スオウの手記・完
第59話 18-1スオウの手記・完
さて、これで俺の手記も終わりを迎える。これを見ている諸君は、最初で最後の手記を見ている事だろう。
それもそのはず、俺の手記にはロックがかけてある。一定時間、俺の光彩認証が行われなければ、この最後のページを残して全て消えるように設定した。それでいい、完遂出来なかった計画の雑記など、意味を成さない。
しかしこのページだけを残したのには理由がある。一つは、今は亡き愛おしい妹、栞奈の為に。そしてもう一つは、この計画を見ていた【君】に対する種明かしの為に。
実のところを言うと、海外サーバーを利用し、パスを設定して、計画の決行日から今までを生配信してきた。無論、誰も見るはずのないショーだ。しかし君は見ていたな?
どうやって辿り着いたのかは知らないが、他の誰でもない君の為にこれを残そうと思い立ったわけだ。
全ての疑問に答えられるかどうかはわからないが、明かす事のなかった出来事について語ろうと思う。
最初に、これを書いている現在の状況についてだ。今俺は、自分で建てた最後の仮想空間に閉じ込められている。鍵をかけたのは、他でもない俺の妹……今は【ハイデ】と呼んでおこうか。
彼女の力は絶大だった。おかげで俺はこの世界から出られそうもない。その上、あっちの世界の俺はもう既に虫の息だ。感覚が薄れて行くのを、俺は今感じている。俺の死に場所が仮想空間とは、皮肉なものだ。これが天罰というものか。
しかしそんな事はとっくに想定していた。この計画が成功しようが失敗しようが、俺はもう長くなかったからだ。その理由については、もう知っている事だろう。
さて、これを書いている時点では、計画が成功したのかどうか俺にもわかっていない。まぁこれを君が見ているのであれば、それは失敗に終わったというわけだ。現状では潤が命拾いしたのかどうかもわからない。でも諦めてはいる。俺の妹は天使のような力を持っていた、また奇跡でも起こされたんじゃ、成功するはずもない。
ではハイデの、【奇跡の力】とはなんだったのか。今は推し量る事しか出来ないが、データを見てきた上で現時点での結論を述べよう。
その前に、俺の作っていたエナジードリンクについて話す必要がある。あれは、ある種の劇薬を混ぜた、また、超小型端末を混ぜた悪魔の飲み物だ。機械としての性能は、体内に取り込まれた後、ある消化器官の片隅に蓄積するようになっている。中には発信機が取り付けられており、簡単ではあるが宿主の体調や生活リズムを監視する事が可能だ。ただし、バッテリーや滞在時間の関係で、定期的に摂取し続けなくてはならない。
そして混ぜていた薬について。こちらは先述の通り、劇薬と言わざるを得ないだろう。あれは、いわゆる精神刺激薬のようなものである。プラシーボ効果というものをご存じだろうか。プラセボ効果とも呼ばれるもので、強い思い込みが本当に変化をもたらすという物だ。思い過ごしと言えばそれまでだろうが、例えば、知らないうちに作った擦り傷に気づいてしまった途端、急に痛み始める、なんて経験はあるだろう。
その思い込みから、実際に感じるようになるメカニズムを増強させる。それが俺の作った劇薬の効果だ。だから、フローワールドそのものが凄い訳でもなんでもない。あれを何年も少量ずつ時間をかけ飲み続けた潤だからこそ、まるで五感が働いているかのように感じていたというわけだ。
そして俺も、同じように飲み続けていた。最初こそ実験台のつもりで飲み始めた。中毒性のある薬物も混ぜていた為、辞められなくなったのもまた事実。ただそれ以上に、既に限界を迎えていた俺の身体を動かす為の、いわばガソリンと化していた。
この計画を考え始めたあたりから、俺は通院を一切やめた。そんな時間がもったいなかった上に、そんな薬を飲み始めればすぐにバレてしまうと思ったからだ。
どうせ計画さえ終われば、俺は死んでもいいと思っている。現に死にかけているのがいい証拠になるだろうか。
だからこそ、俺は薬を飲み続け、痛みを遠ざけていた。おかげで痛みも軽くなり、発作が来てもすぐに収まっていた。
では、それを踏まえた上で、ハイデの能力とはなんだったのか?
結論から言うと、【奇跡】としか言いようがないものである。ゲーム内でのハイデは、口笛でコードを入力、プログラムの改変を行うというチートを使っていた。監視の為に持たせていたアイテムが消滅したり、他のアイテムに置き換わったり、見えない部分で言えばモブキャラの台詞まで改変されたりもしたものだった。その度に俺は修正に追われ、散々な目に合ってきた。
ユリィに対する祈りも、【五感機能がONになっている】という設定を弄られてしまった為に、一部解除された状態になっていた。これには説明が付けられる。実際にプログラムを見た俺には、すぐにわかった。
しかし、潤に対して起こった力はなんだったのか。そこに関しては全く意味がわからない。強いて言うなれば、肉体と思い込みの関係性を緩和させた、という事だろうか。こういった曖昧な回答しか出来ないのは、現状俺が知りえる情報が限られているからだと察して貰えればいい。
最後に、妹、栞奈についてだ。栞奈は俺が四歳の時に生まれた。いつも笑っていて、太陽のように明るい子だった。俺の、栞奈に対する愛情が普通だったのかは自信がない。異常と言えば異常だったのだろう。
俺は、潤が嫌いだった。大切な妹を死に追いやった悪魔を、俺は許すことが出来なかった。知り合って五年、仮にも親友として生活をしていたが、それでは拭いきれない程の殺意があった。ただ……今となっては、何が正解だったのかもわからない。
俺は本当にあいつを殺すつもりだったのだろうか?
もしそうならば、こうしてハイデと共に逃げられてしまった今、あまりにも穏やかな気持ちでいる事に説明がつかない。諦めなどではなく、ただ純粋に安堵している。
結局のところ、愛すべき妹が選んだ相手を、最後まで否定しきれなかったという事だろうか。
さぁ、長く続いた手記もこれで終わりにしようと思う。悪役がいつまでも言い訳をしていては、恰好がつかないだろう?
これを見ている君へ。
俺の作り上げた舞台を、見届けてくれてありがとう。
どんな結果であれ、俺の舞台は一旦の終わりを迎えた。
だがしかし、忘れてはならない。
二百万も居たフォロワーに、俺以上の殺意を抱えた人間もいるかもしれないという事。
どれだけ転生したところで、すぐに見つかってしまうという事。
その時俺は、助けられないという事だ。
……うまくやれよ、潤。また会おうな。
クロックロック 海咲えりか @umi1020s
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