第6話 ゴブリンの心
どうやったら勇者共を倒せるのか。
そこで考えたのはいわゆる自分のレベル上げ。
身体を鍛えて発達した上腕から繰り出す拳で完全なる勝利を収める。
シンプルかつ王道な勝利方法だ。
そこで暇を見つけては、というか割と暇だらけなので筋トレ、ランニングなどのトレーニングを積んでみたところ、どうやらこの身体はこれ以上強くなったりするものではないようだ。
生まれ持った時点で強さの上限はほぼ確定してしまい、努力・友情・勝利の三原則が崩壊してしまっている世界らしい。
じゃあどうやって戦う?どうやって勝つ?
たき火に使う枯木を拾いながらそんなことを考えていた。
……!気配に気付いた。というよりはその時点で気付いたというよりは目の前にいたのだ。
勇者!
考えながら歩いていたせいでどうやらいつものゴブリン安全雑用ルートを外れて街道に近づいてしまっていたようだ。
すでに10メートルほど先にこちらに気付いた一人の勇者がナイフを持って戦闘体制に入っていた。
すぐに頭に浮かんだ選択肢は「逃げる」一択。
当たり前だ、ナイフを持ってこっちをにらんでいる奴がいたら誰だってそうするだろう!
俺は勇者に背中を向けて走りだした。
「mxjegajtrkenwtm!!!」
勇者が俺に向けて何か叫んでいた。
そこで俺は、ああ、俺はもう人間の言葉が理解できないんだと知った。
俺は魔物に、人間とは別の生き物になったことを改めて知った。
わかっていたはずなのに。
とっくにわかっていたはずのことなのに。
心の何処かに何か、風が吹き抜けた。
俺は足を止めて振り返った。
ならば、あいつは?勇者だ。俺たちを殺そうとする。
どうして?そんな権利があいつにあるのか?
お前らニンゲンの望む世界に邪魔だから俺たちを消したいって、ワガママだろう。
俺たちにも望む世界がある。そこにニンゲンはいらない。
要らない!
ゆっくりと俺の中で芽生えていた魔物としての思考回路が全て結びつき、ついにゴブリンの心を手に入れた。
「……殺すッ!」
地面を強く、蹴るように走った。
逃げたかと思った魔物が急に殺気に満ちた表情で攻撃に転じたことに勇者は一瞬怯んだ様子。
その隙を俺は見逃さない。
こんな好機を俺が見逃すわけがない!
右手を強く強く握りしめる。
殺意と、ゴブリンとしての意地とプライドとこれまでに見てきた仲間たちの死、もっと遡れば殺され続けてきたゴブリン達の無念、そんな全てを込めて勇者に拳を叩きつけた!
……直撃!
“ぽこんぽこん!”
その効果音と手応えの無さで俺は自分が雑魚であることを思い出し我に返った。
「あ、」
このあとに続く脳内の台詞は「死んだわ」だった。
目の前には俺の持つすべてを込めたゴブリンパンチを食らった勇者が何事も無かったかのようにナイフを振りかざして攻撃モーションに入っていた。
次の瞬間、叫び声が聞こえた。
「ひ、ヒイィアアアーッ!」
その音を追い越すほどの速度で一つの影が視界の端を走り、勇者に体当たりをした。
不意の攻撃でよろめく勇者とその反動でゴロゴロと転がるゴブリンの姿に俺は思わず叫んだ。
「サン君!!」
脳しんとうを起こすほどの体当たりで目を回しながらサン君は、
「……逃げて……!」
と言って目を閉じた。
まさか!と思いサン君のもとに近寄り、確認をすると呼吸や脈はまだある。
気絶してしまったようだ。
一安心と一つの決心が固まる。
あの、臆病なサン君が俺を助けてくれた。
自分の意識が飛ぶほどの体当たりを勇者にかまして。
そんな勇気を目の前にして、そして気を失ったサン君を置いて逃げるなんて選択肢は俺には、ない!
ぎりっ!と勇者に視線を向ける。
すでに体制を整え、ナイフを構える勇者。
俺は戦闘においてこいつに勝てる可能性があるのか?
恐らく、ない。
ただ絶対にここで逃げるわけにはいかない。
それだけは絶対にありえない!
グッ!とまた強く拳を握る。
すると、勇者が何かに気付いたように俺の後ろの空を見ている。
何をこの真剣なときにアホみたいな顔で!と思った瞬間、俺も何か後方から音がすることに気付く。
「ん」と振り向く間もなく、俺の2メートルほど横に何かが落下してきた。
あぶねえっ!岩?
ドガシャッ!という音と共に丸い何かが割れた。
するとその何かからモクモクと煙が巻き起こり、それを思い切り吸い込んだ俺は「ひん」だか「あう」という情けない声を上げて眠ってしまった。
眠り煙の影響を受けなかった勇者だったが、その後煙の向こうに見えた大きな足音と共に近づいてきた巨体に震え、逃げてしまったという。
そんな話を、ヤマアラシが作った眠り岩をぶん投げて見事に俺のみに効果を炸裂させたドンから聞いた。
その後また巣に運ばれて目覚めた俺は、仲間の大切さと、そこにある勇者をぶちのめすための希望を感じたのだった。
ゴブリン転生生活帳 @2md
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