チャーハン1つ

犬井たつみ

第1話

「おい!何拾ってきた?」


深い藍色の軍服に身を包んだ青年は相方として軍から支給された銀色の無骨な人型兵器に眉根を寄せながら尋ねた。


『保護対象が生存していたので保護しました』


あくまでプログラミングされた使命を果たしたと淡々とした口調でロボットが答える。


ロボットの傍らには薄汚れ服はところどころ破れ、髪はボサボサ、肌も赤黒くなった幼い少年の姿があった。


『保護指令を破棄しますか?』


それはイコール少年を見殺しにするかという問いだった。青年は「くっそ!」と短く悪態をつき髪をかきむしる。


「保護すりゃ良いんだろ!」


半ば投げやりに叫ぶと少年の手を引きベースキャンプとしている装甲車へと連れて行った。


装甲車は戦地を駆け巡る兵士達のために内装は最低限の衣食住の整った環境になっていた。

青年は装甲車に乗り込むと、まずバストイレ併設のシャワールームに少年とともに篭った。2人がバスルームに篭っている間、ロボットは2人用に食事の用意をしていた。

バスルームから出てきた2人はその身に湯気を纏わせていた。


『食事の用意ができています』


ロボットが用意した食事を見て青年はやれやれという顔をし、少年は顔をしかめていた。

白く四角い皿は2等分に分けられ、ケミカルカラーのペースト状のものとクリーム色のスティック状のものが2本乗せられていた。


「いつ見ても、美味そうなもんじゃないな」


青年のぼやきにロボットは真面目に答えた。


『栄養面においては必要な栄養素を完全に補給できます』


このやり取りは毎度のことなのだろう。


「前に言ったけどな、飯ってのは栄養だけじゃなくて味と見た目も大事なんだって」


青年の言葉に続いて、皿のペーストを一口口に入れた少年が顔を顰めた。


「これ、味がしない」


軍から支給されている完全栄養食は栄養補給だけに合理性を置いたため、その見た目と味は全く考慮されていなかった。


「まあ、美味くないけどくっておけ。腹減ってるんだろ?」


青年は半乾きの少年の髪を撫でながら苦笑した。




翌日、車内に漂う焦げ臭い匂いで青年は飛び起きた。


「おい!今度は何やった!?」


青年の声に振り返ったロボットの手には既に消し炭となった目玉焼きと思われるものの残骸が乗っていた。


『料理を作ってみようと思ったのですが失敗のようです』


口調は変わらず淡々としているが青年にはどことなくしょんぼりとしているようにも感じられた。


「お前、戦闘用だもんな」


『はい』


頷くロボットの姿はどこか寂しげだった。戦闘のために生まれたロボットは戦闘以外のことは知らない。


「まあ、俺もたいしたものは作れないけどな」


言うと青年はパック保存された非常食の米と卵とハムを取り出し、無事なフライパンに油を敷き調味料を少々加えると炒め始めた。


ごま油の香ばしい匂いが車内を満たす頃には少年が目を輝かせて起きてきた。


「美味しそう!」


「おう、喰え」


丸皿に山盛りにされたチャーハンを青年は少年に手渡すと少年はぺろりと平らげてしまった。


『食事は味と見た目』


ぽつりとロボットが呟くと、青年はそれに付け足した。


「それと想いかな?」


『想い?』


「食わせたい相手に喜んで欲しいて想いだな」


傍目には佇んでいるだけに見えるロボットだったが、その実は青年の言葉と出来上がったチャーハンを頬張る少年の姿を記録していた。


「町に着いたらそこでお前は保護してもらうからな」


「ずっと一緒じゃないの?」


青年の言葉に少年は寂しそうに尋ねると


『我々の向かう先は激戦区です。貴方の安全を保障できません。安全な場所まで貴方を送り、そこで保護されるのが最善でしょう』


淡々とロボットからつむがれる言葉は少年を案じているものだった。




数時間、装甲車を走らせたところで車内モニターに町の姿が映し出された。


「あそこまで行ったらお別れだな」


少しばかり寂しさを含んだ声で青年が少年に語りかけるが、少年は答えず俯いたままだった。


町まであと少しというところで大きく装甲車が揺れ、爆音が当たりに響いた。


「後少しってとこだったのにな!」


車内のコントロールパネルを忙しなく操作しながら青年は焦りを含んだ声でロボットに尋ねた。


「敵の数は?」


『100』


「構成は?」


『飛行タイプが5、歩兵タイプが94、2足歩行型が1です』


ロボットの告げる数に青年は思わず天を仰ぎ、顔に手を乗せたまま再度ロボットに尋ねた。


「いけると思うか?」


暫しロボットは沈黙した後に答えた。


『楽観的な数字ではありません』


ロボットはあえてこのような表現で答えた。以前、大まかな数字を出した時に青年に「数字をだしたらその数字になるだろうが!」と叱られて以来、ロボットは青年の前では数字で推測を語らなくなった。


「悲観的な確率って事か。まあ、0じゃないだけましだな」


先ほどまで思いつめていた青年の顔は既に覚悟を決めたものに変わっていた。

覚悟を決めた青年の行動は早かった。

少年に手早くシートベルトを装着させるとコントロールパネルを操作し、自動で町まで走行するように設定した。


「じゃあ、元気でな」


『無事を祈っております』


短く少年に別れを告げると青年とロボットは武器を手に装甲車の扉を開けると外に飛び降りた。


「お兄ちゃん!ロボットさん!!きっとまた会えるよね」


青年とロボットに背に少年の悲しげな声がこだました。



「お前は歩兵を、俺は飛行型をやる」


『了解しました』


ロボットは返答すると背中に担いだ折りたたみ式の身の丈ほどの大剣を展開させると片手で握りカンガルーのような構造の二足の歩兵の群れの真ん中に切り込んだ。

ロボットが一振りするたびに5体ほどの歩兵が切り裂かれくず鉄へと姿を変えていく。

ロボットが歩兵相手に暴れている間に青年は迷彩マントに身を包むと大口径のライフルを構え、飛行型に狙いを定めていた。

ドーン、という爆音と共に空を飛んでいた飛行型の1体が煙をあげ爆散した。次いでドーン、ドーンという音が2発続いた。

青年の狙い通り3機の飛行型がモノの数分で墜落していった。その間、青年はライフルに弾を充填する。

充填を終え、再度残り二機狙いを定める。青年がトリガーを引くのとほぼ同時に青年から僅かに離れた地面を熱線が焼いた。

熱線を発した飛行型は空中で爆散しなかったが、翼を失いゆるゆると高度を下げていき、直撃はしなかったものの爆風で青年は吹き飛ばされ宙を舞った。


『少佐!!』


ロボットが焦ったような声をあげ後方を振り返った。

ロボットの呼びかけに返答はなく、砂埃が立ち上がっていた。


生体反応は未だ健在。今ならまだ救助が出来る。そう考えたロボットは敵に背を向け青年の元に駆け寄ろうとした。

しかし、ロボットの一振りでくず鉄に変わるだけのカンガルー型歩兵がその行く手を阻む。歩兵と共にまだ残っている飛行型も攻撃に加わりロボットは思うように青年の元に向かうことが出来なかった。


『邪魔をするな!』


叫び、ロボットは空いた手に腰にマウントしていた小型ランチャーを構え、前方に一発、上空の飛行型に一発打ち込む。

弾が当たった瞬間火球が飛行型と歩兵の群れを飲み込んだ。


邪魔な障害物は取り除かれたように見えた。


『お仕事の時間かね?』


ロボットの前に立ちはだかったのは同型の黒い二足の人型のロボットだった。

にらみ合う二機の手にはそれぞれ大剣が握られていた。




時刻は既に深夜帯に入り、町の飲食店は軒並み店の明かりを落としていた。そんな中、寂れた一軒の飲食店と思わしき店にはまだ明かりが点っていた。

紺色の軍服に身を包んだ青年は恐る恐る店のドアを開け尋ねた。


「まだ、開いてますでしょうか?」


青年の声に気づいた店主と思わしき、白いコック服に身を包んだ男性が振り返った。振り返った男性の顔を見ると青年の眉尻が下がった。その後、男性の後ろから現れた存在で確信した青年は嬉し涙を流していた。


「また、会えましたね」


青年の言葉に左目を眼帯で覆った男性は首をかしげた。


「チャーハンを1つお願いできませんか?」


この一言で男性は何かを思い出したようで厨房の存在に声をかけた。


「チャーハン1つな」


『了解しました』


男性に応えたのは銀色の無骨な人型ロボットだった。


店内にごま油の香ばしい匂いが満たす。

丸皿に山盛りにされたチャーハンが青年の前におかれた。


『召し上がれ』


優しげなロボットの声に「いただきます」と青年は返すとチャーハンを一口口に含んだ。


「あの日のお兄ちゃんのと同じ味だ」


『少佐…、いえ元少佐仕込みですから』


苦笑するロボットにコンと軽く木ベラで男性がロボットを小突いた。


「無駄口たたくようになったなお前も」


『全部、貴方のせいですよ』


ロボットが男性のほうを見ると


「そうだったけか?」


と気恥ずかしげに頬を掻きながら男性は視線をそらした。


「ごちそうさまでした」


食べ終わり青年は立ち上がり、懐から財布を出そうとする手を男性が止めた。


「今日はおごりだ。また、食べにこいよ」


「はい、必ず」


満面の笑顔で青年は応えると店を後にした。

青年の姿が見えなくなるまで男性とロボットはその後ろ姿を見送り、見えなくなると男性は扉にかけてあった看板を[OPEN]から[Close]に変え扉を閉めた。

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チャーハン1つ 犬井たつみ @inuitatumi

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