色をくれた少女

春風月葉

色をくれた少女

 荷は錆びたボロのスーツケースが一つ、カーキのロングコートを羽織り、いつからか男は公園のベンチに座っていた。

 首を包む赤茶色の安っぽいマフラーの隙間からは白い息が漏れている。

 男は顔を上げ、冬の夜空を見上げた。

 あの男を私が知ったのはもう半年近く前のことになる。

 彼はその時にも今のような表情をして座り込み花を見ていた。

 彼はホームレスというやつで決まった家がない。

 きっと今夜もこの星空の下で屋根もなしに眠るつもりなのだろう。

 そんな彼だけれど、スーツケースの中にはいつも鉛筆と消しゴム、それとたくさんの紙を持っていて、気に入ったものがあればそこに絵を描いているようだった。

 私はこの日、彼の前に右手を突き出し、その手に持ったクレヨンを彼に渡した。

「あげる。絵、好きなんでしょ?」

 私はクレヨンをその場に置くとささっと帰った。

 数日後の夜、彼はまたこの公園に来ていた。

 彼は私を見つけるとこちらへ駆け寄ってきて、ゴソゴソとコートのポケットに手を突っ込むと、二つに折りたたまれた二枚の紙を私に手渡した。

 私がポカンとしていると彼はその間に消えてしまっていて、私は急いで電柱の下まで行き、その紙を開いた。

 カサッ、一枚の紙には絵が描かれていた。

 星空の下、右手でクレヨンケースを差し出す少女の絵はとても優しい色をしていて、美術に疎い私でも思わず素敵だと感じた。

 カサッ、もう一枚の紙には鉛筆で下手っぴな文字が書かれていた。

 ありがとう、さよなら。

 私は急いで彼を探し走った。

 しかし、彼は見つからなかった。

 それから数年が経った。

 私の部屋には一枚の紙が飾られている。

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色をくれた少女 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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