当たった木刀は無残にも中央からボキリと折れていた。


「う、うそだろ……うそだろ……おい……」

 もう倒す手段は無かった。

 唯一の武器を失い、心も今にも折れそうだった。


「ああ?なんか当たったカ?あーまだいたのかおまエ。ザコはおとなしくすっこんでロッ」


ブワァッ!


無常にも振り下ろされる爪。


今度こそ……終わっ……た……


ガッ


「ゲホッ……ミ、ミノル……に、逃げて……」


すんでのところで苦しそうな顔でガキの脚を掴むカノ。


「お、おまえはなセッ!」


「カ、カノッ!」


――考えろ。

――考えるんだ。

――何か手はないか。

――腹には全く攻撃が通らなかった。

――とすれば……他の場所ならどうだ?

――ガキ?

――ガキといえばあのゲームの餓鬼も腹が硬くて攻撃が通らなかった……?

――もしかしてなのか……?

――だとすれば弱点はッ


折れた部分が鋭く尖っている木刀を汗ばんだ手で滑らないように力強く握りしめる。

ガキはカノの手を振りほどこうと背を向けているッ


やるなら今しか――ない!!


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


木刀を持った手にありったけの力をこめて背中にぶちこむッ――!!


「グ…グアアアアッッッ!!!」


 確かな手応えがある。


「おまエ……なんデ……そこ……ガッ……!」


 内部に丸く脈打つコアのようなものが見えた。

 

 更に力を込めてそのコアを穿つッ――!!


「倒れろおおおおおおおおおおおお!!!」


「ガアアアアアッ……!!ぷ、ぷれいやーもいるの……カ……?」


ドスンッ


ガキはそう言い残すと倒れて動かなくなった。


「カ、カノッ!!大丈夫!カノッ!!」

「は、はい……大丈夫……です……」

「よ、良かったッ――!」

「ミノル……やっぱりいい人でした……ね……」

そう言い残すと、彼女はまた眠りについた。


「ありがとう……カノ」


最後の力を振り絞って本日二度目のお姫様抱っこをする決意をした。

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