5−1 かみさま①
「あそこの滝がさ、昭和の終わりくらいに自殺の名所だって雑誌に載ったのよ。そしたらもう大変だよ。日本全国からくるくる。死にたい連中が。富士の樹海さまよって、出られなくなるとか、首つるだのするより楽だってんで。あんたもネットかなんかで見たんでしょここ」
さっきからみゆきはずっとこの男の話を拝聴していた。男は
「一時期おとなしかったんだけど、マニアが書いたブログ? みたいのでまたぽつぽつくるようになってさ。去年なんか自称ユーチューバー? が動画で解説とかしやがって。しかもわりとアクセス数稼いでたんだよな。見る? あ、ここ電波無理なんだわ残念残念。村の外に出ないとさ、アンテナ立たないんだわ。ここさ、神様いるから」
「神様?」
なんで電波と神様が関係あるのか。
「なんか俺一人だけで喋ってるみたいな感じだったけどやっと食いついてきた? トークのラリー、いっとく? ここにはね、神様いんの」
なんの説明にもなっていない。しかし、話を戻すのもややこしい。しゃべりたいだけしゃべららせておこう。
「神社とかそういうことですか」
このあたりのことは、ガイドブックには載っていない。とくに特筆することもないような場所と思っていた。たしかにみゆきもここに来るまえに、ブログを読んでいた。「身投げしたら確実に死ねる自殺スポット」とあった。
「滝のある山全体が神様っていうか、神社とかそういうはないんだよね。自然崇拝? もののけ姫みたいな。あと交通めちゃ不便じゃん。電車から降りてバスで二時間、しかも本数ぜんぜんないし。観光スポットになりにくいっていうかさ。ここ、空気澄んでるでしょ」
「そうですね」
神様の次は空気だ。この場所で、唯一自慢できるもの。ここの人たちはやたらと「空気がうまい」ことを強調する。
「俺さあ、ここのいいとこはやっぱ空気のうまさだと思うんだよね。たまに買い物しに都会でたりするでしょ、そしたらもうひどいよね、やっぱ。吸えたもんじゃないっていうか、息止めちゃってこっちが死ぬって。あ、これトーキョーで買ったんすけど」
業平はとくに個性のないボタンダウンシャツをつまんだ。
「どちらで買われたんですか」
「だからトーキョー」
「トーキョーの、デパートとか?」
「ジーユーって知ってます? トーキョーのジーユー」
「ジーユー……。あああ、ジーユー……」
ジーユーはどこにでもあるだろうが。まあほっといたほうがいい。
「話別のとこいっちゃったよ、で、空気缶詰にして売ったらどうかって寄合でいったんだよね。そしたらじじいども、空気なんてただだろ。いくら都会の連中がバカでも金払うわけねえだろって、こうよ。でもさ、こういうとこにビジネスチャンスってあるんじゃねの? ホリエモンとか西野がさ、いってんじゃん。読んだことないけど。いってませんか?」
「知りません」
そもそも周りで読んでいるやつを見たことがない。意識の高い連中がまったくいないのかもしれない。
「いってそうじゃない?」
「ふわっとしてますね」
「ふわ? そう? でもそこからこう新しいアイデアがさあ。あんたどこ出身」
「トーキョーです」
「あー。トーキョーっぽいわ。トーキョーっぺーって架空の田舎者になっちゃうよあんたみたいな人の前にいたら、自虐で。そんな格好でもなんか東京の着こなしってかんじで」
こいつと話していると、頭が痛くなってくる。
「いや、ジャージですから、ただの」
「めちゃくちゃ似合ってますね」
「そうですかね」
よりによって!
「うん、今度ドライブどうすか」
「は?」
突拍子なさすぎやしないかこいつ。人間と話したことがないのか?
「ドライブ」
車のハンドルをもつジェスチャーを業平はした。口笛付きだ。なにを吹いているのかは不明。
「さっき会ったばかりですよね、わたしたち」
「でもま、ここには俺よくくるんで。洋美さんとも親戚同然ていうか」
「それはさっき聞きました。でも、わたしと会ったのは、ついさっきですけど」
「なんか初めて会った気がしないっていうか。ドンキの裏に去年サイゼリアできたんですよ。サイゼリア。ドリア食いません、ドリア」
ドライブにサイゼリアにドリア。スピードについていけない。
「いえ、あの……」
「ミラノ風ですよ、ミラノって地球のどこにあんのか知んないけど」
「相手しないでいいよ」
振り向くとセリがいつもの雑誌をもって入口にいた。冷蔵庫をあけ、ペットボトルから水を注いだ。多分神水というやつだ。みゆきもさきほど飲んだ。たしかにまろやかでうまい。
「なんだよいたのかよ、気配殺してんじゃねーよ」
業平が口をとがらせる。
「こいつ、新しい人くるとかならず見に来るの。で、女の子がくるとドライブに誘うのいつも」
「なに人聞きの悪いことを」
業平は空笑いした。どうも図星らしい。
「嫁不足だからね、この村」
「まーみんな都会行くからな。なんなんだろな、別にかわいくもねえのに都会に行きゃモテるとか思ってんのかな」
「それあんたでしょ」
「なんだよ」
「やたらトーキョーいってるじゃない」
「なんもねえからな、ここ」
「タダで吸える美味しい空気があるんでしょ。なんもねえやつがトーキョーいったところでべつに変わんねえよ」
いつも以上にセリの口ぶりは棘がある。
「なんだよお前つっかかってくんな」
「べつに」
このやりとりを見て、みゆきは思った。
「あの」
そして思わず口出しした。
「なに」
「仲良しですね」
「……どいつもこいつも」
セリは嘘くさいくらいに大仰なため息を漏らす。
「ごめんなさい。なにか悪いこと……」
をいったのはわかっていた。でも面白くなりそうだ。
「べつに」
「お前、べつに、ばっかだな。沢尻か、おめー」
「べ! つ!に!」
より険悪になった。これでさっさと業平が帰ってくれればいい。
「お前テレビ観ないくせにそういうとこ芸人ぽいよな」
「ほら、やっぱり」
火をくべてやろう。
「ま、ドライブ行ってくればいいんじゃない。自己責任でね」
そういってセリは出ていってしまった。
業平はいまだに尻を椅子から離そうとしない。
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