第26話 「管理者」、「酒樽返し」 6/6
そうこうしている内に朝食が出来、二人で頂く事にした。ミーナ曰く、食材がないため簡単なものの有り合わせしか作れなかった、とのことだ。
それにしてもやはりミーナの料理の腕は確かなようで一見するだけでは有り合わせと思えない。そう感心しながら食事を進めて平らげていくと先刻の『あの子』の話が出できた。
「お気づきかも知れませんが私の中には何人か別の自分、厳密に言えば間違いなく自分なのですが、そういう存在がいるのです。これについては私とルカワさん以外で知っている人はいません」
なる程、自分であって自分でない存在ということか、確かに人間というのは一側面だけで生きている訳ではない。明確で無いにしろ、無自覚にしろ、自らを見ている自分や自分であって自分でない者は存在しているのだ。こればかりは人に説明しようにも出来ないことであるが。
「別のミーナ、か。分からなくもないよ。昨日のミーナは確かにミーナだったけど、やけに積極的だったから何かあると思ったからね。酒が入ったにしても変わりすぎだったよ」
「うーん、やっぱり感づかれていましたか。別の自分とは言え恥ずかしいです……」
確かにあれだけやれば恥ずかしくもなるというものだ。仕方のないことである。
暫くするとミーナは居直って、
「私の意識の中の『あの子』に二人で会いにいきましょう。実際に会って話す方が分かりやすいですし、今回は流石に文句を付けないと」
と、少々お怒り気味である。そうなって当然だろう。
しかしいくら霊気連結の強度が強いとは言え、長時間意識の中に居るのは危険ではないのかとミーナに聞くと、主人格であるミーナと一緒に意識の中に入ればその心配は殆どないとのことだ。
「では行くとしましょう。少々長めに意識の中に入るので座ったままでは滑り落ちて体外的な接触がいきなり切れる可能性もあります。ベッドで横になりながら意識の中に入ります。ちょっと恥ずかしいですけど、安全には変えられません。それに少し慣れてきました」と言って、キッチンを後にし、寝室に向かうことになった。
寝室に着いて二人でベッドに横たわり、手を繋いで軽く固定すると、
「じゃあ行きますよ。昨日と違って二人で行くので、違和感は少ないと思います」
と、ミーナから声がかかると同時に私の意識はミーナの中に吸い込まれていった。
どうやらミーナと一緒に入ったお陰か、昨日のよく分からない空間では無く、かなりはっきりとした輪郭を持つ空間に私はいた。左側を見るとミーナが居たので声をかけると、
「無事に意識の中に入れたようですね。視界も良好ですし、ルカワさんの存在もはっきりしています。これなら丸一日ここにいても大丈夫でしょう」
と、返ってきた。それはまたすごいなと思ったのだが少し不思議な事に気がついた。繋いでいる手が離れないのだ。確かに外で固定しているとは言え、一体化してしまったかのように離れない。
「ミーナ、手が離れないぞ。というか一緒になってしまっているような…」
気になったので聞いてみると、どうやらコレが重要らしく、こうなっているからこそに、この空間をはっきり認識できるようだ。
「外で繋がっている部分をこの空間で同化させることで安定を保っているんです。とにかくも『あの子』、『酒樽返し』に会いましょう」
そう言って、ミーナが左手を前方にかざすと、扉が現れそれをミーナがノックして一言、
「入りますよ。『酒樽返し』」とお怒り気味に扉を開けた。
「うわあああ! ヒロカズも一緒!? 待ってまって! 散らかってるから! 片付けてるから!」と、酒樽返しは焦っているがミーナはお構い無しである。確かに散らかり放題散らかっている。
酒瓶やら服やら何やらが部屋の中でごった煮状態だ。姿はミーナだがミーナらしからないし、服も寝巻きのそれであった。
「はあ、全く貴女は……」
と、片付け途中で転げた酒樽返しに向かって呆れて言い放った。
「どうせ朝っぱらから飲んでたんでしょう。昨日たらふく飲んでおいて意識の中でも飲ん兵衛ですか」
「今はシラフだよぉ。それにちょっと飲んだだけだし、私からお酒取ったら何も残らないし……」
昨日のお気楽さがどこか行ってしまった様子だ。
「まあ、それはどうでもいいです。今回は私の意識の中についてルカワさんに説明しにきたんです。貴女と話した方が分かりやすいでしょう」
まあコレをみれば正に一目瞭然なのだが、とにかくも話を聞くことにした。
「とりあえず、もう一度紹介しておきます。この子が『酒樽返し』の私の人格です。見ての通りですが飲ん兵衛で、大雑把な上にいつも意識の中で飲んだくれています。今日は珍しくシラフですが」
なんとも手酷い紹介である。
「そんなに言わないでよぉ。確かに昨日ヒロカズを独占したのは謝るけど、何もそこまでおこらないでよ……」
と、しょんぼりしている。酒樽返しらしくない。二人のミーナの話を聞いていると、どうやら酒を飲む時普通は『酒樽返し』とミーナが半々で出る状態なのだが、昨日は酒樽返しが十割出てミーナの意識を押しのけたらしい。それにミーナはご立腹のようだ。
「貴女が十割出たら、歯止めが効かなくなるでしょう。ルカワさんがいたからどうにかなったものの、内心ヒヤヒヤしてたんですからね」
「うう、だからごめんって言ってるよぉ。それに秘密は言ってないし許してぇ…」
最早昨日の面影はない。どちらのミーナもミーナらしからぬ状態だ。しかしとにかくもこうやって言葉を交わし、別々に存在しているという現状は把握した。
こんな風なりこそすれ、肉体の奪い合いはしないあたり流石はミーナなのだろう。だが空気がピリピリしていたので、それを二人に言うと、
「うん。肉体を奪おうって気にはならない。主人格のミーナが肉体を支配してないと私は存在すら出来なくなるから」
と、酒樽返しから言葉が出てきて、
「確かにこの子は今回みたいな事を起こすと厄介ですが、別に悪い子では無いんです。むしろお酒の席では出てきて貰わないと少々困ってしまいます。それに私であることに間違い無いんです。だから消そうだなんて思いませんよ」
と、ミーナが応えた。
これでピリピリした空気は少し和んだ。そう言えば、だ。
「二人共、なんだかんだ仲は良いんだね。ああ、そうだ、酒樽返しのミーナの水球弾は強烈だったなあ。ヴァイクが余計な事言うから二発食らってた」
「あれは兄様がひどいこというからだもん。大雑把な私だけどあんなのひどい」
「そうですね。流石に兄様と言えどあれはないです。あんなのだから彼女も出来ないんです」
二人共呆れている。
とにかくもヴァイクという緩衝材のお陰で二人の間の緊張感は解れた。
「そういえば主人格のミーナはヒロカズのこと、まだ『ルカワさん』って呼んでるんだね。もっと砕けて『ヒロカズ』って呼べばいいのに」
話している内に大分とミーナの意識の中の状態について分かってきたところで、酒樽返しから純朴な、しかしどこかからかう様な質問がミーナに飛んできた。
「ええっと、やっぱりまだ砕けきれないというか、恥ずかしいというか」
「ふーん。じゃあしばらくは私だけがヒロカズって呼べる訳だね。へへへ」
酒樽返しは得意げになり、ミーナも反撃出来ずにいた。
「まあ、ミーナの好きな時に好きな様に呼んでくれたらいいよ。無理しなくてもいいさ」
流石にフォローを入れない訳にもいくまい。
「ヒロカズは優しいなあ。それになんだかんだ言ってココに長時間居られるってこと自体、想い合っていないと無理だしねえ」
酒樽返しがそう言うとミーナは赤くなってしまった。
その矢先、突如もう一人のミーナが現れた。
「はいはい。楽しそうなお話の最中ですがそろそろ戻った方が良いですよ。確かに丸一日いても大丈夫ですけど、買い出しに行くんでしょう」
言い放ったのは昨日の小悪魔ミーナである。
「意識外縁部の管理を任せている私のお出ましですね。確かにそうでした。そろそろ戻るとしましょうか」
「あー、そうだったねー。もうちょっとお話してたかったけどまた今度でいいや。私達はここから出られないし、出る気もないし、また来てねー」
「それでは戻ることにします。外側の管理を引き続き頼みますね」
「たまには私も表に出させてね。酒樽返し程とは言わないけど。『ヒロカズ』とも遊びたいし」
小悪魔ミーナが不意に言った。
私とミーナは「なっ!」と口から出たが、反論する前に意識の外へ戻ることになった。
どうやら戻ってきたようで、私達二人はベッドの上にいた。なんとも不思議なことが起きるものである。時計を見てみると十一時半を指していた。
「戻ってきましたね。外縁部管理者の私があんなことを言うなんて。困ったものです」と、ミーナ、つまり主人格のミーナは呟いた。
「まぁ、人間予想もつかない事を言ったりするもんだよ」
と、フォローにならないフォローを入れて、
「お昼前だね。そろそろ買い出しに行ったほうがいいかな?」
と、聞いた。
「少し遅いくらいですが今の時期は日も長いので大丈夫でしょう。軽く用意して出かけましょうか」
そうミーナは答えたが、そういえば昨晩風呂に入っていないことを思い出し、
「昨日の夜はお風呂に入ってないし軽くシャワーでも浴びてから行くのはどうだろう」
と、持ちかけた。
昨日食事(といっても八割は飲みだが)に行く前にシャワーを浴びたとは言え夜にあれだけ動き回ったのだ、ベタついて気分もあまり良くないだろう。この提案にミーナも賛成し、交代でシャワーを浴びてから出かけることにした。
先にシャワーを済ませた私は自分の部屋へ行って準備をし、玄関で待っているとしばらくして準備を済ませたミーナがやってきた。
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