第32話 有明の月 ~晴次&早紀~
冷蔵庫から酎ハイを取り出して、テーブルに置く。開けようか悩んでいると、ドアが開く音がして、車椅子がゆっくり入ってきた。
「よう」
「あら、珍しい」
「この間、来たばっかりだろ」
「それよ」
視線の先の酎ハイを見て納得する。確かに実家に帰って来て、アルコールを飲むことは殆どない。
「冷蔵庫、何も入ってなかったんだぜ。
俺、炭酸飲みたかったのに」
「突然帰ってくる晴次がいけないんでしょう。
一人で、飲めば良いじゃない」
早紀の言葉に、ふと年下の友人の一言を思い出した。
「俺は酒を楽しく飲みたいの。
何が悲しくて一人で飲まなきゃいけないのか…」
「仕方ないわね、付き合ってあげるわよ」
そう言うと、早紀はコップを二つ出して酎ハイを開けた。甘い香りが部屋に広がる。
「はい、どうぞ」
「…俺のコップ、少なくないか?」
「アルコールに弱い男は、そのくらいが丁度良いのよ」
「…」
一人で一缶開ける自信がなかったことを、見透かされて押し黙る。ちなみに、早紀は、外見と裏腹に酒に強い。
「…これ、ジュース?」
「ちゃんとアルコール表示されてるわ!」
早紀の呟きに、思わず突っ込んだ後、あっという間に飲み終わった早紀を横目に、少しずつ飲んでいく。そんな俺を早紀はぼんやり見ていた。
「夏樹は、元気にしている?」
「!?」
むせそうになるのを我慢して、何とか流し込むと、先日同じような状況があったのを思い出した。あいつと同じにならなくて良かった…
「夏樹に頼まれたんでしょう?様子を見てくれって」
「ど、どうして分かった!?」
「顔にかいてあるから」
「はぁ、マジで?」
「バカじゃない」
「ぐっ!?」
何も言い返せなくて、言葉に詰まる。
早紀の言うとおり、先日夏樹に会った時、「時間があるときで良いから」と頼まれ、特に予定もなかったので、早速実家に帰って来たばかりだった。その場に綾乃もいたので、あいつなら顔に落書きしかねないと思い、慌てて訊ねたのだが、それが裏目に出た。
「悪かったな、バカで」
「本当にバカよね。そんな事だから、綾乃ちゃんに夏樹を取られるのよ。さっさと告白すれば、まだチャンスが会ったかもしれないのに」
「お、お前っ!?」
呆れ顔を浮かべたまま俺を見る早紀は、当たり前の様に淡々と語っているが、俺は動揺しすぎて、思わず椅子から落ちた。
「何やってんの?」
「…お前、いつから知っていた?」
「入院中、夏樹の話を聞いてから、すぐ」
「あいつ、そんな事言わなかったぞ」
「言う訳ないでしょう。夏樹は、晴次の事をそんな風に見てないもの。私が、あんた達を見て思ったの」
姉のあまりにも普通すぎる態度に、毒気を抜かれて、ぼそぼそと呟く。
「別に、良いじゃないか。俺が誰を好きになっても…」
「顔は良いし、性格も悪くない、料理は得意で、優良物件なのに、好きな子には絶対に相手にされず、信頼できる友人の立ち位置に甘んじるヘタレ男なのが残念な所よね」
「お前っ!幾らなんでも、酷くないか!!
綾乃ですらそこまで言わないぞ!?」
「晴次と綾乃ちゃん、本当に仲が良いわよね。
あんたにそこまで言われる綾乃ちゃんって…少し同情するかも」
度重なるダメージで、俺の心はぼろぼろだった。しかも、全て正論なのが余計に腹立だしい。
「早紀だって、一緒じゃないか!
結局、夏樹が選んだのは綾乃なんだから」
悔し紛れに、言ってからはっとする。しまった、つい口が滑った。「ごめん」と言う前に、早紀が笑っていたのを見て、驚いた。
「そうね。夏樹は、綾乃ちゃんに会えて良かったわ」
「…お前、それで良かったのか?」
俺は、一つしか違わない姉が、高校の頃から夏樹を想っていたのを知っていた。時折、話を聞いていただけだが、早紀の夏樹への気持ちはずっと変わらなかった。そんな早紀が、夏樹をあっさり諦めた事がずっと不思議だった。
「晴次、私も出来るなら諦めたくなかったわよ。夏樹と別れてから、何度も泣いたわ。
意識が戻って初めて夏樹に会った時、私、嬉しかった。あの子、本当に綺麗になっていたから…だけどね、彼女は、私の知らない夏樹だった」
「…」
「仕方ないって分かっていたわ。だって、独りぼっちで、ずっと寂しがっていた夏樹を、守ってくれていたのは、綾乃ちゃんだったから。
だから、その事を知って安心したの。もう私がいなくても大丈夫だって。綾乃ちゃんを見て笑う夏樹は、幸せそうだった。
私は夏樹にたくさん時間を貰ったわ。夏樹が、私を想ってくれたことは事実だし、嬉しかった。ずっと離れていたけど、私はもう彼女を自由にしてあげたかった」
早紀は笑った。その表情からは、もう悲しみの色は見えなかった。
「私、早く動けるようになって、綾乃ちゃんから夏樹を取り戻したいの」
「はぁ!?何だ、それ?」
「綾乃ちゃんが言ってくれたのよ。夏樹の傍にいて、支えて欲しいって、たくさん素敵な思い出を夏樹と作って欲しいって。それを聞いて、私ものんびりしている訳にはいかないわ。私も、夏樹とやりたいことがたくさんある。
ねぇ、晴次。生きているって素晴らしい事よ」
楽しそうな姉は、俺の手を取った。ぎゅっと握る両手は、いつの間にか随分しっかりしていた。
「だから、これが私の始めの一歩。
晴次、夏樹をずっと支えてくれて、好きでいてくれて…
ありがとう」
後書き
番外編はこれで一旦終了となります。
また少しずつ更新していく予定ですので、気長にお待ち下さい。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
H31.2.9追記
「私と貴女と…」番外編追加として「私と貴女と…2」の番外編<春夏秋冬>に三編載せてあります。宜しかったらご覧下さい。
それに伴い、本編を完結にしたいと思います。ご覧頂きありがとうございました。
菜央実
私と貴女と… 菜央実 @naomisame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます