イモムシボーイ

けろよん

第1話

 ギラギラと照りつける太陽。舞う砂塵。

 かつては都市だったと思われる崩れ倒れたビルの散在する荒野で僕達は働かされている。立ち上がることも許されず奴隷のように、大きな岩を運ばされている。

「もう嫌だ! こんなことやてられっか!」

「反抗は許さん! 星王様のために働くのだ!」

「ぐわあっ!」

 立ち上がったクラスメイトの男子が鞭を持った乱暴な男に殴られて地面に這いつくばらされた。

 僕には何も出来ない。助けることも出来ずに見ているだけ。今はただ荒くれ男達の言いなりになって働くしかないのだ。

 つい最近まではこうでは無かった。

 僕達は普通の高校生として普通に学校に通う普通すぎて平凡で退屈な生活を送っていた。

 変化が起きたのはあの日だ。突然学校に雷が落ちてきて僕達はクラス丸ごと異世界転移させられたのだ。

 気が付くとそこは荒れ果てた荒野だった。

 まばらに建っている建物は傾いて寂れ果て、そこに住んでいる人はいないんじゃないかと伺えた。

 クラスメイトの誰かがここは異世界じゃないかと言った。僕も異世界のことぐらいはラノベの知識として知っている。

 僕以外のクラスメイトが異世界物のラノベを読んでいたのは意外だったが。

 だが、そこはラノベで読んだような素晴らしい世界ではなかった。砂煙を上げて何かが近づいてきた。

 僕達は逃げようと意識することもせず、ただ茫然と待ってしまった。

 やってきたのは数台のバギーやバイク。降りてきたのはとても友好的とは思えないにやついた乱暴そうな奴らだった。

 そして、僕達は支配された。

 この荒野の世界で乱暴な男達に奴隷のようにこき使われることになってしまったのだ。

 僕達は頭を上げることも許されず、立つことも禁じられて、イモムシのように地面を這いつくばって岩を運ばされている。

 ピラミッドでも作っているのだろうか。そんな感じに見える。

 無心になって働いていると、僕と同じように地面を這いつくばって働かされている女生徒が声を掛けてきた。

「ムシケラ君、わたし達いつまでこんなことを続けるの?」

「分からないよ、陽菜ちゃん。奴らの気が済むまでじゃないかな」

 奴らは男女もクラス内のヒエラルキーも区別しない。僕をムシケラと呼ぶクラス一の美少女もカースト最底辺である僕と同じような扱いを受けていた。

 僕は男として女の子だけでも解放しろと言うべきなのだろうか。そんなかっこをつけるつもりは毛頭無かったが。

 僕達の声を聞き取ったのだろう。鞭を持った荒くれ男が近づいてきた。僕達の働きを監視している奴だ。

「貴様ら、今私語をしたな? 私語はここでは厳禁だぞッ!」

「わたしは悪くないわ! このムシケラがムシケラの分際で美少女のわたしに話しかけてきたの!」

「うるさい! 口答えは許さん!」

「ごへあっ!」

 話を聞かない見張りで良かった。陽菜ちゃんは腹を蹴られて吹っ飛んだ。男の凶暴な目が今度はこっちに向けられる。

 残酷な笑みを浮かべる口元を見ながら今度は僕が蹴られるのだろうかと身構えるが、男の視線は再び倒れている陽菜ちゃんの方に向いた。

「見ていろ。我々に逆らうものがどうなるか思い知らせてやる!」

 僕は陽菜ちゃんのピンチを助けるべきなのだろうか。男なら助けろよという視線をクラスメイト達から向けられているのを感じるが、僕に出来ることは無かった。

 こういうのは自分こそが主人公だと言わんばかりのリア充の仕事だろう。そんな僕の願いが通じたのかクラス一のイケメン男子の高志君が立ち上がった。

「止めろよ! 女の子に手を出すな!」

「うるさい! 口答えは許さんと言ったはずだ!」

「ぐはあっ!」

 相手を倒せればかっこよかったかもしれないが、高志君は殴られて吹っ飛ばされただけだった。役に立たないリア充である。

「高志、使えねえ」

 陽菜ちゃんの呟きに僕は同感だった。

「あの男、絶対いつかぶっ殺す」

 そこまでは同意しかねなかったが。僕達はその日も逆らうことは無駄な努力であることを思い知らされ、こき使われるままに働かされたのだった。


 日が暮れて今日の仕事はお開きとなった。僕達はまとめて牢屋に入れられる。

「高志君、大丈夫?」

「平気だよ、ありがとう桃ちゃん」

 イケメンを心配しているクラスメイトの優しい女子もいるが、僕は無駄に逆らうから殴られるんだよとしか思えなかった。

「てめえ、なんでわたしを助けなかった」

 陽菜ちゃんに睨まれるが、そんなことを言われても僕も困る。

 過酷な環境にあって、クラス一の美少女も気が立っていた。僕はただ関わり合いになりたくなかった。

「使えねえ。ムシケラはせめてわたしを庇って死ねよ」

 さんざんな言われよう。相手をしても疲れるだけだ。こうして僕達は流されるままの生活を送っていった。


 僕達の運ぶ岩が大分形になってきた。汗水たらして働く僕達。

 クラスメイト達はいろいろ反抗する作戦を考えていたけど、決定的な手段は見つけられなかった。

 下手に手を出しては今の奴隷の生活も続けられなくなってしまう。そんな空気が僕達の間にはあった。

 何も出来ないまま働き続ける僕達。頭を上げて立って歩くことも許されず地面を這って岩を運んでいく。

 この動きも何だか体に馴染んできた。人とはどんな環境にも慣れるものなのだろうか。天が遠い。

 そして、数か月にも感じるような数日が過ぎて、ついに僕達の造っていた物が完成した。立派な岩を積み上げて造った建造物だ。そのてっぺんは空に浮かぶ別の惑星、異世界の星かな? の軌道と重なって見えて、地面から見上げると神に挑むようなとても立派な建物に見える。

 こんな建造物を自分達が造ったなんてとても誇らしく思えるね。他のクラスメイト達は悔しそうな顔をしているが。

 そんな現場に、粗野な荒くれ男達とは明らかに違ったオーラを持った立派な身なりをした男が現れた。イケメンだ。つまり僕にとっては敵である。その予想は当たっていた。

 男が配下の男に話しかける。

「完成したようだな」

「はい、星王様」

「お前が星王!」

 よせばいいのにクラスメイトの男子の一人が声を上げる。クラスメイト達はみんな反抗的な目をしていた。僕は目立たないようにこっそりしていた。

 僕が何もしなくても彼らが危険と隣り合わせの行動をしてしまう。

「教えろ! 俺達は何を造らされていたんだ!」

「貴様! 星王様に向かってその口の利き方は何だ!」

「よい」

「はっ!」

 手下を短い言葉だけで黙らせて、星王と呼ばれた人物の勝ち誇った強い男の目が気圧される質問したクラスメイトに向けられる。

「完成させた褒美に教えてやろう。これは天の星へ渡る装置なのだよ」

「なんと!」

 そんな凄い物を造っていたなんて自分もびっくりだ。この世界ならではの技術力なのだろうか。だとしたら僕はもったいないことをしたのかもしれない。

 思う僕の耳に、星王の勝ち誇った支配者の声が続けられる。

「我々は天の星へ行く。そこには豊かな大地が広がっていると聞く。諸君はここで我々を見送り、その後果てるがよい」

「そうはさせるか!」

「ふんっ!」

 よせばいいのにクラスメイトの一人が突っかかっていって殴り返されていた。見た感じ相手は拳法の達人だ。こっちは素人の学生。いくらスポーツが得意で運動神経が良くても勝ち目が無いのは馬鹿でも分かる。

 いくら勝気な少年でも立ち向かうのは余りにも愚かな選択だった。

 さらに周りの荒くれ男達から火器まで向けられては反抗するのは不可能だった。

「見送りご苦労」

 星王は優雅な王者の顔で片手を上げ、建物へ向かって歩みを進めていく。その足が階段に掛けられたところで僕は初めて声を上げた。

「あ、星王様!」

「なんだ?」

 相手はわざわざ立ち止まって振り返ってくれた。今まで黙っていた僕の声が珍しかったのかもしれない。

 傍の荒くれ男から火器を向けられるが、僕は構わずに喋った。

「そこ抜けますんで気を付けてください」

「あ? 何が抜けるというのだ。あ!?」

 その時だった。星王の足元の階段の岩がいきなり下にすっぽ抜けて、彼の姿が下に消えた。天井の岩が崩れ始め、連鎖的に崩壊が広がっていく。

 みんな何が起こったのか分からず茫然としていた。近くにいた陽菜ちゃんが訊いてくる。

「ムシケラ君、何をやったの!?」

「部品を一つ抜いておいたんだ」

 別に自慢することではないが僕の趣味はプラモデルだ。どこの部品が無いと一番困るのか、造っている途中で僕には予想がついていた。あそこが無いと周りがきちんとくっつかないんだよね。

 もったいないことをしたと思う。完成品がどう動くのか見てみたかったな。

「チャンスだ!」

「おお!」

 僕がちょっと後悔している間にも周りが立ち上がって今まで支配していた男達に襲い掛かっていった。

「ムシケラ君! よくやったわ!」

「うん」

 陽菜ちゃんも褒めてくれて、石を持って男達をぶん殴りにいった。

 僕はいつものように見ているだけ。近くに敵が倒れてきた時だけ殴っておいた。

 もう手が痛くなるの嫌なんだけど、働いている振りぐらいはしておかないとね。

 僕は立ち上がって倒れた敵を踏んで蹴とばして片付けておいた。

 誰かが火器を奪って容赦なくぶっ放す。巻き添えを食らってはたまらない。仲間を信じたいところだったが、クラスメイトがどれだけ僕を仲間だと思っているかは疑問の出るところだ。

 僕は無理して背伸びをすることはせず、身を伏せることにする。この体勢、何か落ち着く。

 周囲が戦争のような様相となっていく中、僕はイモムシのように身を伏せて落ち着いていた。。

 リーダーを失った相手を打ち負かすのはわりと容易だった。崩れた建造物を夕日が照らす頃には戦いが終わっていた。

 クラスメイト達が面倒事を片付けてくれた。これからの行動も決めてくれる。

「これからどうする?」

「まずは調査だ。落ち着ける場所を見つけよう」

 みんなが頷く。僕はついていくだけ。

「あんたも頑張りなさいよ!」

「いてっ」

 陽菜ちゃんに頭を叩かれた。夕日の中で解放された彼女はとても楽しそうだった。

 僕は前を向いてぼやくだけ。明日からの生活を思うとまた憂鬱なのだった。

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