あそぼう!

たけざわ かつや

鬼ごっこ

 ここは中東のとある国。

「よーし、数えるぞ~!いーち、にーい、さーん…」

少年がカウントを始めると、子どもたちは一斉に思い思い散らばって走り出す。

「なぁ、あっち隠れようぜ!」

「えぇ〜、ひとりで行きなよぅ」

そんな子どもたちの相談する声も、段々と遠くなっていく。

「…ろーく、なーな」

カウントをしながら少年は今までの経験則で子どもたちがどこに隠れるか予想を立てていた。

クリーニング屋のカート、そういや空のやつ多かったな。でも、サリムさんの隣の部屋もまだ空き家だな…。

「きゅーう、じゅう!」

固く閉じていた目を開けると、瞬間周りがぼやけたがすぐに周りの風景が鮮明になった。

「さーて、どこに隠れてるのかなあ?」

少年は、この瞬間がたまらなく好きだった。大抵の場合、鬼の役というものは避けられる、というより(恥ずかしい)と思われる事が多い。

何故なら、鬼の役はじゃんけんで負けるか、鬼に捕まってなってしまうものであり、これを誇らしく思う子供などいないのだ。

しかし、少年は少し違っていた。いつしか、少年は友人にこう言っていた。

「鬼ごっこって、鬼になって何人捕まえられるかが楽しいでしょ?」

友人は「鬼ごっこは逃げ切ってこそかっこいい」と思っていたので、ちょっとだけ戸惑ってしまったが、少年を気遣って「うん、わかる」と同意した。


少年は、とりあえず歩くことにした。全神経を張り巡らせて、ではなく、ほんとに散歩のように。

あぁ、ティムールさんDVDのレンタル、日本のアニメもやるんだ。

ナルセんちの店、相変わらずお香くさいなあ。

イスマイルさん、また奥さんに怒鳴られてら。

これは、少年が幾度となく子どもたちと鬼ごっこをした経験から得た戦術だった。

追う側よりも、実は追われる側のほうが神経が鋭敏になる。自分が隠れて外界とシャットダウンしていても、足音や服の布の擦れる音だけは耳に入って来るのだ。

何回か鬼に見つからないと、大概の音は誰が発したのか、性別や年齢まで分かるようになる。

そして、鬼とそれ以外の人が出す音に違いがあることに気づくのだ。

反対に鬼は逃亡者の出す音に案外気づきにくい。全ての音を疑って聞き分けるので、この雑多な商店街では逃亡者を見つけるのは困難だ。

だから鬼は基本、目に見えるものを疑う。

店に置いてある樽に違和感はないか?

すれ違う大人たちの視線はどこに向けられているのか?

感じる視線はないか?

だから、ある程度経験を積んだ逃亡者はを知ってるので、隠れる時は自然に姿を隠そうとする。

例えば、自分の視界に入ってる人が視線を逸した隙に。

例えば、何かハプニング(大人たちが揉めだした時とか)に乗じて。

そして、一旦隠れてしまったら二度と外を覗こうとはしない。の鬼ならともかく、少年は隙を見せたら必ず見つけ出す。隠れている時間の長さに耐えきれず(実際はそれほど経ってない)、そっと外を覗き見ようとした瞬間、

「みーつけた!」

そう言って捕獲する。

子どもたちは、少年がワザと鬼になりたがっているのを知っている。鬼ごっこが始まってみんなが隠れ始めてる最中に、

「おー、いい場所を見つけたぞ。ハリルさんのお店のカートは、大きくて隠れやすそうだー」

と、大声でアピールし始めた時はまだ遠慮があった。

しかし、回を重ねるごとに段々と過激になっていき、ある時はカウントをしている鬼の真後ろで寝転び、申し訳程度で葉っぱを一枚額に載せ(これでも隠れてます)ていた。

これにはさすがに子どもたちから非難が上がり、少年は渋々方法を編み出すに至った。


「うぅー、もう誰か捕まったかなぁ」

鬼ごっこが始まって数分が経ち、隠れることに痺れを切らしたムーサが隙間から外を見る。彼が隠れているのは、とある露天商のレジの下だった。店主とは生まれたときからの隣人で、今日も「鬼ごっこで隠れるとこないから隠れさせて!」と半泣きでお願いして匿ってもらってるのだった。

レジはちょうど通りから奥にあるので、立ち止まって見ない限りレジの台の隙間は見えない。反対に、隙間からは人の行き交う姿はよく見えるのだ。

店主はムーサに言われた通り、外を見ないように新聞を読んでいる。

「ごめんください」

店主が顔を上げると、少年が立っていた。何かを探してるようではなく、何かを買いに来たような表情だ。

店主はムーサが隠れているレジの下を見ないようにしつつ、

「あぁ、いらっしゃい」

と声をかける。悟られないように。

「ねぇ、そこに誰かいるでしょ」

突然言われ、少年の数倍生きている店主は一瞬身体をこわばらせる。が、店主も長く生きてきた大人だ。

「?何を言ってるんだい?」

警察相手でもしらばっくれるのは慣れている。

「それよりも、何か買いに来たんじゃないのか?」

少年は、少しだけ人差し指を唇に当て、

「うぅん、ごめんなさい。そうだ、この乾電池をください」

はいよ、と店主は壁に掛けてある乾電池を掴むとレジに金額を打つ。金額が表示され、少年は「はい、これ」とお金をレジの前に置いた。

店主はお金を数え、

「はい毎度。ほら、袋に入れたから」

袋を少年に手渡す。少年は受け取り、

「うん、ありがと」

その一部始終をずっと固唾を飲んで隠れていたムーサは、心臓の鼓動すら少年に届いてんじゃないかと気が気でなかった。

少年の足音が遠ざかると、ムーサはレジ台の空いている隙間から、少年がどの方向にいくか見届けようとした。

ここで居続けるのは危険だと思ったからだ。

少年は通りに出ると、買った乾電池の包装を開け始めた。何をしてるんだろう?

ムーサは少年の行動が気になり、見続ける。

すると少年は、くるりと店主に身体を向け、大きく腕を振りかぶった。

ムーサは、少年が何をし始めたのか分からなかったが、突然「ぎゃ!」という店主のうめき声で思わず飛び退いてしまった。

「どうしたのおじさん!」

右腕を抑えながら転がる店主に、ムーサはレジ台から出てしまう。

「おじさん大丈夫?どうしたの?ねえ!」

店主は脂汗を掻きながらも擦る右腕は、赤く腫れていた。

「ムーサ、見っけ!」

うなり続ける大人を前に、少年はムーサの方に手をポンと起き、捕獲したことを知らせた。一瞬、ムーサは少年が何をしたのか分からず思考が止まったが、やがて

「何やってるの!?おじさんに何したの?」

少年は言われキョトンとする。

「え、いやムーサが隠れてること黙ってたし。しらばっくれたし」

ムーサは少年の言葉に唖然とするが、気にせずまずは一人。


ラシードは少年より1歳年上だ。なので少年より経験値は上。なのだが、ラシードは年齢でうぬぼれてはいなかった。

「あっち(ムーサの方)に行ったって事は、きっと見つかってるだろうな」

そしてまたこっちに戻って来るだろう。そしたら、今度は自分が見つかってしまうだろう。

ラシードは所有者に無許可で乗った4WDの助手席から降り、別の隠れる場所を探す。

鬼ごっこで一箇所に留まるのは得策ではない。鬼は、隠れる場所を思いつくまま探すからだ。

隠れるのは、何も建物でなくても良い。

生い茂る雑草の中でも良いし、何なら下水道の中でも構わない。

見つからなければ、勝者だ。

考えに考えた末、選んだのは建物の屋上だった。ここなら通りを見渡せるし、万一建物に入ってきても隠れるところは沢山ある。

と、ラシードが屋上から通りを見ていると少年が現れた事に気づく。

例え少年が上を見たとしても、ラシードを確認することは出来ないだろう。しかし、ラシードは少年を見つけることが出来た。

通りには大人たちが敷きめきあってるが、その中に少年は埋もれていた。いや、正確には身を隠していた。逃亡者から見つからないために。

しかし、真上から見ているラシードからは丸見えだった。少年は大人たちの流れには逆らえず、とうとうラシードのいる建物から遠ざかって行った。

「ふう、なんとかしのげたな」

二酸化炭素を思いっきり吐いて見た大空は、いつもより青かった。


少年は人混みの中で視線には気づいたものの、それが屋上からだと分かってからは別の逃亡者を探すことにした。

屋上にいるならそう簡単には移動しないだろうと踏んだからだ。

少年から逃れている子供は全部で5人。うちムーサは捕獲済みでもう一人は通りの建物の屋上。あとの3人は、きっとここから近いだろう。少年には確信があった。鬼ごっこは通常、隠れる側はバラバラに散らばる。

と思われがちだが、実は以外に近くに潜伏している事が多い。何故なら、自分以外が捕まった時に、真っ先にそれを知りたいからだ。


鬼ごっこ最年少のテオスは、鬼ごっこでは珍しく移動を繰り返していた。大柄な大人の陰に隠れ。はたまた馬車の陰に隠れ。

この方法は兄から教わったものだ。大体の鬼は『逃亡者は隠れているもの』という先入観で探すのだから、この裏を掻け。

ラオスはこの教えを忠実に守り、数回の鬼は経験してるものの、生還率(つまり見つかっていない)は7割を超える。

なので、ラオスは近くに隠れている他の逃亡者、デミルとジャンから少年を引き剥がすことにした。この二人は1コ上だが、自分のほうが隠れる能力がある。だから、自分が、能力のある自分が守らなければならないんだ!

だからラオスは、わざと通りのど真ん中で転ぶことにした。当然、大人たちは足を止める。すると、少年も大人たちの視線の中心に歩き出す。

ラオスは、壁となっている大人たちを見回した。何か変化があれば壁が動くはず。

「おい坊主、大丈夫か?」

「あらあら膝から血が出ちゃって」

男女を問わない大人たちの心配をよそに、痛がるふりをしながらもラオスは壁を警戒し続けた。あの壁が少しでも動いたら、あいつが来る!


少年は大人たちの流れに身を任せながらも、神経は集中していた。少しでも視線を感じたり、おかしな音が聞こえたら反応できるように。

すると、流れが急に止まりだした。やがて、

「なんだなんだ、どうしたんだ?」

「なんか、子供が転んだみたいでよ」

少年は瞬間、血が逆流する感じがした。

『獲物だ!』

しかし、これは罠かもしれない。

アドレナリンの分泌を急速に終了させると、少年は立ち止まる大人たちを動かさないよう、慎重に掻き分けていく。ゆっくり、ゆっくりと。

林のように大人たちの足が伸びている隙間から、漸く先頭が見えた。子供が泣き叫んでいるが、あの姿は確か…


同時に強烈な風が吹いたかと思うと、辺りの物という物が大音響と共に吹き飛んだ。

少年は身体全体に衝撃を受けると、あらぬ方向に力強くそして高速で引っ張られていった。何かに数回ぶつかった所で、少年の意識が遠のいた。




「起きろ!しっかりしろ小僧!」

叩かれた頬よりも、漂うヤニ臭さに目を覚ました少年の目の前には、全然見たこともない大人が涙を潤ませていた。

「良かった、どこか痛い所はないか?」

とりあえず、鼻にヤニ臭さが付く位以外には痛いところはない。少年は頷くとその大人は「そうか」とホッとした表情をした。

そして立ち上がると、再び他の倒れている人に声を掻けていた。

少年は見回すが、先程のヤニ臭さは消えて今度は砂煙の匂いが嗅覚を襲う。腕で鼻を覆うが、代わりに視界に飛び込んだのは、瓦礫の山だった。さっきまで大賑わいだった狭い通りは、今は隣の通りが見えるくらいに開けていた。代わりに、ある一色の色が周囲を染めていた。

赤だ。

濃い赤、少し薄い赤。そして不気味に赤い塊。

かつては人のパーツだったであろう姿を、今はバラバラに散らばっている。

これは夢じゃないか?

少年が目をこすると、何か湿った感じがして反射的に手を見る。

人差し指が赤い。

少年は驚いて顔を両手で擦るが痛いところはない。自分の血ではない事にホッとするが、ハッと気づいてさっき自分が進もうとしていた場所を見る。

そこには、瓦礫しかなかった。

正確には、瓦礫の下から、赤色の液体と、人かどうかもわからないうめき声だけが聞こえていた。

少年は未だに何が起こったのか分からない。来た道を戻るが、今度はもっと驚くことになる。先程の視線を感じた建物の辺り、というよりその周辺が何も無くなっていた。

そう、無くなっていたいたのだ。

「…探さなきゃ」

少年は、再び鬼ごっこを始めた。

かつて人々の行き交う通りだったそこは、今は寝ている者と走り回る人に分けられている。走り回る人の手には、幼い子供が抱えられていた。または、ある走り回る人の手には女性の上半身だけが抱えられていた。

「みんな、どこにいるんだよ」

大人たちの怒号が飛び交う中、少年は子どもたちを探し続けた。めぼしい所は全て吹き飛んでいた。どんなに探しても、見つけることは出来なかった。



『…○✕国の中心街に、有志連合による無人機攻撃が行われました。

有志連合によると、テロ組織の幹部数名が建物に集結するとの情報を得て、後に自爆テロを敢行する恐れがある事から、無人攻撃機、プレデタードローンによるミサイル攻撃を行ったとのことです。

この攻撃で少なくとも、テロ組織の幹部数名を含む十数名が死亡。百人以上が負傷したと現地メディアは報じてますが、正確な人数はわかっていません。

次のニュースです。万博開催の候補地がいよいよ…』



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