閑話 洗濯日和、彼女の心
「よいしょ、っと」
今日は風もそよぐ良い天気、お洗濯日和とはこの事です。特に急ぐ用事もないので手作業で干しましょう。
術ばかり使うと良くない、と言ってくれたのは母上でしたか……
「ふぅ」
今でこそ首都でゆっくりと生活していますが本当につい最近、私は死にかけていたんですよね。
色々な意味で。
「あの夜、ルカワさんに出合わなかったら……」
そう、あの夜。皆居なくなってしまった夜。暗い戸の内側で絶望するしかなかった夜。
意味も無いのに戸を叩き続けていたらルカワさんの声がした。何とか応えて、背負って貰って外に出て、一晩経ってそれでもやっぱり現実には絶望しかなかった。
でも不思議と次に何をするかが分かった。ほんの少しだけど力が湧いた。それに、ルカワさんといたら心が少し楽になった。二人で準備している時は何だか楽しかった。あんな事があった後なのに。
「ふふ、そう言えばルカワさん、正直に『異世界から来た』なんていいましたよね」
何となく雰囲気が違うのは分かりましたが、それでも素直に言うなんてやっぱりルカワさんは不思議です。悪い意味ではないですよ?
――ヒュオン。
わわっ、危ない。洗濯物が飛ばされるところでした。
「料理も美味しいって言ってくれたのは嬉しかったなぁ」
腕に自身はありましたけど面と向かってストレートに言われるのは良いものです。余計な言葉も混じらない、というか混ぜられないのでしょうか?
「旅に同席してくれて、その上色々と気も使って頂けて……」
旅の途中、ルカワさんが居なかったら私はどうなっていたでしょうか。ルカワさんが隣りに居てくれたから夜も眠れた筈なんです。今だってそう……
「まさか霊術の素質があるとは思いませんでしたが」
あれは意外でした。しかもかなりクセのあるタイプでしたから余計にです。「想像」がカギになるなんて。
――ん? あ、シャツが裏返ってる……ルカワさん、脱いだ時に返し忘れたのかな?
「でもそれで私は助かったんですよね。霊気消滅から」
本当にルカワさんには助けられてばかりでした。知らなかったという事もあるでしょうが霊気枯渇で半分死んでしまったんですから。
「私、凄く取り乱してしまって……だって、だってあんなの……」
病室のルカワさんを見た瞬間、血の気が引いて、それから何か喚きつつ気を失った様な覚えがあります。
ようやくルカワさんの目が覚めた時も、もう何がなんだか分からなくて、ただ必死にしがみついてました。
「あの術式を施す時も、ルカワさん、私の事を心配してくれて」
ルカワさんに伝えていなかったからかもしれませんが、それでも何をされるか分からない側なのに私の事ばかりで。
その後私は朝に目覚めるまで深く眠っていたのか記憶もありません。でも、多分ルカワさんの事だから……
――あれ? 靴下が片方無い? 洗濯し忘れたかな……
「あの術式の影響もあって私達の間に特別な霊気連結が出来て、それから退院した後は話もトントン拍子に進んでこの家に来て、それから何だか楽しい日々が続いて」
私の心はまだ、風に揺れる洗濯物のそれみたく真っ白になっていないし、今も暗い部分は沢山あるけど……
「これからもずっと、こうやって過ごせればいいなぁ」
優しい風がふわりと流れた、そんな気がしたお昼前、です。
――あ、コレも裏返ってる……ふふ、人の事言えませんね、私も。
風漂 物書未満 @age890
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