22−1 お別れパーティー①
べつになんの感慨もない。ハコベラはいつも通りニコニコしながらみんなと話している。思い出話のほとんどを、ハコベラはまるで他人事のように感じていた。そもそも、俺はなにかが欠けているんだ。ハコベラは、生きてから一度も、何かに打ち込みたいと思うようなことがなかった。時間が過ぎ、言われる通りに学校を卒業し、親が公務員になってくれというのでいちおうは試験を受けた。なにも準備をしていなかったので、もちろん落ちた。バイトを短期間でやめるを繰り返していた。別に顔がいいわけではないが、どこでもモテた。女たちが寄ってくる。なにもできないハコベラの代わりに、女たちがやってくれる。老いも若きも、ハコベラを知りたがる。だが、正直語ることはなにもなかった。それがミステリアスに映るのだろう。女たちは知りたがり、身体を寄せた。なのでハコベラはひとまず抱いた。若い娘から、還暦を超えた老婆まで。女ってのはすげえなあ、底なしだな、とやはり他人事のように思った。女たちは世話を焼いてくれる。ハコベラは、自分のことを「永遠の息子」と自称していた。女たちはみんな、ハコベラの母になろうとしだすのだ。別に構わなかった。ちょうどいい。ここにきたのは、そのとき暮らしていた女が「一緒に死のう」といったからだ。女の名前は忘れてしまった。いつか顔についているホクロをとりたい、と手術費用を貯金していたのを覚えている。別にとらんでもいいでしょ、といっても女は聞かなかった。結婚したい、と毎日いわれた。べつにしてもよかったけれど、なあなあに返事をしていた。すると女は勝手に追い詰められていったのだろう、一緒に死んでくれなどといいだした。ハコベラは別にいいよ、といった。一緒に田島まできた。滝に向かおうとしたところで女は泣き出した。
「なんであんたはそうなんだ」
そういって荷物をハコベラにぶつけた。泣きっぱなしの女をどうすることもできず、ハコベラはずっと見ていた。女はハコベラを置いて、去っていった。そして、ハコベラは、滝の上にまでいった。帰りの交通費もなかったし、死ねばいっか、と思った。
洋美とシラスハウスの面々は、間抜けなパーティグッズを身につけていた。多分これらはドンキで揃えたのだろう。選ぶときは楽しいけれど、身につけてみると、わりとみずぼらしい、そんなとんがり帽子だの扮装メガネだの。ごほん、と嘘くさい咳をしてから、洋美がいった。
「では、最後にスズナちゃん、ハコベラくん」
せーの、の掛け声のあとで、卒業おめでとう〜! といいながら皆はクラッカーを鳴らした。
スズナとハコベラは、いつもと格好が違う。スズナはワンピース、ハコベラはポロシャツ姿だ。
「懐かしい、それ」
ナズナがいった。
「うん。初めて会ったとき、この服着てたね。覚えてくれてたの?」
「待ち合わせしたとき、かわいいなって思ったよ。すごく似合ってて」
そう、とてもかわいかった。かわいくって、悲しそうで、とてもよかった。
「ちょっとぱっつんぱっつん。太ったのかな」
スズナが照れた。
「いいじゃない、健康になったってことよ」
洋美がケーキを頬張りながらいった。
「ありがとうございます」
スズナは深々と洋美にお辞儀をした。
「いいっていいって! そういうのやめてよお!」
洋美は明るく振舞っていたが、少し涙ぐんでいるらしい。
「ぱりっとした格好してるとさまになるな」
ゴギョウがハコベラにいった。心ここにあらず、といった表情をしている。ここ数日、ゴギョウは一人になりたがり、皆と話したがらなかった。
「いやー、なんか襟ついた服とか久しぶりすぎて、どうもしっくりこないんだけど」
首を撫でながらハコベラは恥ずかしそうにしていた。
「あと、これ」
洋美がスズナに茶封筒を渡した。
「なにそれ」
ハコベラが封筒に顔を寄せる。
「お札? いくら?」
ホトが訊いた。
「とっておきなさい。まずはスズナちゃんのご両親に挨拶にいくんでしょう」
「はい」
黙っているスズナの代わりにハコベラが答えた。
「カップル成立で出ていくなんてひさしぶりねえ。交通費だけじゃ不安でしょう。だから、ね」
洋美はあくまでケーキを食べながら、湿っぽくならないよう努めていた。
「ありがとうございます」
やはりなにもスズナはいえず、ハコベラがいった。その愁嘆場を、セリとみゆきが
醒めた目をして眺めていた。クラクションの音が聞こえた。
「きたね、タクシー」
洋美が名残惜しくしているのは、去る二人なのかケーキなのか。全員が立ち上がる。
「じゃあな、みんな」
「いやお見送りするから、早いっしょ」
「あーそっか」
軽口を叩きながら、全員が部屋から出ていった。しばらくして戻ってきたのは、ゴギョウとみゆきだけだった。セリがセブンイレブンまでいきたい、といいだし、ホトを無理やり引っ張って、一緒にタクシーに乗っていった。ナズナは散歩したいといい、洋美はちょっと集会所の様子を見てくる、といった。一昨日、この村の田島という爺さんが亡くなり、今日は葬式だったという。テイラー順子の歌謡ショーは中止になってしまった。テイラー順子は歌う気まんまんだったらしく、集会所でひっそりと? カラオケ大会を開くことになったという。まったく元気なバア…おばさんだ。みゆきはまったくああいう人間を理解できない。なんでわざわざ騒ぐのか。芦田さん一家とテイラーだけかと思ったら、業平や駐在さんも参加するらしい。
「にしてもなんで夜にでていくかねえ」
ゴギョウがいった。
「お別れ会から一晩たったら、名残惜しくなるんじゃないですか」
「なるかな」
「わかりませんよ、人の気持ちなんて」
そう、まったくわからない。さて、この男をどう連れ出すか。午前零時、村の果てに車がやってくる。証言をとるためにも、ここに住んでいる連中は全員ここから出さなくてはならない。セブンイレブンに到着したら、セリがホトにこの計画を打ち明ける。ナズナが帰ってきたら、説得をしなくては。昨日のうちに全員に伝えたかったのだが、できなかった。ゴギョウもホトも、忙しいといって話を聞こうとしなかった。ナズナはスズナといたがった。スズナとハコベラは、このままこの場所から去っていってかまわなかった。知らなくていいことをわざわざ知る必要もなかろう、とみゆきは考えた。
「そうかい」
ゴギョウは素っ気なく答えた。自分で訊いておいてこの男は。
「いつも遅くまでなにやってるんですか」
知っているのに、みゆきは訊ねた。
「いや、寝れないだけ」
「最近ずっと?」
「うん」
そういって、部屋から出ていこうとする。
チャイムが鳴った。
「なんだ?」
「鍵締めました?」
「いや……」
やたらとチャイムが連打された。ゴギョウがドアを開けると、吉宗が立っていた。息を切らし、顔は歪んでいる。
「吉宗さん?」
「ああ、ごめんねえ」
そういいながらずかずかとリビングまでやってきた。部屋中をうろうろし、体を落として床まで顔を近づけた。
「なんですか」
「テイラーさんが、指輪を落としたっていうんだよ。で、指輪がなくちゃ歌えないって大騒ぎしてんだよ」
家も探したんだけどさあ、なくって。あとテイラーさんがうろついた場所ってここしかなくって、といいながら、床を這い回った。
「あー、もうテイラーの季節か」
仕方なしにゴギョウもまた探し出す。
「指輪と歌って関係あります?」
みゆきは適当にテーブルの上を探した。さっきまでのパーティーの残骸しかないのはわかっていた。探すふりをしていた。
「アーティストの方ってのは、ほら、あれだから」
泣きそうになっている吉宗を見て、仕方なくみゆきも地面を探し出した。
「あ!」
みゆきが小さく声をあげた。
「あった?」
「誰よ、唐揚げこぼしてほったらかしにしてる人」
「よろこばせないで!」
「あーっ!」
今度はゴギョウが声をあげた。
「あったの?」
「最近床掃除してないから毛玉多いなあ……」
「絶対あれだろ、おちょくってるだろ」
「いやいや」
ゴギョウは首を振ったが、もちろんどうでも良すぎておちょくっていた。
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