第1章
第2話
ベッドの上で目を覚ます。
窓の外ではスズメが鳴いている。カーテンの隙間から光が差し込み、丁度目元に光を届けていた。
「起きてくださーい」
ベットの上で気持ちよさそうに寝ている黒髪の少年を何者かが起こそうと揺すっていた。
だが全く起きる気配がない。
「起きてくれないと困るんですよー? ただでさえ何も見えないと言うのに……」
何者かは困り果てていた。
何者かの正体は声を聞く限り女の子らしい。
年にして十三、四といったところだろう。
髪の毛は栗色であり、常日頃しっかりと手入れをしているのがわかる。
服は布が一枚、くるぶし丈のスカートと服の役割を同時に果たしているような服だ。
正直、あまりいいものとは言えない。
「起きてくれないと……また、いつものしちゃいますよ?」
少女は再び体を揺する。
「……んん……んー……」
ようやく少年は目を覚ました。
少年が目を開けると、目の前に栗色の毛を持つ少女が覗き込んでいた。
「おはようございます、
少女は口元を緩ませ、柔らかく微笑んだ。
少年は"碧い"目を擦り、重い体を起こした。
その際、家族を失ってしまったのだが、どんな家族だったか、家族の顔、性格……その全ての記憶までも失ってしまった。
今となっては、元いた家で謎の少女と共に二人で暮らしている。
本来、子ども——と言われる年齢に見られるだけ——である二人だけで家に住むなど無理な話だ。
が、周りに怪しんでいる者、不思議に思う者などいない。
故に平凡に暮らすことができている。
「はい、できた。ネム、朝ごはんできたよ」
夕は朝食を作り、ダイビングテーブルの上に置く。
先程、夕を起こしていたネムと呼ばれる少女はダイニングテーブルの席に着いた。
そして二人で朝食を食べ始める。
毎朝の始まりはこんな感じだ。
ひとつ屋根の下、男女で暮らすというのはとても不思議な話だ。だが、そう思うものはいない。故に平凡に暮らすことができている。
ネムはとある秘密を抱えていた。
その秘密を知っているのはこの場にいる夕とネムの二人だけである。
夕の頭の中の記憶では、元々ネムと二人で暮らしていた。というふうに記憶が構成されている。
それについて夕は全く疑いの念を持ったことは無い。
矛盾だらけではあるが、記憶が無い以上仕方がない。
ネムは金色に近い栗色の毛を持つ少女。
なぜ、彼女が夕と一緒に暮らしているのか。
そして何より……
「ごちそうさまでしたー。夕くん、今日はどうしましょう」
「んー、いつも通りでいいよ。来たからったらついてきて」
「分かりました。では、ご一緒させていただきますね」
少し声を弾ませながら言うネム。何処へとは学校のことだ。
「あっ、今日も一応つけておいてね、アレ。目元見られると大変だから。まぁ、ネムを見る事のできる人なんていないとは思うけどね」
「分かりましたー」
パタパタと夕の部屋へとかけて行く少女。時折、部屋の壁にぶつかっている。
——この少女、視覚を司るもの……目、がない。
夕は事故にあったことを覚えていない。
その周辺の記憶のカケラはすっぽりと抜け落ちていた。
学校へは普通に通っている。
今や高校生になっていた。
事故にあってから3年は過ぎている。
周りと自分が明らかに違うことを自覚してからはあまり社交的にならなかった。
無論、"碧い目"のことだった。
学校に行っても勉強をして帰る……そういった生活をしていた。
友との交流は一切ない。
学校というのは本来、勉強をするための場という考えを夕は持っているので友だち付き合い以上に勉強に精を注いでいた。
成績は常にトップを争う優秀さを誇っていた。
少しでも成績が落ちると再び勉強をしていた。
なお、友人なんてものは一切いない。
「夕くん、友人はいいものだと思いますよ」
目に包帯をつけた少女、ネムがそう言い放ったのは日頃の夕を心配してのことだった。
時間はホームルームに差し掛かろうとしている時間帯。
クラスメイトは全員席に着いている。
多少ざわつきはするものの、比較的静かだった。
幸いにも夕の座席は窓際一番後ろ、主人公ポジションである。
夕の座席が主人公ポジションでなければネムと話せなどしないだろう。
ここなら喋ってもギリギリバレないのだ。
「いらないよ。俺はみんなと違うんだ……馴染めるわけ無いだろ?」
「またまたー、そんな事言ってー。そんなことないですよ。怯えてるだけじゃないですか」
「怯えてなんかいない。ただ、いらないだけだよ」
夕の周りをフワフワ飛び回りからかいの言葉を浴びせるネム、少し楽しそうだった。
しかし夕が少し語気を強めて否定すると、ネムは口を尖らせて夕の後ろに置いてある掃除箱の上に座った。
頬が膨らんでいる。
「俺はネムさえいればそれでいいんだよ」
こぼれるように出たその言葉はネムの耳に届かなかった。
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