サンタ狩り

岡智 みみか

第1話 サンタ狩り

 俺は終わらせにきた。サンタ狩り隊員との無謀な戦いを。なぜなら、俺はサンタ軍最強のトナカイだったからだ。なのになぜ、自分は今、こうしてここにいる?


 サンタ村を飛び出し、彼らと戦い、仲間を裏切り、そしてまたここにいる。勝つことが目的でないのなら、何のために戦うのか、戦うことが目的なら、負けてもいいのか。だったらこんな戦いを、続ける必要がどこにある。


サンタクロースを倒さない限り、クリスマスは終わらない。

 

 空を見上げた。月が傾いている。サンタのオヤジのソリが近づく、鈴の音が聞こえてきた。


西の空遥か上空に、サンタ軍本陣を率いるトナカイ先陣隊の姿が見えた。


「報告と違うじゃないか、どうなっている!」


 隊長は緑旗だ。数頭の護衛だけを引き連れて、俺のいる場所へ降りてくる。


「おい、赤鼻、どういうことだ!」


「すみません、俺が裏切りました」


 彼の耳が、ピクリと動いた。


「どういうことだ」


「俺は、今からサンタ狩り隊員の奴らと一緒に、サンタのオヤジを狩りに行きます」


緑旗は横目でギロリと俺をにらんだ。


「お前は軍を抜けてたんだったな、すまない、余計なことを聞いた」


彼は後ろを振り返った。


「すぐさま防衛に入る。基地周辺を取り囲め、数は少ない、すぐに済む」


指令を受けたトナカイは、直ぐさま空に駆け上がり、群が動き出す。

緑旗のひづめが、カチリとなった。


「行くぞ、ここの部隊は、まだサンタ狩り隊員の片付けが済んでいなかったらしい」


緑旗が率いる精鋭部隊が到着したとなれば、確実にあいつらに勝ち目はない。分かっているはずだ、それなのにあいつらは、こんなバカな戦いを、どうして毎年毎年懲りもせず続けてるんだ!


 俺の体に、ふつふつと怒りが湧いてきた。あんなバカな奴らを見捨てることなんて、俺には絶対に出来ない!


 大地を蹴った。空に舞い上がる。爆音と共に、ブーメランが空を横切るのが見えた。俺はそこへと向かって急降下していく。


「赤鼻さん! そこにいたら、危ないですよ」


大地に降り立つと、若い将校の赤耳が、数十頭のトナカイを率いて、サンタ狩り隊員、ウルフの少数部隊と戦っていた。


彼のブーメランが、俺の耳の先をかすめて空を飛ぶ。


辺りのトナカイは、まだ戦いに慣れていない部隊なのか、奴らに対して、どう攻撃をしかけていいのかも分からないようだった。


「他の部隊はどうした」


「緑旗隊長の指示で、ソリの出迎えに備えてます」


 俺の耳の先から、血が滴り落ちた。本部陣営が相手にするには、確かにくだらなすぎる相手かもしれない。赤耳たちのような若手の部隊の、いい経験になると上はよんだのか。


 俺は、後ろを振り返った。ウルフ率いる貧弱な部隊が、トナカイたちの笑いものにされている。


「俺が、戦い方を教えてやるよ」


「あ、はい! ありがとうございます!」


 赤耳が、無邪気に俺に近づいた。その彼を、俺は角のない頭で引っかけると、空高く放り投げた。


「覚えておけ、これがサンタ狩りだ!」


 一瞬にして、動揺が若いトナカイたちに走った。俺はそのど真ん中に突っ込んでいく。

サンタ狩り隊員の奴らから、歓声があがった。


「お前、本当に俺たちの味方なのか!」


 騒ぎを聞きつけ、仲間を引き連れてやってきた黒耳は、俺を見上げた。


「赤鼻さんは、どっちの味方ですか?」


 彼は、キラーマシンにやられたのか、体中に切り傷がつけられている。彼の黒っぽい体から、赤い血がいたるところで滲む。


「悪いが俺は、もうお前たちの仲間じゃない」


 俺の頭突きに、彼は上手く頭をあわせて、それを受け止めた。


いいトナカイが育っているじゃないか、俺は思わず笑った。


「こんなことをして、後でどうなっても知りませんよ」


 押され負けする黒耳が、苦し紛れにそうつぶやいた。


「あぁ、どうなるのか、教えてもらおうか」


 俺は彼の頭を押しのけると、前脚を振り上げた。まだ脚元をふらつかせる黒耳の頭上に、それを振り下ろす。


「赤鼻!」


 キラーマシンの声に、俺は振り返った。やっと、この男が来た、


「遅いじゃねぇか」


「これからが本番だ!」


 俺は、奴の前に飛び出した。その手が背に触れる。俺はそのまま奴をすくい上げると、この背に乗せた。


「しっかりつかまってろよ」


 俺は走り出した。一気にトナカイ軍を蹴散らす。キラーマシンの部隊に、こんな経験の浅い部隊で勝てると思うなよ。


「後に続け!」


 サンタ狩り隊員たちは、歓声を上げた。森の木々の奥に見える、半壊したプレゼント保管庫に向かって、一斉に走り出す。


 保管庫の周囲には、赤耳の部隊が戻ってきていた。ウルフのブーメランでやられたのか、彼の無数の裂けた毛皮から、血が流れている。


 キラーマシンを背にして現れた俺たちの部隊に、奴らは怖じ気づいた。


「さっさと助けを呼んだらどうだ、お前が一言グウと鳴けば、空からもっと強い部隊が、大勢で助けに来てくれるぞ。良い指揮官というのは、引き際をきちんと見極めることだ」


「だったら、あんたたちの方が、先に引いた方が賢いですよね!」


 赤耳の突進、俺はそれをひょいと避ける。背中のキラーマシンが、弓を取りだした。


 構えた二本の矢が、宙を斬る。その一本目を避けた赤耳だが、遅れて飛んで来た二本目の矢が、彼の毛皮を貫いた。


ウルフが、松明に火をつける。


投げられた火は、保管庫の壁にはね返って地に落ちた。地面に残るわずかな落ち葉に、その火が燃え移る。


「火を消せ!」


 赤耳は、俺たちに背を向けた。その瞬間、ウルフのブーメランが、容赦なく襲いかかる。赤耳の背に、巨大ブーメランが突き刺さった。赤い血がほとばしる。


「ここからプレゼントの保管庫は右、ソリの駐機場は左だ、西の空には本陣が控えている、気づかれるよりも先に、破壊するんだ!」


 キラーマシンが叫んだ。部隊が二つに分かれる。


「俺たちはどっちに行く?」


 キラーマシンが背から降りた。


「俺たちはここに残って、部隊の生還を助けるんだ」


 俺は鼻息を一つ、フンと飛ばす。


「それが、隊長の役目ってもんだろ」


 ウルフはブーメランについた血を振り払うと、同じように俺の横に立った。


「まぁ、仕方ないな」


 ウルフは俺を見上げて、にやりと笑った。


「今年のクリスマスは、いつもと違うと思ってたんだよ」


 保管庫に背を向けた俺たちの前に、森の奥から黒耳の部隊が現れた。彼は、倒れた赤耳を見て、全身の毛を逆立てる。


「相手が誰であろうと、容赦はしませんよ」


「望むところだ」


 俺が頭を下げて戦闘態勢を整えると、左右のキラーマシンとウルフは、ブーメランを構えた。


 黒耳が、先陣を切って飛び出した。ブーメラン刃先と、俺の飛びかかる一歩分の距離の手前で、彼は空に飛び上がる。


だがそれでは、一番弱い腹が丸見えだ。


 俺は奴の腹をめがけて下から突き上げた。黒耳はそれでも意識を失うことなく、飛ばされた地面の上でなんとか着地に成功する。


「あぁ、少し、手加減が過ぎたかな」


 俺の言葉に、黒耳はカッとなった。この若いトナカイは、傷ついた体でがむしゃらに向かってくる。


残るトナカイたちは、二人の放つブーメランの競演に、どうしても近づけない。一頭、また一頭と、その数を減らしていく。


 基地の右側から、爆音が聞こえた。サンタ狩り隊員たちの歓声が上がる。


「保管庫の破壊に成功したか?」


 やがて、辺りに焦げ臭い臭いがたちこめ、周囲に煙が充満し始める。黒耳が、顔を上げた。


「火を消せ!」


 俺は、奴の脇腹に強烈な頭突きを一発ぶちかました。体力の限界を迎えた黒耳は、その場に倒れる。


「黒耳!」


赤耳は、空に向かって救援の合図を吠えた。


「援軍がくるぞ! サンタ狩り部隊は、撤収の準備にかかれ!」


 俺が叫ぶと、キラーマシンとウルフは目を合わせた。


「どうする?」


 キラーマシンは、背の日本刀をスラリと引き抜く。


「俺はここに留まって、仲間を見送るまで踏みとどまります。ウルフは、みんなを連れて逃げてください」


 ウルフは、キラーマシンを見上げた。


「心配するな、俺もここに残る」


 俺がそう言うと、ウルフはそのブーメランの刃先を、鼻先に向けた。


「二人とも、必ず生きて戻れ」


 ウルフは走り出した。彼なら、必ず残る仲間を全員引き連れて、ここへ戻ってこられるだろう。キラーマシンは、両手に日本刀を構えた。


 やがて上空に、無数のひづめの音が鳴り響いた。トナカイ軍の本陣の一部が、応援に来たのだ。その空を覆い尽くすほどの大軍に、俺は息を飲む。


「サンタ狩りとは、何かって聞いたよな」


 キラーマシンは、完璧なフォームで二本の刀を構えた。


「負けるって分かってる試合でも、戦いに行くことだよ」


 空からの援軍が、一斉に降下を始めた。


「ウルフが戻るまで、持ちこたえるぞ!」


 トナカイ軍が、矢のように降りそそぐ。今度の敵は、今までの幼いトナカイとは違う、百戦錬磨の、嫌え上げられたトナカイたちだ。


降下をするのは、俺とキラーマシンの回りだけではない、駐機場や、保管庫にも及んだ。


「かかって来いやぁ!」


 俺は、戦場を一気に駆け抜けた。取り囲むトナカイの群を、大胆に蹴散らす。キラーマシンも俺の動きに合わせて、少しずつ保管庫の方へ近づいていた。


パラパラという散弾銃の音が聞こえる。壁の向こうから現れたのは、ウルフ率いるサンタ狩り部隊の残党だった。


「出てきたか!」


「これで全部だ」


俺はキラーマシンの脇を狙ったトナカイを、はね飛ばした。


「仲間を連れて逃げろ」


 数頭のトナカイが、同時に飛びかかる。俺が二頭のトナカイを肩で弾き飛ばしている間に、奴は三頭のトナカイを斬り捨てた。


もう一頭が、キラーマシンに飛びかかった。奴は手にした刀で、深く毛皮に刃を突き立てる。トナカイの巨体に、日本刀の刃が折れた。


 キラーマシンは、一本になった刀を水平に構えた。その場に足をとめ、飛び出してくるトナカイを、油断なく見張り続けている。


踏み出した一頭のトナカイを素早く斬り捨てると、背後から跳んできたトナカイを、くるりと回転して斬りつける。


奴の全身は、浴び続けたトナカイの返り血で、ぬめぬめと光っていた。


立ち上がったウルフが、ブーメランを投げた。

その軌道に沿って、トナカイたちは道を開ける。


「さぁ、脱出だ」

 

 ウルフの切り開く活路によって、負傷したサンタ狩り隊員たちが、徐々に動き始めた。


俺とキラーマシンは、そんな彼らに群がろうとするトナカイたちを、片っ端から蹴散らしていく。


退却するウルフたちの最後尾について、俺たちもゆっくりと移動を始める。


ふいに、キラーマシンの持つ刀が、その手からこぼれ落ちた。


体力の限界だ。


キラーマシンは、その場に両膝をつく。俺は慌てて、彼の前に立ちふさがった。


「キラーマシン!」


「コイツは俺が必ず連れ帰る!」


 俺の言葉に、ウルフ任せたとうなずくと、彼らは森の奥へと消えていった。


「大丈夫か」


 キラーマシンは地面に落ちた刀を拾った。


「なんとかなりそうか?」


 男の声は、消えそうなほどか細い。


「あぁ、仲間はちゃんと、みんな逃げたよ」


 周囲を取り囲むトナカイの数は、何一つ変わっていない。俺は、前脚で大地をガリガリと削った。


 コイツを連れて、どうやって逃げようか、空を飛んでもいいが、上空には地上よりも、トナカイの数が多い。


逃げ出したウルフ部隊の後を追って、空に控えるトナカイたちも、様子を見に移動している。空にいるトナカイたちは、全くの無傷だ。


 また一頭が、飛びかかってきた。俺は後ろ脚で、そのトナカイを蹴り飛ばす。割れたひづめの先から、血がにじんでいた。


「俺たちもそろそろ出るか」


「あぁ、その方がよさそうだ」


 今度は三頭が飛びかかった。俺が二頭を押し戻し、キラーマシンは一頭を始末する。彼の手が、俺の背に乗った。


「行くぞ!」


 俺は、奴を背にすくい上げた。バランスを失ったキラーマシンは、その手から刀を取りこぼす。辛うじて首にしがみついたのを見届けると、俺は全力で走り出した。


「追え! 逃がすな!」


 トナカイたちが、群をなして追いかけてくる。上空から飛び降りてきたトナカイたちを、俺は次々と飛び跳ねて避けた。


「赤鼻、方向が逆だ」


 キラーマシンの言葉に、俺は空を見上げた。


しまった、奴らの誘導にのってしまった。上空のトナカイと、地上のトナカイは連動して、俺たちをこの森から上手く外に出さないように仕組んでいる。


「くそっ」


 俺は後ろを振り返った。だがそこには、さらに数を増やしたトナカイの地上部隊が控えていた。ついに、俺の脚がとまった。そのことを察したキラーマシンは、背中から降りる。


「勝算は?」


「最初っから、あるわけねーだろ」


 こんな時にでも、奴は笑った。


「だから、サンタ狩りっていうんだよ」


 奴は胸のポケットから、小型のブーメラン数本を取りだした。


「これで逃げ道を切り開く」


「分かった」


「走れるか?」


「俺のセリフだ」


「つまんねー冗談だな」


「そういうことは、家に帰ってから言うもんだ」


 俺たちの周囲を、無数のトナカイが取り囲んでいる。一頭と一人は、目を合わせて笑った。


「さぁ、行くぞ!」


 キラーマシンがブーメランを投げた。その軌道を追いかけるように、俺は猛突進していく。その後ろを、キラーマシンが走った。


 俺たちはそうやって、ゆっくりと、だが確実に山を下っていった。木々の間から、遠くの街灯りが見える。その方向に向かって降りていけば、帰れるはずだった。


 キラーマシンの投げたブーメランが、軌道を誤って木に当たり、地に落ちた。俺はそれを拾い上げようとして、頭を下げる。


その無理な体勢が、脚を木の根に引っかけて、ドウと倒れた。


「赤鼻!」


 キラーマシンが、俺とトナカイの間に立った。俺が立ち上がるのよりも早く、二頭のトナカイが奴に跳びかかる。


両手に構えた小型のブーメランで、そいつらを斬りつけた。


さらに飛び込んできたもう一頭を倒している間に、立ち上がった俺は、背後から来た一頭を蹴り飛ばした。


「行くぞ!」


 俺は再び走り出した。キラーマシンも後に続く。


だが、木の陰に隠れていたトナカイが、キラーマシンの脇腹に、強烈な頭突きの一撃を食らわせた。


「キラーマシン!」


 奴の体は、無残に宙を舞った。そのまま地面に叩きつけられた奴は、もうそこから動かなかった。


「今だ! 奴を捕らえろ!」


 トナカイたちが、一斉にキラーマシンへと向かって突進した。俺はそれよりも早く、奴の上に覆い被さる。


「コイツに脚をかける奴は、俺が地獄へ突き落としてやる!」


 トナカイたちは、一斉に飛びかかってきた。何とか逃げおおせていた距離を、あっという間に追いつかれる。


そいつらを全部はね飛ばしてやったが、すぐに俺の回りを、無数のトナカイたちが取り囲んだ。


「赤鼻、もうあきらめろ」


 一頭のトナカイが、そう言った。俺はそいつを頭突きではね飛ばす。キラーマシンに群がるトナカイを、俺はひづめで蹴散らした。


 俺は、四肢の間にキラーマシンを置くようにして、立ちふさがった。もう絶対に、ここからは動かない。


八方から同時に受けた頭突きが、俺の内蔵を破壊し、口から血が噴き出した。俺の腹の下には、大事な仲間が倒れている。


「キラーマシン、勝負ってのは、戦うことに意味があるんだろ?」


 もう一度血を吐いた。腹の底から勝手に上がってきて、勝手に噴きだしてる、そんな感じだ。俺もここから、動けなかった。


「だったら、これでいいって、ことだよな」


俺は、奴の姿を覗きこむために、下げた頭の重みでバランスを崩した。体が地に倒れる、急激に力が抜けていくのがわかる、俺の視界が、黒一色に変わった。


これで、よかったんだ。俺はちゃんと、コイツらの仲間になれた。一緒にいた時間は短くても、俺は確かに、彼らに受け入れられ、仲間として認められたんだ、それで十分じゃないか。


なんのために戦うのかなんて、そんなことに意味はない、戦うことに、意味があるんだ。キラーマシンの言った言葉の意味が、ようやく分かった気がした。


勝たなくてもいい、勝てなくってもいい、ただ挑戦し、戦い続けることに、意味があるんだ。


俺は忘れていた。俺にとって勝負とは、勝つことだった。戦って負けるような試合はしない、勝ち続ける武将というのは、そういうものだと知った。


それは確かに賢い選択かもしれないが、ならば戦かう意味がない。勝てる試合だけ選んで戦って、勝って、それで何を得られるのだろう。


自分より、強い相手に出会うこともなければ、知り合うきっかけもなくなるじゃないか、それは逃げ回っていることと、等しい行為だ。


逃げて逃げて逃げて、勝てる相手とだけ戦って、それでお前たちは満足か? 自分より弱い相手とだけ勝負して、それで勝った気になってるのか? 


くだらねーなよな、やっぱそんなのって。


薄れゆく意識の中で、俺は眼を閉じる。思い残すことは、もう何もなかった。そうだな、できることなら、最期に一目……。


その時、懐かしい鈴の音が聞こえた。


「あはは、なんだ、赤鼻じゃねぇか」


 その声に、俺は片眼を開けた。


「テメー、最近見かけねぇと思ったら、こんなところで遊んでやがったのか」


 オヤジだ。


オヤジは黒尾率いる最強の親衛隊に周囲をぐるりと取り囲まれ、そのソリを降りた。


「あぁ、ずいぶん派手にやられちまったなぁ」


 オヤジの手が、俺の額に乗った。そのままオヤジは、俺の頭をつかんでぶら下げる。


「おいおい、くたばるのには、まだ早ぇだろ」


 オヤジの手が離れて、俺は地面に落とされる。


オヤジは倒れたままのキラーマシンの上にしゃがみ込むと、ふんと鼻を一つ鳴らしただけで立ち上がる。


「これは、テメーらがやったのか」


 俺は、少し軽くなった体で、必死で起き上がろうともがいた。


「違う、俺が、俺がやったんだ」


 俺は、オヤジに向かって言った。オヤジは、傷つき倒れたままの俺を見下ろす。


「おい、赤鼻、お前ずっと走りたがってたよなぁ、アタマ走れや」


「だ、だけど、オヤジ……」


 待機していた銀のソリが運ばれてきた。このソリを動かせるのは、オヤジから特別に任命された、トナカイの引き手だけだ。ソリを引く先頭のトナカイが、ハーネスから外れた。


「コイツ、さっき脚を痛めちまってなぁ、かわいそうに」


 オヤジはその手を頭においた。置かれたトナカイはうれしそうに、頭を手の平にこすりつける。


「時間がねぇ、さっさとしろや」


 オヤジの一言に、現場が引き締まった。俺は、ふらつく脚で立ち上がる。口の中が血だらけだ、こんな状態で、先頭を走れるわけがないのに、オヤジは何を考えているんだろうか。


数歩歩いて、また倒れた。


「あぁ、クリスマスプレゼントを忘れてたな」


 オヤジが指を一つならした。そのとたん、周囲に魔法の粉が降り注ぐ。俺の体から痛みがとれ、頭には、一夜限りのクリスマスホーンが現れた。


光り輝くその魔法の角は、トップ・オブ・ザ・トナカイ、トナカイ・オブ・サンタの証。


 オヤジは、俺を許してくれているのだ。村を飛び出した俺を、仲間を裏切った俺を、そして、今ここに倒れて意識のない、バカなサンタ狩り隊員のことも。


クリスマスの魔法は、この世の全ての者に、等しく幸福をもたらすのだ。


 親衛隊隊長の黒尾が、ため息をついた。


「全く、オヤジの気まぐれにも呆れるぜ」


 先頭ハーネスをくぐった俺に、黒尾は耳打ちする。


「ルート分かんねぇだろ、俺についてこい」


俺は、倒れたまま動かないキラーマシンを見た。


大丈夫だ、仲間はちゃんと逃げた。まもなく、お前を探しに来るだろう。こんな形で突然、別れが来るとは思わなかった。


だけど、元気でいろ、また来年も、俺たちを楽しませてくれ。サンタクロースに会いたい、そんな夢を無限に追いかけられるお前たちこそが、俺たちの本当の仲間だ。


「時間だ」


 オヤジのムチが、大地を打った。俺は、空へと一歩を踏み出す。


さらばだ、キラーマシン、サンタを狩ろうとする、サンタを愛する者たち、また来年も会おう。



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