エピローグ

第58話 17-1エピローグ

 ピンポーン。


「はーい。あ、ごめん、ちょっと待っててね」


 画面に向かい声をかけ、席を立った潤は玄関へ向かった。


「お届けものでーす」

「はいはいー。サインですよね」

「お願いしまーす」


 見慣れた制服。見慣れた光景。違うのは、届けてくれた人間。

 雑な字で「立花」とサインをして、大きな段ボールを受け取る。


「ありがとうございまーす」


 鍵を閉め、部屋に戻る。


『もう、また買ったの?』

「新作は買うようにしてんの、みんな楽しみにしてんだから。それにほら」


 段ボールから小さな箱を取り出し、ディスプレイに向かってわざとらしく見せた。


「これがあれば一緒に出来るだろ?」

『調子いいこと言うんだから。そうやって、また私をぼっこぼこにして笑うつもりでしょ、知ってるんだからね』


 画面の中で笑う少女、ハイデ。スピーカーから聴こえる声、栞奈。

 

 あの日、自室で目を覚ました潤はしばらく寝込む羽目になった。

 どこまでが現実で、どこまでがゲームで、そしてどこまでが夢だったのか。それを理解するまでにかなりの時間を要したものの、結局全てがわかる事はなかった。考えれば考える程頭が痛むばかりで、疲労感と謎の発熱に悩まされ数週間。

 ようやく回復してきた頃、恐る恐るPCの電源を入れると、フリーメールの履歴が全て消え、代わりに無題のメールが一通入っていた。

 そこには見覚えのある、栞奈の生体番号と、『HEIDE』という名前の圧縮ファイルが一つ。クラッシュ覚悟で解凍して出てきたのは、


『ねぇ、また変な事考えてるでしょ?』


 この通り、ハイデのアバターだった。

 いっそ全て夢で片付けようと思っていたのに、それは結局叶わなかった。

 潤が使っていた元のアカウントはやはりロックされたままで、その上ご丁寧にスオウの手で消されたのか、アウルのアバターも消えていた。管理人であるスオウが居なくなったファンクラブは瞬く間に壊滅し、あちこちでアウルの死亡説が濃厚に語られている始末。

 それどころか、いまだに仕組みも理解できないが、栞奈の声も、意思も、ハイデに宿ったままである。さすがに現実世界へ出てくる事は出来ないようだが、こうして会話が出来ているだけでも十分におかしな話だ。


「まぁな。故人を偲ぶ時間はいくらあっても構わんだろ?」

『それは……仕方ないよ』


 スオウは、もういない。栞奈がそう言ったのを、素直に信じていた。

 ……というのは半分嘘で、近くのマンションの一室で変死体が見つかったというニュースが話題になっていたのだった。

 狭い一室に、大量の機材。複数の飲み物と薬、真新しい段ボールやラベル、どこから手に入れたのかわからない配達業者の制服。パソコンの前でデバイスを装着して、座ったまま事切れていた二十代前半の男。死因はまだわかっていないらしいが、状況や出てきた薬から世間では『現代社会の闇』と捉えられ連日ニュースを賑せていた。

 それがスオウだったのかどうか、本当のところはわからない。ただ、あの記憶が本物なら、間違いないだろう。もともと弱かった身体を自作の薬で延命させ、病院も行かずに放置していた。いつ死んでも不思議ではなかった。


『あっ、そろそろ時間だよ、潤くん』

「おう、今日もやるかね」

『……ちょっとは手加減してよ?』

「リスナーは舐めプなんか求めてねぇよ」

『ひっどーい‼』


 潤の操作を邪魔しないように、栞奈は画面の端へ行き頬を膨らませていた。

 起動させたのは、クロックの配信ツール。

 配信開始のボタンを押すと、無事にスタートした事を知らせる通知が小型端末に入る。

 

 ─じゅんとかんなのゆったりゲーム配信─

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