22−3 お別れパーティー③

 ゴギョウはうなだれたままだった。自分の人生が、それよりも、自分自身がわからなかった。いや、知りたくもなかったから、見えないように、していた。それに、やっと、気付いた。ここに暮らしはじめ、どんどん、自分自身がぼやけていった。そんな場所で書く小説など、なにひとつうまくいくわけないこともわかっていた。同じ場所にいて、ホトができてゴギョウはできないのはなぜなのか。それは結局、自分を視つめることを怠ったからだった。テンプレートの設定のなかで、ホトは自分自身を見出した。オリジナリティを求め続けながら、ゴギョウは一歩も前に進めなかった。そういうことだ。

 いつだって、ゴギョウの前にはゴギョウがいる。それはただの幻影である。ゴギョウさえ拒絶すれば瞬時に消え失せるものである。ただの傲慢だったが、ゴギョウにとって、理想の自分だった。誰からも敬われ、自分に価値があることを疑わず生きる。威風堂々とした男。男はゴギョウにいつだって囁く。「本当のお前はそんなもんじゃない」と。

「お前は、価値のある人間だ」

 自分自身の妄想で、彼はなんとか生きながらえていた。小さいコミュニティで偉そうにしていることで、これまで面目を保っていた。

 でも、目の前の幻影はなにもしてくれない!

 カッコ悪いことはしたくない、懸命でいたらバカにされる、努力よりも才能を買って欲しい。言葉にしてしまえば、くだらなもの。誰かに見出されたい。誰かに「お前は素晴らしい才能がある」といってもらいたい。生きる価値があるよ、と崇めてほしい。権威に、強い力を持っている人に、いってもらいたい。依存したい。

 初めは親だった。彼らは全肯定した。次は凡庸な教師、そして学生時代の女たちだった。ゴギョウは他者を、見くびることを覚えた。そこまではよかった。見くびっても、彼らは受け止めてくれた。なぜなら、ゴギョウの内面になんて興味がないからだ。躓いていることに気づかないまま、ゴギョウは「空っぽ」といわれ、転げ落ちた。気づいたら、「誰か」は周りから消えていた。

「応援してくれてるんですって」

 声がした。項垂れたまま、ゴギョウは声の主を見なかった。

「うん」

「ゴギョウさん。ここにいても、なにも始まらないですよ」

 みゆきは容赦なかった。腹がたつ。てめえだってそうじゃねえか。

「どこにいてもはじまんねえよ。忘れちゃったよ。なんで生まれたのか、俺、忘れちゃったんだよ」

 ゴギョウは、いった。彼がここにきて、はじめて、誰かに、心の底の言葉をぶつけた瞬間だった。

 ああ、なんて自分は弱いんだろう。

「忘れたことだけ、覚えていればいいんじゃないですか」

 みゆきの言葉の意味がつかめなかった。

「みんなそんなの、覚えてないですよ。生まれたときに、びっくりすぎてぱーっと忘れちゃいますよ、そんなの」

「そんなこといってない……」

 そうじゃないんだ、俺がいいたいのはそんなことじゃない。では、なにがいいたいのか。

「ゴギョウさんが拘っているのは、生まれてから、自分で勝手に決めた目標でしょう。ホトちゃんが、ゴギョウさんの生まれる意味だと思っていたものを手にしたから、混乱したんでしょう。あなたの本を出させてくださいって編集者が頼みにきてほしいんですか。感動しました、ってだれかにいって欲しいんですか。ゴギョウさんが欲しいのは、もっと、違うことでしょう。あなたたちは生きがいすら他人任せなんですか」

「わかんねーよ、そんなの」

「ここにいたら、ずっとわかんないですよ」

 みゆきはいった。

「ゴギョウさん、出て行きましょう、ここから」

「なにをいって……」

「いまここから逃げ出さなくては、あなたはずっと、このままですよ? ナズナさんが帰ってきたら、三人で、逃げましょう。車がきますから」

 なにをいっているんだこの女。

「選んでください。あなたが小説を書きたいなら、こんなところにいるべきではない。べつにここから出ていったって、小説が書けるかなんて知りませんけど。でも、もしあなたが書こうと思うのなら、海から陸へあがるべきです。死ぬかもしれないけれど、進化って、そういうものでしょう」

 わたしは準備をしておきますから、といってみゆきは出ていった。

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