物語の続き




「――こうしてテラは彗星と共に旅立ち、メルは彼の帰りをいつまでも待ち続けるのでした。おしまい」


 少女が物語を語り終えると、まばらな拍手とすすり泣く声が上がる。


「悲しいお話だね……」

「わたしは素敵だと思うけどなー」


 子供達は口々に感想を言い合う。話の結末にそれぞれの抱く想いが異なるのは当然だ。

 少女がその様子を満足そうに眺めていると、一人の子供が言った。


「そういえば、お姉ちゃんの名前も『メル』だったよね? もしかしてお話のメルはお姉ちゃんなの?」

「ばっか。西の丘の木が小っちゃい頃の話だぞ? もうとっくの昔に死んじゃってるよ」

「えー、でもずっとメルはずっと生きられるんでしょ?」

「そんなの作り話に決まってるだろー」

「どうなのー?」


 やんややんやと言い争う子供達に、少女はくすりと笑って答える。


「内緒」


 その答えに子供達は不満の声を上げるが、それを見て少女は楽しそうに微笑んだ。


「お話はこれでおしまい。みんなお腹空かない? プリン、あるよ」

「食べるー!」

「それじゃ並んで」


 子供達はテーブルに並べられた小瓶に目を輝かせ、行儀よく一列に並ぶ。

 それを見て少女はまた楽しそうに笑みを溢すのだった。






 メルはいつもの様に星空を眺めていた。

 彼女はテラの旅立ちから毎夜の様に空を見上げた。彼の帰りをいち早く知る為だ。

 それは二千年が経った今でも変わらず、メルはテラと暮らした家で彼の帰りを待ち続けている。

 もっとも彼女はその家でずっと待っていたわけではない。

 テラの願い通りメルはその足で星を旅し、数多くの素晴らしいものを見てきた。

 旅の最中で様々な出会いがあった。命の輝きを目にした。星渡の旅では決して出会えないものと出会った。

 メルはその旅を満足するまでやって、やがてかつて暮らした村へと帰ったのだ。

 テラが植えた木は成長を続けて大樹となっていた。それは彼と別れてから流れた月日の長さを示すものでもあったが、メルは木の成長をとても喜び、昔の様に世話を続けた。

 いつかその成長を彼に見せてやるため、そしてこの木を彼が帰る為の道標となることを願って。


「テラ……あなたは今どの辺り? もう銀の河の端まで行った? そろそろ飽きたでしょ。もう帰って来てもいいんだよ――なんてね」


 メルは空に向かって呟くと、呆れた様に笑みを溢した。

 普段は呟かない様な言葉が口から出たのは、子供達に話をしたからかもしれない。テラに聞こえるはずはないが、それでも願いを口にせずにはいられなかったのだ。

 当然、その様な吐露はこれまで何度もやって来たし、それが叶えられたことは一度もない。

 いつもの様に夜空を眺めながら眠りに落ち、そしてまた新しい朝を迎えるのだ。




 星の数え遊びをしていたメルは、ふと違和感を覚えた。いつもより星空が明るいのだ。

 月の強い光ではなく、まるで星が幾重にも重なって生み出された様な、淡くも大きな光の気配を感じていた。

 まさか――途端に鼓動が高鳴るメルは、さらに頭上を見上げることでその正体を見つけた。


 そこには星空を駆ける大きな彗星の姿があった。


 驚きと喜びの感情が入り混じるメルは裸足のまま家を飛び出し、拓けた視界で今一度彗星を見つめる。それは間違いなく旅星だった。

 実に二千年ぶりの再会であった。

 メルは心を揺さぶられて目尻に涙を浮かべていると、次の瞬間、旅星から一筋の光が放たれた。

 光はそのまま地上へと落下し、西の丘にある大樹の麓へと落ちる。その光景を目にしてメルは確信する。


「テラ!」


 メルは裸足のまま駆け出す。

 魔法を使って空を飛ぶ事も忘れて、一目散に走る。

 彼と初めて出会ったあの木の麓を目指して。

 駆けるメルを涼しげな夜風が吹き遊び、彼女の星色の髪と白いワンピースの裾を靡かせる。

 それはどこか、星がメルを祝福している様だった。






――ただいま、メル。


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メルの彗星 天野維人 @herbert_a3

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