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 ──さようなら、『あさぎ』


 鏡の前で、長い髪のたおやかな姿が首に指を這わす。

 薄いが、確実にそこに在る傷跡。


 国の最高責任者の子息。

 わかってはいたが、どこか他人事だった。

 父の跡を継ぐのは姉──『もえぎ』だったし、その補佐として彼女を助けて生きていくのだろうという意識はあったが、ただそれだけだった。


 もえぎはいつだって凛としていた。

 生まれたばかりの頃の写真を見たことがある。二卵性双生児だというのに『瓜二つ』とはこのことかというくらいそっくりで、おくるみの色が違わなければ見分けがつかないほどだった。

 二人は、大きくなるにつれてものすごく変わっていった。

 今ならばわかる。あさぎに甘かった両親。それに対し、萌黄には一線を画した厳しさがあった。

 彼女は、後継者だから。


「大和は跡継ぎは男の子なんだって」

「そうなの?」

 中東の小国『菊花』。極東の小国の占領となったこの国は、本国・大和とは違い第一子を後継者にする習わしがある。

 大和から『菊花』に派遣された父は、食べ物から風習まで何もかもが違うこの国を統治するにあたり、自分の後継者に長女・もえぎを据えることにした。

 そこに、どんな思惑があったのかはわからない。


 父は、先月に死んだ。

 喪って、一番落胆していたのは父だった。


 『菊花』は大和に占領された後、本国からもたらされた産業と技術で貧困国から一転、未曾有の好景気に転じた。それ故に、本国から派遣された最高責任者について、『菊花』の国民たちは悪感情を抱かなかった。

 だが。それでも『形ばかり』となってしまったかつての王国を憂う一団は『レジスタンス』と称し、国内のあちこちでテロ活動を開始していた。

 あのとき、事前にタレコミがあった。『後継者』への殺害予告。

 今となれば、それ自体が揺動のうちだったのかもしれない。


 もえぎは父の代理として教会が運営している孤児院を訪問していた。

 あさぎはもえぎの影武者として、彼女と違うルートを移動していた。

 結果として、『二人とも』襲われた。

 原始的な手段だった。鋭い刃物で喉が掻き切られた。

 実行犯はその場で射殺。そののち、二人にそれぞれ同行していた現地出身の軍人が実行犯を手引きしたことが判明、後日極刑に処された。


 ……ノックの音。

「入っても構いませんでしょうか」

「どうぞ」

 少女はハイネックの襟で丁寧に首を隠した。

「失礼します。今後閣下の警護に当たる者たちを連れてきました」

 サイトウ中佐が二人の男性を部屋に招き入れた。

「ご足労ありがとうございます」


 半年かけて、準備してきた。

 立ち止まることは、できないのだ。


 さようなら、あさぎ。

 今日から少年は、少女として生きていく。



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砂漠の菊作戦 あきら るりの @rurino

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