第3話

何事もなくその日は過ぎて行き、気がつけば放課後を迎えていた。


行きと反対の方向へ帰り道を歩く。

側にはしっかりネムがついていた。やはりふわふわと浮いている。


「今日は何食べたい?」


「ハンバーグなんかいいんじゃないですか?」


すっかり機嫌は元に戻っている。

小さな喧嘩などあっという間に解決する。やはり二人は仲がいいのだろう。


日は傾いておりオレンジ色の空から西日が照りつけていた。

家に帰るとすぐに夕飯の準備をしなければならない。


二人が帰る途中。

ふと横を見ると、せきと同じ学校の制服を着た女性が学校方面へ歩いていた。

時間的に逆なはずだが。


夕の学校はネクタイ・リボンの色で学年が分かるようになっている。

夕は1年。臙脂色えんじいろ、赤っぽい色のネクタイ・リボンだ。

2年は青、3年は緑となっている。


女性のリボンは臙脂色、つまり夕たちと同じ1年生というわけだ。


「あんな人居たかな。あれだけ普通一回くらい見たことあるよな……」


「ですよね……見たことが無いです」


夕、ネム共に見たことがない女性だった。


スレンダーで整った顔立ち、黒く艶のある髪の毛は束ねられることなく背中の真ん中辺りまで伸びている。正直、綺麗だった。


——なにより、完璧な美少女だったと言えるだろう。


女性の方も夕たちの方をチラリと見た。

夕と目が会いはずのネムの方を一瞬見た気がした。


(ん……? 気のせいか……)


夕は形容し難い謎の感覚に包まれた。



次の日……


「昨日の女性はなんだったんでしょう」


いつもの様に学校へと向かう道中。

ふいにネムの口から昨日出会った緋色の目を持つ女性の話が上がった。


夕も気になってはいるものの、考えていても答えは出ない。

なにより、緋色の目は二人の勘違いかもしれないとさえ思っていた。


「気にしていても仕方ないよ。俺らの思い違いかもしれない」


ネムの方を見上げて言う。

いつもの如くネムは浮いていた。


「それもそうですねー。それより前見て歩いてください。色々と怖いですし危ないですよ——ふゃうっ!?」


ガンッ!!


ネムの方が目の前の電信柱に当たってしまった。


「ネムの方が前見て飛ばないとだね、ふふっ」


夕はネムを少しからかう様に笑いながら言った。

ネムの額は赤く腫れていた。夕にからかわれて顔も赤に染まっている。


「ところでネムって目無いのに見えてるの? なんか、色々と」


ふいに気になった事を聞いてみる。


目が無い、つまりそれは視覚が無いに等しい。

外の世界をどのようにして見ているのか、普段気にしなかった方がおかしい。


「それなら大丈夫ですよ。目は持っていませんが視覚は持っています」


「どうやって? 目無いのに」


「今はちょっと言えないですね……ま、気にしないでください」


ネムはサラリと受け流した。


どうしても気になって仕方がない夕だったが、彼もまた一人の男。

これ以上、詮索するのは止そうと思い聞きただす事はしなかった。


「いつか教えてね」


「もちろん。いつかその時が来る時、話さなければならない瞬間が来るでしょう」


ほんのり愁いの味を入れたつもりのネムだったが、それは夕に届くことは無かった。

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現実的で非現実的な日常 八雲ゆづき @yagumoyuduki

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