22−2 お別れパーティー②
勢い良くドアが開く音がした。どたどたと音を立てて入ってきたのは、派手な着物姿で顔を真白に塗りたくったテイラー順子だった。しかも頭になぜか通天閣の飾りをつけている。
「絶対ここにあるにきまってるわけですけどっ!」
なんでこんなにこの人、声でかいんだ。みゆきはひいた。
「テイラーさん、いま探してるんですけどね。見当たりませんねえ」
吉宗が床に顔を押し付けながらいった。
「うわあ、はじめて見た、テイラー順子」
なぜかゴギョウはその異形(?)の者を見てどうもテンションが上がっている。
「そんな有名なんですか」
みゆきは訊ねた。しかしゴギョウは答えなかった。大声でテイラーが喚いているからだ。
「とにかくっ吉宗ちゃん!」
「はい!」
吉宗が立ち上がる。
「わたしっ、あの指輪がなくてはねっ、これから歌うことも踊ることもっ、ましてやきみまろみたいに笑わせることもままなりませんぞっ! あの指輪はひいひいおばちゃんから代々伝わっているものでっ、お守りみてえなもんでござんしてっ、とにもかくにもそれがなくてはねっ、怖くてステージの上ではじめるだーなんてもってのほかでありんすよっ。ボレロ踊れないよおっ! 熱々の鉄板の上でのたうちまわれないのよおっ!」
意味不明なことをがなりたてながら、頭を屈め頭上の通天閣で吉宗を胸や腹をぐいぐい突いていく。
「痛いです。けっこうそれ、痛いです」
「痛みなんてもんはっ、わたしのほうが抱えておりますですよっ! どないしてくれはりますのんっ!」
「ほんとにいてえから! わかりました! とにかく探してみますから! がんばりますから! せめて努力だけは評価してください!」
吉宗が怒鳴った。
人の家でなんでこの人たち大騒ぎしてるんだか。みゆきとゴギョウは見守ることしかできない。
「結果がともなわない努力はっ、無為ですからーっ!」
テイラーが言い放つ。
「うわ、むかつくなあ」
吉宗が顔を背け、ぽろっといった。そりゃそうだ。
「なんですかぁっ?」
テイラーが再び通天閣の先を吉宗に向けた。
「はい、がんばります!」
吉宗はどこの軍隊だよ、といった敬礼をする。
「テイラー! いるのー?」
まためんどくさそうなのが入ってきた。美智代の声だ。
髪をオールバックにし男物の浴衣姿、こちらも濃いめの化粧をしている。この人たち、カラオケ大会でなんでそんなに本気なのか。
「テイラー、ステージだよ」
美智代は肩に手ぬぐいをばっ、とかけ、いった。
「美智代ぉっ……あたしできないよっ。お守りなくちゃっ、なにもできないよっ」
「甘ったれるな!」
美智代がテイラーの頬を叩く。ああっ、などといってテイラーは嘘くさく倒れ込んだ。どう考えてもお芝居である。ひとんちで寸劇始めてんじゃねえよ……。みゆきは終わってくれることだけを祈っていた。
「なんですかこの村芝居」
みゆきは突っ立ったままの吉宗に訊ねた。
「美智代と二人でウメザワトミオだかの大衆演劇をパク……いや、リスペクトしたかたちで発表するんだって」
吉宗はため息をつく。村の人間のガス抜きをすべくテイラーを呼んでいるのだろうが、この村の連中、闇が深すぎやしないか。どんだけ鬱憤溜まっているんだろうか。
「おっかさんはな、お守りにいるんじゃねえ、天国から、お前の胸に、直に応援送ってくれてるんだぜ」
朗々と、美智代がいった。
「うんっ、テイラーのママっ、まだカマタで元気に生きてるけどっ、うんっ、そうねっ、そうだよねっ。天国からっ!」
「だったらカマタでいいじゃん別に」
聞こえないようにみゆきはいった。
「世界観の問題じゃないか、こだわりっていうか」
ゴギョウが首を振る。
「こんなに人を置いてけぼりにする人たちで大丈夫なの?」
参加者がどれだけいるのか知らないが。まあわかった、とにかくガチなことだけはわかった。
それから五分ばかり小芝居を続け、美智代とテイラーは抱き合い、そして「いくぜっ」「あんたあっ!」などと盛り上がりながら、二人は出ていった。
残された三人は、呆然とすることしかできなかった。
「これ、あれかな、探さないでいいってことかな」
吉宗がいった。
「いいんじゃないすかね」
ゴギョウが頷く。
「ところでなんであの人頭に通天閣のっけてたんですか」
どうでもいいことだが、気になってしまい、みゆきは訊ねた。
「あれはオーロラ輝子歌うから、さ」
「誰ですかそれ」
「知らなくていいよ」
吉宗が舌打ちをした。よっぽどテイラーが嫌いなんだろう。
「はい」
なにからなにまで古い。なのにテイラー順子。無駄に新しい。
「うん、離婚したい」
そういって吉宗は椅子に座った。疲れ切っていた。
「まあいいかもしんないすね」
ゴギョウも座った。
「お手洗いいってきます」
みゆきが部屋から出ていった。
「みんなは」
テーブルにあるグラスにジュースを注ぎ、吉宗が訊ねた。
「ナズナは散歩。で、ホトとセリはタクシーについでに乗って、途中のセブンで降ろしてもらうそうで」
「なんか挨拶できなくてごめんねえ」
「いや、ハコベがよろしくっていってました」
「うそでしょそれ」
吉宗がメガネを直しながらいった。
「え」
「ハコベくん、そんな丁寧なこじゃないでしょ」
「すみません」
「いや、ゴギョウくんはさ、優しいというか、なんていうかなそういうとこしっかりしてるから、損だね」
会話が止まった。
「そうですかね」
ゴギョウは居心地が悪かった。
「きみはね、いいこすぎるんだよ」
「なんですか突然」
「ホトちゃんの小説読んだよ」
そういわれ、ゴギョウは止まった。
「なんで知ってるんですか」
なんでこの男が、この田舎の文学青年崩れが。そもそも、なんでホトが小説を書いていることを知っているんだ。頭の中で疑問が駆け巡る。
ゴギョウの困惑を、吉宗は受け止めた。
いま話さなくてはならない。この目の前の青年を、このままにしておくことはできない。ただの感傷だった。自分勝手な話だった。きっともう、彼はこの先、自分のことを拒絶するだろう、とわかっていた。でも、しかたがなかった。もし針の穴くらいには隙間があるのならば、彼の柔らかい場所にまで、自分の言葉は届く可能性がある。結局のところ、この男は生粋のロマンチストであり、人間を信じていたんだろう。
「……荒っぽいし、ぎゃーとかずきゅーんとか、漫画みたいだったけど、面白かった。生き生きしてるし。きみの作品は読んでないけど、選評は……雑誌をアマゾンで取り寄せた。ネットで検索すれば、いつの賞に最終まで残ったとかすぐわかるから。選考委員にダメだっていわれたところ、ホトちゃんの小説にはなかったよ。純文学とラノベの違いとか、偉い偉くないとか、そんなの関係ないんだよ。結局、面白いか面白くないかなんだよ」
「読んでもいないくせに」
ゴギョウは、精一杯の反抗を口にした。俺の小説を読んでいないくせに、勝手なことをいってんじゃねえよ。
テーマ、文体、 時代との接続、すべてが渾然一体となり、カオスを作り上げ、そして読者を翻弄する。完成した暁には誰も彼もが瞠目し、俺の前で泣きべそをかく。クソ田舎で無農薬野菜作って本読んでる、ミヤザワケンジ気取りのヒッピー崩れになんていわれたくない。
「書いてるの?」
そう問われ、ゴギョウは黙ることしかできない。
「完成できないのはさ、きみがどこかでブロックしてるんじゃないかな。かっこつけようとか、そんなこと考えたり。僕は心配なんだよ。なんだか、自分の若い頃を見ているみたいな気にさせるっていうか。ごめん。なんか、こういうのよくないね」
ゴギョウは震える。目の前の、つまらない人間に、本質を突かれたからだ。こんな男にさらりと一言で評されてしまうほどに、自分は「空っぽ」なんだ。
吉宗は立ち上がった。目の前の青年が、硬く身を縮こませ、自分を守っているのがわかった。もちろん構わなかった。結局、僕たちは、自分を守ることに精一杯で、何一つ成し遂げることなどできない。自分だってそんな大した人間ではない。これは諦めではなかった。ただの事実だ。小説なんて書いたところで、世界など変わらない。しかし、万が一、偶然が重なり、世界に引っかき傷をつけることができたなら? ホトの小説が読者を引っ掻いたみたいに。
他者に影響を与えるなんてそうやすやすとできない。だが、揺さぶることができたなら……。それが、「世界を変える」こととなるはずだった。
「うちの畑の手伝い、しばらくしなくていいからさ、ちょっと頑張ってみなよ」
ゴギョウはなにも答えなかった。なにも見ていなかった。
「応援してるから」
吉宗はゴギョウの肩を叩き、そして、出ていった。
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