危機的状況

 ここ最近、周囲で話題になっている事。

万博?オリンピック?どれもハズレ。正解は、

【切り裂き魔のオオタさん】だ。

彼は今年の春頃からワイドショーで名前が出始めた。

横浜で起きた【サラリーマン連続殺傷事件】が彼の起こした最初の事件だ。

この事件は深夜、帰宅途中の男性サラリーマン、つまりスーツを着た人ばかりを狙って犯行が行われた。フラフラと歩いてる所に、背中からいきなり鈍器で殴打!何が起こったのか分からずも倒れ込んでしまった被害者を、今度は正面から刃物でめった刺し。この手口で襲われた被害者の数は全部で8人。

中には奇跡的に助かった人もいたけど、殆どの人は彼の趣味(身体を裂く)に付き合わされて絶命してしまった。

犯行の時間が深夜なのと、これは意図的なのか防犯カメラのない場所での犯行だから警察も彼を捕まえることが出来なかったのだ。

この横浜での事件の時には、まだ【切り裂き魔のオオタさん】の名前はまだ無かった。

彼の事件で名前が出てくるようになったのは、この後の【ライブ会場襲撃事件】から。

関東圏内で夜に行われたとある野外ライブの会場で、鍵を掛けずに簡易トイレに入ってる人のドアをいきなり開けて、ナタで一撃のヒット&アウェイを繰り返した。

簡易トイレは一画に何十個も設置されていたが、場所がステージの裏側で照明が薄暗かった事と、観客の声で悲鳴があっても誰も聞こえなかった事から、(太田さん)は30分の間に12人を襲っていた。

この時の被害者の一人(この人は腕でナタを防いだので、腕の切断だけで助かった)が、気が動転したのか立ち去ろうとする太田さんに

「な、名前は?」

と聞き、太田さんは少し間を置いて

「…オオタ」

と答えたという。

この事件の後の全国の(オオタ)さんは大変な目に遭ったと思う。事件のあった地域に住むオオタさんは少しでも疑いがあれば警察に任意同行を求められるし、近所からも避けられたりする事例もあったらしい。

勿論、オオタは偽名じゃないか?という声もあったが、事件が事件だったのでそういう(意見)はまたたく間にかき消されてしまった。

そして決定打だったのは、横浜の事件は自分がやったと、オオタさんがTV局に犯行声明として手紙と犯行の一部始終を撮ったDVDを送りつけたからだ。

TV局はDVDを放送しなかった。内容を見て手に負えないと感じたのか、せっかくのスクープを警察に提出。警察もこのDVDの中身は本物と判断し、この時にTV局は手紙とDVDが送られてきたことをニュースの番組内で明かしたのだ。

それが先週の話。

確かその週は関西の何処かで何十年ぶりの万博開催が決まったとTVでチンピラみたいな知事が喜んでいたけど、そんな映像はオオタさんの事件に差し替えられたのだ。

なのでSNSなどのネット界隈だけでなく、リアルでも「オオタさんは何者か」といった推理がそこかしこで展開されるのだった(オオタさんという名称はネットから生まれた)。

そして今週火曜日、なんと僕の住む街でオオタさんによる犯行らしき殺人事件が起きてしまった。

今回は民家に押し入って、家の中にいた人たちをナタで滅多打ちにしていったのだ。

しかも、襲う前にターゲットとなった家のブレーカーを落としてから犯行に及んだので、近隣住民からの通報が入るまでの1時間のうちに3軒、12人が犠牲になった。

なので、事件のあった住宅街とその周辺は翌日からマスコミと警察官だらけだ。僕の家は幸い事件現場から離れていたので騒動に巻き込まれなかったが、それでも通勤途中に何度かパトカーとすれ違った。


とまあ、長々と顛末を語ったわけだけど、なぜ語ったのかというと、そのが僕の目の前にいる訳で。

「…運のない奴だ」

ほんと、仰る通り。


駅から帰宅途中の事。辺りはもう薄暗く通る車もライトを照らしながら走っている。ふと僕は公園の奥にある林が、どうしても気になってしまった。過去にこんな事一度も感じたことが無かったが、気がついたら僕は林の中を歩いていた。

一応、公園内は外灯が点いて明るいが、林の中までは光が届かず木や枝の輪郭が薄っすらと浮かび上がっている。

林に入ってからというもの、僕の鼓動は周囲に聞こえるんじゃないかってくらい、強く脈打っていた。それと一緒に、絶叫マシンに乗り込む寸前の緊張感と、柵のない高所から下を覗き込む時の不安感が、胸の奥で膨らんでいた。

この先に何があるのだろう?

暗い足元で転ばないように気をつけながら進んでいくと、外灯の光が見えてきた。

どうやら林を抜けてしまったらしい。なんだ、結局何もないじゃないか。

僕は林から出ると、そこは公園の駐車場だった。

停まっている車は一台もなく、駐車スペースも白線や縁石だけが外灯によって浮かび上がっていた。ただ、一箇所だけ。何かが動いていた。

恐る恐る近づくと、誰かが人の上に跨っている。僕からは背中を向けているので顔はわからないが、体つきから男だというのは分かった。

そして、男が両腕を上下に振り下ろす度に、男の尻に敷かれた人(スラックスぽいから男か?)は足を震わせていた。

喧嘩か?僕は更に近づくと、ある事実に気がついた。それは二人の周り、といっても跨がられてる人を中心にだけど。黒い液体が辺り一面に広がっていた。

男は、何かを振り下ろすのに夢中で、僕がかなり近づいても気づく気配は無かった。

そこで僕は男の背中越しに確認した。まず、男にマウントを取られているのは警察官だって事。そして、男が振り下ろしてるのは大きな石で、警察官の頭部はもはや形をしていなかった事。

思わず後退りしてしまい、そこで小石を踏んで僅かな音を立ててしまった。

本当に運がない。

(好奇心猫を殺す)

とはよく言ったものだけど、まさか自分に当てはまるとは。

僕に気づいた男はゆっくりと立ち上がると、血で真っ黒になった石をかつて警察官身体に落としずん、という嫌な音を立てた。

「…運のないやつめ」

声は意外なほど若かった。ひょっとしたら、僕と歳が近いかも知れない。しかし背丈は僕より大きい。多分180cmは超えてる。顔は、外灯が逆光となってよくわからない。

「お、お前、オオタ、か?」

全身が震える中で、ようやく出た言葉がこれだった。極度の緊張状態で(逃げる)という選択肢はなぜか思いつかなかった。

男は少しだけ下を向き、やがて

「…そうだ」

と答え、僕に向かって歩き始めた。

やばい、殺される!全身の全細胞が僕に逃げろ!と命じているが、相変わらず僕は立ち尽くしたままだ。

「な、こ、こんな事して楽しいのか?」

はまた立ち止まる。ほんの一秒だけ。

「楽しい、というより習慣」

「習慣?」

「俺にとっては歯磨きしないのと一緒。しないと気分が悪い」

僕は驚いた。今日本を騒がせている連続殺人鬼。そいつが僕の質問に答えている。

「殺人が歯磨きと一緒?は、はは、狂ってんな」

「…お前は」

今度は僕に質問らしい。

「お前は今、どんな気分だ」

わからんのか!?と言いかけたが、声のトーンはほんとに聞きたがっているようだった。

「俺は、こうして獲物と話すのは初めてだ」

だろうね。殆どが不意打ちなんだから。

「だから聞きたい。今から俺に殺されるという気分はどんななのか。絶望なのか?観念なのか?もし絶望なら俺にも分かる。俺は絶望しか知らない」

オオタさんは、どういうつもりだろう?これから殺そうって人間にその感想を求めている。もし僕が、絶望しか感じない、と言ったら、彼は満足なんだろうか。

しかし、僕は絶望は感じていなかった。

どちらかというと……。

「達成感、かな?」

期待してたのと明らかに違う答えだったのだろう。オオタさんは首を傾げた。

「達成感?」

「そう。ほら、こういうシチュエーションって、多分一生に一度もないでしょ?自分が殺される側になるなんて」

オオタさんは相槌も打たず、黙ったままだ。僕は続けた。

「殺される側って、そうそうなれるもんじゃないなってずっと思ってたんだ。不良と呼ばれる人種は僕に絡んでくることもたまにあるけど、本気で僕を殺そうとは思っていない。当たり前だよね」

「…………」

「でも、今日。オオタさんは僕を殺そうとしている。生まれて初めて向けられる殺意。僕は今、清々しい気分なんだよ。今まで分からなかった難問が解けたような。だから、達成感かな」

オオタさんの表情は見えないけど、きっと僕の言ってることが理解出来てないだろう。

僕は、オオタさんに気づかれないよう右手を腰の後ろに回し、ある物を掴むとオオタさんの首をめがけて横一線を描いた。

よく分からない回答の上に、更に僕の不意な動きにフリーズしてしまったオオタさんは、一瞬遅れて首を守ろうとした。

しかし、僕の右手はすでにオオタさんの血で濡れていた。

「な、何が」

何が起きたのか分からない。オオタさんは首を抑えながら膝から崩れ落ちる。首をいくら抑えても、指の間から液体が一定の感覚で溢れ出る。

「僕もさ」

顔は見えないけど、僕は膝をついてるオオタさんの目線に合わせた。

「殺す側はいつもなんだけど、殺される側の気持ちって分からなかったんだ。でも、さっきも言ったけど、殺意を向けられたあの瞬間!自分以外の殺人行為を目の当たりにする前の緊張感や不安感!オオタさんにも味わってほしかったなぁ。僕、嬉しかったんだよ?まさか、同業者と会えるなんて思ってもみなかったから」

オオタさんの息が段々弱々しくなっている。

「あ、でも」

僕は思いついた。

「オオタさんは絶望は感じた事あるんだよね。じゃ、僕から逆に質問」

僕はオオタさんが落とした大きな石を拾い上げる。血で滑りそうだが、なんとか両手で持てた。

「今、どんな気分?」

ゆっくりと石を持ち上げる。オオタさんも顔を上げるが、やっぱり表情は見えない。

「い……」

オオタさんは何か答えようとしたけど、僕が石を振り下ろす方が早かった。



遠くでパトカーのサイレンが聞こえるけど、辺りは静かだ。

警察官の死体はその場に残して、オオタさんの死体は捨てることにした。誰もいないことを確認すると、公園内の側溝の鉄製の蓋に指を掛け、開けた。

激流の音が外に漏れる。オオタさんの身体を起こすと、ちょうど頭が位置と向かい合わせになった。

「結局、顔はわからなかったなぁ」

えい、とオオタさんを側溝の暗闇に放り込む。闇に溶け込んだかと思うと、すぐ野太い着水音が聞こえた。


公園内にあった公衆トイレの水道で身体に付いた血を洗い流した。

幸い、オオタさんの起こした事件のお陰で公園の近くは誰も出歩いていない。だから、僕は悠々と洗顔ができた。

「待てよ」

顔を上げ、鏡に映る僕に問いかける。

「殺しをオオタさんに似せれば、全部オオタさんのせいに出来るんじゃない?」

僕のスタイルは、オオタさんのように世間にひけらかすようなものじゃなかった。

殺った相手の死体は必ずその日に処理する。だから、決して事件化にならずせいぜいが行方不明扱いだ。

しかし、最近はこの方法が面倒くさくなってきていた。処理する場所が限られるからだ。しかし、オオタさんの方法なら、全部彼に被せる事が出来る。

「ありがとうオオタさん。顔も知らないけど」

僕は例を言うと水道の蛇口を閉め、公園を後にした。

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あそぼう! たけざわ かつや @Takezawa

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