報告番号JDR-0x02 エクウス族「クレアー・トロッティ」の場合

 エクウス族は足の速さと持久力に優れているため、乗り物を使わなくても短時間で長距離を移動でき、運搬を得意とするため運送業に従事する率が高いのが特徴です。


 通信の技術が発達していない世界では情報伝達の役割も担う事が多く、各国の伝令役として配属されるなど重要な任務に従事する者も多くいるため、比較的社会的地位が高く、当人たちのプライドも高い傾向にあります。そのため、気難しい性格が時に仇となる事例も多数報告されています。


 今回、プロジェクトの参加者となったクレアーさんは、とある国の諜報機関に属する者を両親に持っていましたが、国が混乱し捕らえられてしまい、子供の身も危ないとなったため縋るようにこのプロジェクトに応募されたそうで、見事当選されました。


 両親のその後は定かではありません。クレアーさんは独りで日本へと来訪され、帰る場所がないからと移住を決断されたそうです。


 クレアーさんは成長度合いを計測した結果、中学二年生としてプロジェクトの受け入れ先となっている中学校に転入されました。


 エクウス族はやや面長の傾向にありますが、外見の特徴は人類とほぼ同じなため特別な扱いはせずに、冷涼な気候の場所にあってスポーツが盛んな学校にしてほしいとのクレアーさん自らの希望により、北海道のスポーツ科を有する農業大学系列の私立高校に転入されました。


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「速すぎでしょ!」

「ずるーい!」


 クラスメイトの嫉妬とも取れる黄色い声を浴びて、華麗なポージング付きでゴールを駆け抜け、余裕の表情でクラスメイトたちに手を振るクレアーさんは、二着にすら周回遅れにさせる圧勝を飾っていました。


 陸上競技の選手を相手に、千五百メートルの距離で四百メートルトラックを四周するより前に一周以上の差を付けてしまうのですから、カダヒさんの速さが抜きん出ていることがわかります。


 羨望の眼差しを向けられ、白い歯を見せて応えるクレアーさんのところへ、ポニーテールを揺らした少女が駆け寄りました。


「クレアーさんの一完歩の大きさ、お馬さんみたいでステキですっ!」

「お馬さん? ああ、こっちの世界でエクウス族に似た身体的特徴のある動物のことね。そんなに似てる?」

「はい、私が大好きなカナリア号みたいでカッコイイです!」

「そうなんだ」


 カナリア号がどのようにカッコイイのか想像もつかないクレアーさんは反応に困っているようですが、カッコイイと言われて悪い気はしないようで機嫌は上々に、嘶くような声を上げました。


「ふっふーん! じゃあサクラも一緒に走ろうか。私が速く走れるよう指導してあげる」

「わあ、嬉しい!」


 サクラはスポーツ科ではなく畜産科の生徒で、自身はスポーツがあまり得意ではありません。しかし、土地柄多くの競走馬を見る機会があり、すっかりその美しい姿と走りに魅了されていたため、馬産家になるのを夢見てこの学校へ入学した経歴を持っています。ですからエクウス族の女の子が道内で受け入れ先の家を必要としているのを告知すると当日のうちに名乗り出てくれ、転入してきた今日より二日前から一緒に暮らしています。


「まずは準備運動をしなきゃ」

「はいっ」


 クレアーさんから指導を受けるのがとても嬉しいようで、サクラさんは飛び上がって喜んでいます。ポニーテールと結ばれた赤いリボンの端がぴょこぴょこと弾んで大変可愛らしい姿です。


「寝転がって脚を上げて。筋肉を伸ばしていくよ」

「はいっ」


 隊長の命令に従順な隊員のように、きびきびとした動きで言われた通りに寝転がって脚を上げるサクラさん。ジャージ姿で色気には欠けますが、お年頃の程良く成長した下半身がクレアーさんの前で無防備に晒されています。


「ほうほう」

「ふうふう」


 太腿の筋肉をほぐすクレアーさんの手の動きに合わせて、サクラさんの吐息が漏れます。


「おお、なかなかいい筋肉じゃないか。直接触らせてくれ」

「はいっ……え?」


 言うが早いかジャージのズボンが引っ張り上げられ、サクラは生脚と、ついでに白い布までさらけ出されていた。


「やっぱり、良い筋肉を持っているじゃないか! ちゃんとしたトレーニングを積めば、この世界でならトップを目指せるぞ!」


 クレアーさんの手が執拗にサクラさんの太腿を隅々まで揉み上げています。


「…っ!」


 羞恥に我を忘れたサクラさんの脚がクレアーさんの頭頂に振り下ろされ、一瞬のうちにクレアーさんの顔は地面にめり込んでいました。


 サクラさんは慌てて立ち上がり、ズボンを引き上げるとすぐさまトラックの方へと駆け出しました。


「やったなサクラ!」


 不意打ちの一発を食らわせられたクレアーさんはは、自分の行いが原因であることなど棚に上げて、顔に土と草を付けたまま鼻息荒くサクラさんの方を追いかけ始めました。


 数秒も経たないうちに追い付かれ、サクラさんは背後から抱き付かれる形で停止させられます。


 筋肉質の腕でガッチリとホールドしたクレアーさんの鼻息が首筋をくすぐったのに観念してか、サクラさんは脱力してその場に座り込んでしまいました。


 このままではサクラさんが危険だ。そう感じてプロジェクトの武闘派達が緊急出動しようと転移魔法の詠唱を始めていましたが、クレアーさんの様子をじっと観察していた監視官が制止の号令を掛け、転移魔法の発動はキャンセルされました。


 クレアーさんの腕にはそれほど力がこめられていないようです。それどころか、愛おしそうに包み込むよう柔らかく抱いています。その顔には慈しみすら感じさせる表情が浮かんでいました。


 高感度マイクを取り付けていなかったら聞き取れないほど小さな声で、クレアーさんは呟きます。


「かわいい。食べちゃいたい」


 私達のいる館内にその声が届けられると再び転移魔法の詠唱が始まりましたが、監視官が飛び付いて静止させました。貴方達はキマシタイムの尊さをわからないのか、と謎の説教が始まっています。


 私は異世界とも日本語とも異なる言語を駆使する監視官の言うことは深く考えないことにして、女性同士の種族をも越えた美しい青春の一ページが描かれるモニタを眺めながら、そう言えば桜肉ってお肉をお薦めしている居酒屋さんが近くにあったから今日寄ってみようかなと思いを巡らせたのでした。

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異世界の種族が日本への移住に興味を持ったようです サダめいと @sadameito

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