赤い糸 Line With Color
太湖仙貝
赤い糸 Line With Color
*
「……ってかこれただの眼鏡じゃん」
「とりあえず掛けてごらん」
「やだ。胡散臭いし、ダサいし。オヤジの悪趣味としか言えんくらいの」
「技術以外のは皆無理なんだから、特に御洒落なものに関してはね。しかし、この眼鏡につけ た機能は女子高生には気に入りそうと思ったが。やっぱ外見から修正しないといけないのかな」
「やなものはやだ。好きな人の気持ちをわかるような機能が載せてもかかん。どうせ『うわ何 この眼鏡ダサー』みてぇな感想しか見えんから」
「気持ちと感想は同じものかな」
「どこに違いあんの?」
「メガネがダサいというのは感想で、そのメガネをかける人のことが好きというのは気持ち」
「あっそ。それでも掛けるのはやだ」
「うん、わかったよ。本当に嫌なら別に強要しないんだ、僕」
「あんたって本当諦めの良い人だね。もう呆れるほど」
「いやぁ、そう言われても。新発明ができた途端真っ先に君に体験して欲しいんだけだ」
「照れるな。褒めてねえし」
「さいですか」
「で、なんの発明だ。まさかどっかの危ない小学生が使ってるような代物じゃないんだろう」
「しょ、小学生?」
「そこは重要ではないから無視して良い。なんの発明だと聞いてるんだ」
「あっ、はい。えっと、繋がりを見ることができるメガネです」
「ツナガリ?難しい言葉を使うな」
「難しいかな……絆とも言うが、人と人の繋がりの……」
「糸?」
「えっ?」
「赤いやつの?」
「す、凄い」
「あんたって、もしかして、あたしのことなめてんの?」
「ま、まさか。そんなつもりがない」
「あたしはね、占いとやら星座とやらの話は好きだけど、興味もないのにわざわざ色々と調べ て話の種として会話に持ち込むのは大嫌いんだ。好きなものが侮辱されたような気分だ」
「は……」
「だからあんたと話すの、あんたと付き合うのが好きだったんだ。そういう人ではないと思っ てたんだ」
「……」
「その考えは、間違いだったらしい。もう幻滅」
「そ、そうですか。なんだかよく分からないけど、ごめんね」
「謝る必要はない。あんたのせいじゃねぇんだ。全然意外じゃあねぇ。もうすぐ帰るんだ。ま だ部活があるから」
「うん。じゃあこれを持って」
「やだ」
「泣くよ」
「それ、本気?」
「うん。すでに泣きそう。さっきからずっと我慢している」
「わかった。悪かった。じゃあ取るわね。あたし、早くしねぇといけねぇから、もう行くよ」
「うん。頑張って」
「あんたは頑張らなくていい。天才なんだから」
*
遠山は天才だ。
それは学校中で誰もが知っている事実。頭脳明晰、成績優秀、何もできそう、それが彼、遠山 郷。
皆から見た彼だ。
誰とも接点を持ってなさそうな、漫画やアニメの中でしか出ないような人なんだ。この世の人 とは見えん。
なのに居た。そこに居た。そして他の誰でもなく、あたしの後に付いていた。
このなんの特徴も、なんの特長もない、あたしの後に。
あたしなんかに。
と、みてぇな女々しい心理活動をするだろうと思われるだろうけれど、別にそう思っても構わ ん。
実のところ、みんなはそう思ってるから。
もともと人と付き合うのが好まない人なんだから、別に彼がいなくともあたしもこうなんだ。 こうやって、他人のことを言ってるのにすぐ自分のことを語ることになるのも、昔からの悪くせ。 最近は自覚し始めたけど、変えるつもりは皆無。
遠山の話に戻そう。
彼はどういう生活をして、どういう風に生きてきたのは知らねぇ。故に彼じゃねぇから知るは ずもねえ。あたしができるのは、自分から見えた彼、もとい彼のイメージを語るだけだ。
結論から言えば、彼は天才だ。天才という言葉が蒼白になる程。その天才性が出るとこは、や はりソウゾウだ。想像といい、創造といい、彼の十八番なんだ。難しい理論や概念とかが苦手な んだから、上から目線で彼のことをいちいち評価するのもごめんだけど、彼の能力で、絆とか赤 い糸とか見えるような眼鏡を開発しても決しておかしいことではあるまい。
ていうか、今そのメガネを通して赤い糸むちゃくちゃ見えてるし。
あるいは、繋がり。
なにせ、色は赤だけではねえから。
赤に青、それから黄色。向こうに立ってる信号機につける色と同じってわけだ。糸の両端が結 ぶ人を見る限り、世間でよく語られる男女を結ぶ赤い糸以外、何もわからないわけである。人と 人の間を繋がる糸もあれば、人と動物、それから植物とも連結される。が、動物同士の間、それ から植物と植物の間では、赤い糸は見つからねえ。
人間の間しかないかもしれんし、区別しやすいため赤い色を人間のことを表示したかもしれ ん。
あっ、訂正する。赤い糸が連結するのは異性しかないような物言いをしたものの、そうでもな さそう。さっきこっちに向かって歩く仲良しイケメン男子高生二人が赤い糸で繋がってる。
というか、手も繋いてるし。いろんな意味で年頃の女子を興奮させる絵面だが、残念ながらあたしはそ こまで腐っていねえから、微笑ましいと感じても、喜ばしいと思わねえ。
簡単に人のことに興味を持つような人でもねえし。
にしても、すごい発明だ。彼の言ってた通り、女子高生が好まそう。女子高生ところか、近所 のおばさんたちの間だって、流行りになるんじゃねえのかな。
どういう仕組みなんだろう。
どうやってこんなもん創ったんだろう。
*
人に観察できる光は、ごく一部に過ぎない。
我々が理解している光、もとい話している光とは、つまるところ『可視光線』のことである。 電磁波であるはずの光は、人の目で見える範囲は、スペクトルでは赤と紫の間だけ。自然でその 可視光線が分解される様を観察できる現象は、虹という。 観察できないものを、なぜか知ることができるようになったのかは、人間の凄みである。
ある程度の凄みが重なると、側から見るとやはり不思議になる。
その人間には、もう一つの不思議な現象がある。正式なる名称は輝く光、謂わば輝光と書くが、 『オーラ』という呼称の方がずっと知られるような気がする。人々に異なるエネルギーで纏われ ていて、肉眼では観察できないため、その独特さを雰囲気、時には威圧感として捉われる場合が 多いのである。いささか宗教的な、あるいはオカルトな物言いにはなるが。どう理解するのも、 あるいは理解しようかしないかも、各々次第である。
それはともかくとして。
エネルギーというのは、他の形へ変換することができる、というわけである。 人体から放射するエネルギーを、微弱たる電気信号として読み取ることができる技術はすでに 存在した。感知度の高い特製センサーを使い、その電気信号をヒトの目という端末装置が認識で きるほど転換することで、肉眼で観察できるようになる。 見えるはずもないものを、見ることができる。故に認識できる。
これは、今まで人間が世界の仕組みを理解するため使っている方法である。抽象的なるもの、 例えば温度を水銀の変化で測る、音波をグラフィックで表現する、要は認識範囲外のものを、認 識のできるように変換すること。
やがて技術は進化し続ける。文明が発展する。
食事や眠りなど基本的かつ個人的な生存に関することが保障される以上、精神的な満足が次の 課題になる。この傾向は産業革命がするたびますます強くなると観察できる。生存するための摂 食は、美食を嗜むことになるように、種族が存続するための性行為も、今日に亘って一種の娯楽 活動になった。結果的には行為自体には何の変化もないかもしれないが、求めるものは違う。う まい味を求める人もいれば、満腹感を欲しがる人間もいるし、肉体の感触が好きな人もいれば、 単なる征服感を好む人間もいる。
人間は、人は、人々は、だんだん見えないものを求めるようになった。
見えないもの。
気持ち。感覚。感情。全部自らの心から湧き上がるもの。
自分以外の対象に求む見えないものなら、一つしかない。
関係。
繋がり。絆。
縛ることと、縛られること。
どのみち、結局のところ、気の持ちような問題でしかないと思うが。
*
アキコのことが羨ましいと、四十八願安奈は常に思っていた。
同じ俳優志望かつ養成所の後輩たる彼女の素晴らしき演技力が羨ましいわけではない。
最初から彼女と比べることが意義のないことと、薄々と感じていたから。
彼女に何もできるような天才児彼氏がいるから羨ましいわけでもない。
彼女のような天才肌にはむしろそれくらいの人でないと相応しくないとも感じる。 四十八願が羨ましく感じたのは、彼女の思考の柔軟性である。
どんな摩訶不思議なものでも、どんな不条理なことでも、彼女はすぐ受け入れられる。どんな 突拍子もないことでも、間も無く適応して、対応できる。どんな屁理屈に聞こえそうなことも、そ こにある合理性を考えようとする、価値を見出しようとする。
一言で言えば、適応性が高い。
裏を返せば、器が大きい。
そこが羨ましいと、アキコのことを観るたび、四十八願は心の内で考える。考えるというより、 感じる。
考えることが無駄とさえ感じるから。
彼女を観るたび、自分の努力に価値があるかどうかを疑う。もし価値があるとしたら、それは きっと、彼女の優秀さを対比するためにあるのだろうと、四十八願は思った。
アキコという人間が自分の世界に入ると、彼女のいない時間もつい、彼女のことを考えるよう になる。パソコンのことで例えるなら、ウイルスのようなものと言っても過言ではないだろう。
こうやって彼氏と散歩するも、ついつい意識が漂う。ぼんやりとしている。
一度イメチェンして、男の格好や振る舞いをすることで気分転換を求めようとしていたが、それ もなかなか効果がでない。彼氏もびっくりしたが、何も言わず、すぐ受け入れようになったわけで ある。
ひょっとしたら、周りにそれくらいの対応性が無いのは、自分だけかもしれない、自分だけが 欠陥製品ではないかと、四十八願は思う。そして、無意識的に彼氏の手をもう少し力強く握っ た。
向こうは依然として無言のまま、彼女の歩調に合わせて、ただただ歩く、一緒に歩き続ける。
横断歩道を通すとき、目の当たりにする眼鏡女子がなぜかアキコに見える。やっと病気の域に 達したのかと、四十八願は不意に吹き出した。まるで恋に陥る乙女のようだ。
恋をする人間は、恋だけに敏感になる一方、他のすべてに極めて鈍くなる傾向がある。
一人が鈍くなるなら、もう一人に注意力を高める必要が生じる。それでバランスが良く取れる から。二人ともが注意力散漫である場合、危険に対する抗性が平均値以下であるため、致命的な 場合もある。
防護服無しで溶岩へ近づくように。
危険というのは、大体のところ、準備しようとしまいと、いきなり襲い掛かるようなものであ る。
犬を抱くして歩く人がいった。その主の腕から犬がいきなり飛び降り、それから視野に入った 鴉を追おうとする。そして、青信号なのに、なぜかいきなり飛び出す車があった。子供が主より も先に犬を助けようとしたが、犬より速く走れないため、犬が車の正方向から脱離した途端、自 らを危険に置いていたわけであった。その子供を庇うため走り出す眼鏡女子と、彼女を制止しようとする若い男性がいった。彼はその女子をもう同行したもう一人の方へ力強く押し、それから 子供のほうへ全力で駆け出した。
あまりにも突然の出来事で、反応する暇もない四十八願は、力抜きの状態で隣の女性と一緒に このご都合主義の塊のような光景を見ることにした。 というより、見るしかなかった。
見ずにはいられなかった。
現代社会ではなかなか見られない有様だった。
或いは、現代社会でしか目撃できない場面かもしれない。
彼女がいま、現状を理解するような暇がなくても、目の当たりにした状況を認識することがで きる。
それは、交通事故という言葉ではなく、前端が凹んでいる静止した車と、血塗れな二人だった。
赤い糸で、繋がっている。
*
「何があったのかな」
「はい。今日のキャラは最後まで演じきれないんだ。ごめんね、遠山君」
「僕は結構。貴女の練習のためになるからこういうことをし始めたわけだ。体調でも悪いとい うわけなのかい?なら早めに帰った方が良いでは?」
「ううん。今日事故を近くで見たんだ、ちょっとびっくりしたかも」
「そうか」
「うん」
「怪我がないかな」
「私にはないが、怪我人がいった、酷いの」
「それは事故というものだ」
「死者はなかった」
「それは何より」
「怪我をした人について、私には責任があると感じてた。病院にでも一緒にいった。命の危険 はもうないけれど、帰る時まだ意識は戻ってない。明日はまた見舞いしに行くつもり」
「僕も一緒に行こうかな」
「遠山君はもっと重要なことがあるでしょう。べつに私のために行かなくてもいい」
「重要かつ緊急なことは、既に処理済みだ。残りは後にしても構わない。それに」 「それに?」
「貴女のために行くわけではないんだ。大事な人の命の恩人は、僕にとっても恩人だ。感謝し に行くんだ、たとえ赤の他人だとしても。あの人だって別に貴女が知り合いだから救ったわけで はないんだろう」
「……相変わらず察しが早いね、遠山君って」
「察しには早いかどうかの区別がない」
「じゃあ、明日一緒行こう」
「うん。ありがとう」
「こちらこそ」
「そういえばさ」
「なに?」
「遠山君がくれたこの眼鏡って、実は繋がりが見えるわけではないんでしょ」
「理由は?」
「いや、別に遠山君の能力を疑うわけではない……」
「それはわかる」
「ただ、そういうことで才能を無駄にする、あるいは時間と精力を目的もないのにわざわざこ んなものを作るような人ではないと、なんとなく感じていた」
「なんとなく、ね」
「これって、スマート眼鏡のようなものでしょう。カメラで動く対象を認識した上で、ランダム に色付けた線で結ぶ機能を着いただけ」
「ふん。どうやって察したのかな」
「その、なんていうか、ショックで微動もしない人間に、何の色の線も見えなかったから」
「これもこれで、一本取られたようだね」
「あと、性別にも間違いはあった。人像認識機能があるなら、性別判別も難しくないはず」
「異性ではない二人を、赤い糸で連結されたと、見たということなのかい?人像認識機能で分 別したわけではないが……故障かな」
「そう。らしくもないミスだね、遠山君にとっちゃ」
「同性では駄目という規定はある?」
「……ズルい」
「そうかな」
「あと、線の色の意味は何?」
「意味がある必要ってある?」
「ふざけないで」
「僕はいつも真面目で語るつもりだが」
「もう、遠山君の意地悪っ!」
「機嫌が直ったらしいね。戯言の言う甲斐もあったわけだ」
「ありがとうございます!!!!!」
「敬語で疎遠感を相手に感じさせようと思いながら怒ってるような笑顔で感謝な言葉を伝える なんて、こんなにも複雑な表情が見るのは初めてなんだ。さすが貴女、半端ない可愛さだ」
「こんなにも複雑な感情になるのも初めてだ。勉強になります、ありがとうございました、誠 に」
「どういたしまして」
「やっぱ面白いわ」
「何が」
「あんたが。眼鏡がなくても見えるような面白さ」
「色で表示するなら?」
「わかんない。人の目では見えない色じゃない?」
「作ろうかな。面白さを色で表示するような機能がつく眼鏡を」
*
やはり遠山は天才だと、アキコは思った。
眼鏡のレンズを通して、七色の線で結ぶ自分と彼の手を眺めながら。
赤い糸 Line With Color 太湖仙貝 @ckd3301
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