5−2 かみさま②
「なんだよあいつ」
業平がいった。
「気になってるんじゃないですかね」
みゆきはこの男から別のことを聞き出したかった。そのためにはサイゼリアに行く必要があるかもしれない。脱線しながら目的の情報までたどり着くのは骨の折れる作業にちがいない。
「なにが気になってんの。サイゼ?」
わたしが気になっている、となんで思ったんだか。
「ほら、ね」
みゆきは自分と業平を指差しながらいった。
「ほえ?」
「ほえって、ほら」
「ほよよ」
「意味わかんないです」
「え、ジェスチャーとか俺わかんないから。察するのとか苦手なんで」
この数分でそれはよくわかった。
「あ、いいですもう」
「諦めんの早くない?」
いまこいつと外に出たら疲れるだけだ。
「セリさんって、きれいですね」
みゆきはいった。
「……はい?」
「セリさん、きれいですよね」
実際、格好は洋美が選んだどうしょうもないスウェットだったが、彼女は髪や爪をきちんと手入れしていた。化粧っ気はないが、化粧映えしそうで、あきらかに男にモテるタイプだ。言い方を変えれば、男の妄想を掻き立てるタイプ。
「そうかあ?」
業平は腕を組み、バカにするように笑った。お前みたいな男がいちばん好きそうなタイプだろうに。どうなっているんだろう。
「あら」
みゆきはとっさに驚いたふうのリアクションをした。
「いやまじで俺、空気読めないタイプなんでいってよ。うちの村ってさあ、住んでる奴ら全員空気は吸うもんで読むもんじゃねえってマインドなんで」
「それは……どうなんでしょうね」
「そう? むしろそのくらいのほうが生きやすいでしょ」
「セリさんの話になったらいきなり歯切れ悪くなったなーって」
「いやいや、んなことない。あれっすかね、女同士の可愛いとかきれいって、あれっすからね。とりあえずかわいいとか、マウント取って自分よかあれな子を褒めたりすっからね」
「そんなことないですよ。あの人、本来はすごく美人なんだと思う」
殻に閉じこもり、不機嫌な女。
「本来って。死に損ないのくせにお高くとまりやがって、ありのままでしょ」
死に損ない。ひどい言葉だ。事実だった。セリはここに自殺しにやってきて、洋美に保護された。
「人間が、ありのままでなんているわけないじゃないですか」
「おっ、哲学すか。俺あれ読んだよ、アドラーの、ほら、青い表紙の。ブックオフでわざわざ買ったんで」
「そういうんじゃないですよ」
みゆきは立ち上がった。もうこの話はおしまい。業平とつきあうのもおしまいにしよう。
「なんでみんなここにいるんですかね」
ここで暮らし始めて思っていた疑問を業平にぶつけてみた。
「そりゃま、どこにも行けないからでしょ」
「どこにも」
「ここにいる連中、全員死のうと思って滝までいって、落ちることもできずにいるとこ洋美さんが連れてきたんですよ。捨て犬拾ってくるみたいに。ああ、あんたもか」
無遠慮かつ暴力的な視線と含み笑い。なんとなく気にかかることがある。この男はわたしたち住人を下に見ているだけだと思っていた。でも少し違う気がする。この男はわたしたちのすべて把握していると思っている!? まさか。
「……もともとは家族がいて、友達だっていたかもしれない。仕事をしていたり。ふと死にたいな、って思うことなんて誰だってあるでしょう。なのにみんな」
「まあわりと入れ替わってるけどね。しばらくしたら卒業っていうか、けっこう出ていくし」
「へえ。どこに行くんですか」
この家で、生きる目標なんて見つけることができるのだろうか? みゆきがやってきて、七人の住居者がいる。いつもは六人、男三人女三人だった。いまはイレギュラーらしい。まあ、まもなくハコベとスズナは卒業する。愛し合って? こんなところに押し込められて、恋をして。まるで実験みたいだ。では、誰がそんな実験をするのか。神様? まさか。
「トーキョーじゃねーの。知らんけど。元気になりましたー、とか、もう一度がんばってみますーとかいって、出ていくよ」
みゆきは黙ってしまった。聞き覚えのある音。アイフォンの着信音が業平から聞こえた。
「やべ。こんな時間だわ。ま、近いうち、サイゼ行きましょ、サイゼ」
アイフォンを取り出し、業平が立ち上がる。尻と椅子の蜜月は終わった。
「ここ、電波繋がらないんじゃないんですか?」
みゆきが訊ねた。
「ああ、これアラームアラーム」
言い訳がましい匂いを嗅いだ。ワイファイは使えるっていうことか? なのに携帯キャリアの電波が届かない。どういうことだ。
「ここ電話ないから、連絡できないのがなあ。まあちょいちょいくるんで」
「そうなんですね」
電話がない家。
「業平、ちょっと車乗せてってよ」
ホトちゃんがやってきた。みゆきたちを伺っていたらしい。
「なんでお前とサイゼいかなきゃなんねんだよ」
「サイゼ興味ねーし。セブンまで」
「帰り送ってやんねーぞ」
「歩いて帰る」
「セブンイレブンこいつ大好きなんすよ。ドンキよりは近いとこにあるんすけどね。そんなに好きならバイトしろよ。そんでナナコカード作れ」
「いいから」
ホトちゃんが急かし、業平は家から出ていった。
みゆきはため息をついた。まったく調査がすすまない。ここの住人と洋美、業平に近所の人々。話をどうやって、もっていけばいいのか。
いま、みゆきしかこの家にはいないはずだ。家探ししてもばれないだろう。でも、この家にはなにか手がかりのようなものは見当たりそうもない。長年の勘でわかる。
ふと壁を見たとき、小さな穴があいていることに気がついた。近づこうとして、みゆきは慌てて止まる。
これってもしかして、そんな、なんで? 近づいていいものか、迷った。気づかないふりをして、あとで確認する必要がある。
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