眠れない
三田ゆう
眠れない
眠れない。
子供の頃、寝る前に世界が終わったらどうなるだろうかと考えた。僕が死んだらどうなるだろうかと考えた。答えは出ず、たまらなく頭の中が冷たく鉛のように重くなった。
眠れない。
枕に鼻を近づけると、ついさっきまでそこにいた君の匂いがする。全身君の匂いになって、昔福岡で食べたマンハッタンのように、どこまでも甘ったるい夢を見ていたいのに。僕は思い切り布団を蹴って、震えながら四歩だけ歩いてデスクに座った。
真っ暗だ。
タバコに火をつける。
君の匂いに包まれた僕の前身が、内側からたばこの煙に汚される。暗い部屋の中、デスクの右にある棚を見ると買い漁った特撮玩具が僕を睨んでいた。そのうちの一つに手を伸ばし、スイッチを入れる。
まぶしすぎる光に、紫煙が奇妙にライトアップされた。
「大人になって、しまったのか」
終わらない遊びは、この世には無いのだろう。カーテンと窓を開けると、冬の乾燥した空気が僕の肌を撫でた。たばこの煙が揺れ、玩具の光が外へと漏れる。苦笑しながら窓を閉め、カーテンだけを開けておいた。
たばこの火が消える頃、玩具の光も消えてしまった。
永遠に火をつけ、 布団に戻り寝返りを打つ。
眠れない。
たとえ数百万回の寝返りを打ったとしても、この夜だけは眠れないのだろう。こみ上げたため息は自然と飲み込まれ、肺へと消えた。代わりに胃液が喉元までこみあげてくるのを感じる。喉が異様にイガイガし、乾いて乾いて仕方がない。
眠れない。
「眠れない夜は君のせい」
昔の歌謡曲のタイトルを口ずさむが、肝心の曲が出てこない。開いたカーテンの先に星が見えた。星たちが色を付けるように、狭い僕の世界に色が広がる。内側から汚染された僕の全身が、君へと世界へと溶けていくのだ。
もしもいつか朝日が差したなら、隣で君が目を覚ますのだろう。飛び起きた瞬間愛をうたい、僕の全身が君の匂いになって、君の全身が僕の匂いになるのだろうな。
しかし、それはいつかでしかないのだと思う。
背骨が痒い。
膝の裏が痒くてかきむしる。
手足が凍えて気が狂う。
眠れない。
それなのに意識が冬の空に溶けていく。
枕から漏れた君の匂いが、たばこの煙を打ち消して僕の全身を君の匂いに染めた。全身が君の匂いになって、いつか福岡で食べたマンハッタンのように、どこまでも甘い夢を見るのだろう。
恥ずかしいくらいに大仰だが、僕は終わらない遊びを見つけたい。
眠れない。
意識だけが空に溶け、ひとつの星を色づけた。
眠れない 三田ゆう @gamihioki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます