第27話 お買い物、靴のヒール 6/6
さて騎士団中央本部から出なければならないが、道がわからない。ヴァイクにでも聞くかと考えていると、ミーナが家の裏手まで付いてきてほしいと言ってきたので家の裏手に回った。
見てみると眼の前はただの壁で扉などなさそうだし、現に昨日は表側から入ってきたので裏手がこうなっているということは知らなかった。
「ここの辺りに確か『鍵穴』があったはず…」
と、ミーナが何かを探していると暫くして、
「ありました。この『鍵穴』に私の霊気を流して回せば外に出られます。昔父上が出入り口を便利にするために作ったんです。もちろん親族しか開けられませんが、私と霊気連結しているルカワさんなら開けられますよ」
要は専用の通用口だ。それもかなりのセキュリティレベルである。
「とりあえず開けますね。後は兄様に出かけることを伝達しておきましょう」
扉を開けると、外には首都の光景が広がっていた。
流石首都と言うだけある、病院にいた時や、昨日だけでは分からなかったが人や乗り物の往来も多い。
「あ、ルカワさん右手を出してください。身分証明の印を入れますので」
呆けていた私にそう声がかかった。そうだった。私には今、身分を証明するものがない。あちらの運転免許証など役に立たぬ。
私は素直に右手を差し出すと、ミーナが霊気を送り、右手に三本の薄青色の線が浮かんで消えた。なんでも身分証明をしたいときは右手を見せるだけでいいのだという。大層便利な物だ。
さて買い出しに行くのだ、市場でもあるのだろうか等と考え、ミーナに聞くとその通りでここから少々遠いが歩いていける所にあるのだという。馬車で行けば早いらしいが近辺の探索も兼ねて歩きで向かう事にした。別段急ぐ訳でもないし、歩きの方が色々と発見もあるのは確かだ。ぶらりと市場に向かうとしよう。
ミーナと何気ない会話をしながら歩いていると市場(商店街的な要素もある)とやらについたようだ。人通りもなかなかのもので盛況である。ミーナにいつもこんな感じなのかと聞くと朝は更に盛況で人だらけだという。
これよりも人が多くなるというならば朝はぎゅう詰め状態なのだろう。
「とりあえず生活必需品を揃えて、食材を買ったほうが良いかな」
「そうしましょう。ピークの時間帯は過ぎていますが良い品はいくつかあると思います」
とのことなので生活必需品と食材をメインで買うことにした。
先ずは生活用品や足の遅い食材の買い出しだ。店頭で石鹸や洗濯洗剤、バスタオルやフェイスタオル、新しい歯ブラシや歯磨き粉等とイモ類や根菜類を買い、お値打ち品も見つかったりと中々良い買い出しだった。この時物価などについてもミーナとやり取りしながらある程度把握することが出来た。
親子と間違えられたりすることもあり、なんとかして勘違いを防いだが、間違えられた時のミーナは満更でもない雰囲気だった。
「ははは、こんな事もあるんじゃないかな。親子にしては歳が近いけど」
「ルカワさんが……父上……」
ミーナは聞こえるか聞こえないかくらいの声を言った。
私達の歳の差は微妙な歳の差だ。
……身長差ははっきりしているのだが。(私が188cm、ミーナが151cm程)
そんな事をしている内におやつ位の時間になり小腹も空いてきた。このあたりに喫茶店の類でも無いものかなと、周囲を見渡した先に屋台の様な店を見つけた。
ミーナに聞いてみると、いわゆるあちらでいうところのアイスクリームや軽食を出している様な店らしい。
「ここで一休憩して、軽く食事にでもしようか」
「そうですね。夕食のこともあるので軽く位が丁度いいです」
それならばそうしよう。相変わらず文字はあまり読めないのでミーナの舌と勘に頼る事にした。
さて二人おやつにしながら談笑していて、私は今更ながらこの都市の紙の地図はどこかにないのかと思った。
私はこの都市について当たり前だが土地勘が無く、どこに何があるやらまるで分からない。それにここはかなりの大都市だ、観光案内の地図くらいどこかにあるだろうし、迷子になっては困ってしまう。そのことをミーナに話すと、
「そういえばそうでしたね。新しい物を買ってもいいですがここの地図なら確か家にあったはずです。帰ってから探してみましょう」
と、返ってきた。どうやら向こうの国土地理院のような場所には行かなくても済むようで安心である。
「まあ地図は確かに必要ですよね。でもルカワさんは私とはぐれても大丈夫ですよ。忘れたんですか?」
「いや、大丈夫じゃないだろうよ……私は一切土地勘が無いんだぞ、どうやってミーナを……」
言いかけて、霊気連結のことをハッと思い出した。
そうだ、連結をオンにすればお互いどこに居るかはすぐに分かるし、ホットラインもあるのだ、迷子になったら伝達を飛ばせばいいではないか。昨日聞いたというのにすっかり忘れていた。
「もう、折角の霊気連結を使わなくてどうするんですか。親族ですら出来ない特別な連結なのにもったいないですよ」
「ごめんごめん、意識の中に潜ったのが強烈すぎてうっかりしてたよ」
「うふふ、でもやっぱりルカワさんらしいですね。どこに居るのかすぐに分かる方法があるのに使おうとしなかったのは、きっと昨日の意識を覗かなかったことと同じなんでしょうか」
ミーナに一本取られ、返しようがなかった。
こんなやり取りをしている間に手元の時計は十六時半頃を示してした。そろそろ帰って夕食の支度でも始める時間帯だろう、足の早い食材を市場で買い揃えて帰路につく方が良さそうだ。先刻買った食材からどんな料理を作ってくれるのかと聞いてみると、今日はもう一度カレーを作るとのことで旅路のキャンプでのカレーよりも更に美味しく仕上げてくれるらしい。もう少しすると市場が混んでくるようなので早々に必要な残りの食材を買い、市場の通りを抜けて大通りに出た。
生活用品も昼に買ったため荷物が思いの外多くなってしまったが、私が持てない程重い荷物でもなかったので行きと同じく帰りも歩こうかとミーナに持ちかけたところ、久しぶりの市場にミーナが思いの外疲れてしまった様子だったので馬車で帰る事にした。
「うーん、以前はこんなに足回りが疲れたことは無かったのですが……特段変わったことはしていないのに」
ミーナは何やら不思議そうだ。確かにミーナは華奢ではあるが持久力が無い訳ではない。私も馬車の中で不思議に思っていたのだがふとミーナの足を見て疑問は解決した。もう少し足元に気を配ってあげられればよかったのだがうっかりしていた。
「ミーナ、靴のヒールが高くないか? それで疲れたんだと思うんだが」
オシャレをする上でヒールは外し難いアイテムだ、気の回る男なら最初からヒールの高さに気がつくというものだろう。だが、
「え? ヒール? あっ、なんか変だと思ったら靴を間違えていました……」
と、ミーナから予想外な言葉が出てきた。なんと選んでヒールを履いた訳ではないらしい。
「選んで履いた訳じゃなくて偶然……?」
「はい……買い出しの時にヒールを履くなんてしませんよ。あうう……」
ミーナの感覚は男の気配りの遙か先に存在している部分があるようだ。このくらいの年なら「買い出しの時に」などと考える人は少ないだろう。同年代の男はミーナのこの考え方を読み切れるのだろうか。
私はミーナより一回り上だが読み切ることは出来なかった。読み切れるとしたらかなりの切れ者である。
「うぐぅ、気がつくと何だか凄く恥ずかしいです……お洒落して出かけた時にヒールで疲れるならまだしも買い出しの時にヒールを履いていってそれに気付かずに疲れてるなんて」
「まあこんな日もあるさ、原因が分かって良かったよ。病の兆候じゃなくて良かった」
と、続けて、
「ミーナは凄いな、場面々々で必要な靴を意識してるなんて。私なんか全く意識出来ないし、よくわからないんだよ。ミーナより一回りも上なのに情けないなぁ、あはは」
気を紛らわしてあげようと笑い飛ばした。そうするとミーナは、
「靴を選ぶも何もルカワさんは靴が一足しかないじゃないですか、うふふ」
と、明るくなったようである。更に付け加えて、
「明日はルカワさんの服や靴なんかを揃えに行きましょう。兄様の服では少々窮屈そうですし」
と、明日の計画を思いついた様でにこやかに提案した。
やはりミーナには笑顔が似合うし、気持ちの切り替えも中々の早い。
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