勇者はただ背を向ける

琴張 海

勇者はただ背を向ける

 勇者が祀られた。

 憎き魔王を倒すため、人間たちは勇者を作ったのだ。

 勇者はそんな人間たちの希望に応えるため、作られた道を進む。


 木剣から鉄剣へ、

 鉄剣から聖剣へ、

 己が剣を手に取り、憎き魔族を倒す。

 その憎さはどこから来たものなのか、勇者はわからない。


 ゴブリンを狩り、

 オークを狩り、

 時には四天王と呼ばれる上位魔族を狩る。

 何の意味も見いだせず、勇者は与えられた役目を遂行する。



 勇者が魔族の村に入った。

 村は既に燃え上がり、魔族たちの悲鳴が聞こえる。

 何も知らない小さい魔族は勇者の膝下を掴み、自分の両親を探す。

 作られた役目と道の中で、彼は自分の行動を省みる。


 勇者は人間になった。

 魔族もだと認識した。

 しかし、道も役目も未だ終わってなく、作られた勇者は役目の遂行を強要される。



 勇者は役目から逃げた。

 作られた道から逸脱し、勇者の役目からも逃げ、

 人間たちの希望を見捨てた。


 そして今回は人間の村が襲われた。

 村は既に燃え上がり、人間たちの悲鳴が聞こえる。

 燃え上がる家の外で、助けられた子供は勇者に自分の両親を尋ねる。

 逃げた道でも、悲鳴だけが聞こえた。


 人間の勇者は結局、再び戻ってきた。

 放棄しても結果が変わらないのなら早く終わらせる事を選択した。



 手に持つ聖剣は魔族を切り伏せ、その血で赤く染まる。

 勇者の白い鎧も、その顔にも魔族の血と悲鳴が染まる。


 それでも勇者は止まらない。

 かつては仲間だった者からも、

 己を祀った国からも、

 自分を希望と思っている人間たちからも背を向け、一人歩く。

 ただ背を向け、ただ目の前のを切り伏せる。


 戦争が終わり、魔王は倒された。

 魔族の領土は蹂躙され、その血と悲鳴は大地に染まった。


 染まる大地は赤黒く。

 ああ、それこそ勇者の色。

 ああ、それこそ勇者の顔。

 その大地に川が流れるのを知る者は、もはや誰もいない。



 人間たちはただ歓喜し、

 魔族たちはただ慟哭し、

 勇者はただ背を向ける。


 その後戦争が終わり、荒れ果てた大地に残ったものは誰もいない。

 誰も、いない。

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勇者はただ背を向ける 琴張 海 @pocoman

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