第24話 はしご酒、楽しい夜更 6/5

 ヴァイクの話題で少々盛り上がった所でフォートはが「忘れるところだった」と封筒を一人づつ渡した。

「一応だが俺がぶっ倒れて支払えなくなった時の保険だ、支払いの頭金にはなる、とっといてくれ」

 そう言って私達に茶封筒を渡してきた。中身を見てみると115000ディナ入っている。

 額も額だがそれよりも封筒の内側に書いてあった言葉に驚いた。


(ミーナに何かあった時の為に護衛を付けてある。この先ハシゴする予定の店にも部下を送り込んでおいた。過剰かもしれんがこうでもしないと不安でな。最悪の場合、俺が出られる様にしてある。コレがその状態だ。ドルセンにも伝えた)


 なるほどこの御仁ただの呑ん兵衛では無いようだ。私はフォートとヴァイクに目配せし

 恐らくミーナファンが出なかったのもこの人の計らいだろうと伝達を入れた。

『ええ、何か仕込んでいると思いましたがこれ程とは。さすが部隊長です』

 ヴァイクは何かあると踏んでいた様だが予想以上だったらしい。

 ミーナのストレスにならないようあからさまな警護はせず、自然に近くにいる。確かに今のミーナ、「酒樽返し」に付き合いきり、それをやりきれるのは「酒樽割り」のフォートだけなのだろう。

『飲んでいる時のミーナはシラフの時と違って嘘を見抜く精度が一般的な勘以下のレベルにまで低下します。ある程度の誤魔化しが効く段階で部隊長は話しかけたのでしょう』

 との補足がヴァイクから入った。

 先程の不自然さの正体はこれらの仕込みが原因だ。偶然見かけたから付いてきたというのは間違いないだろうが、遅れて来た理由は部下に指示を出してきたからだろう。

 そしてすぐに声をかけず「酒樽返し」が出るのを待ったのは会話中にこの警護について嘘をついても気づかれない様にするためだ。これなら合点がいく。

 更にフォートはミーナが封筒を開けようとした時、「おい、ミーナ、口元に何か付いてるぞ」とそれとなく気をそらして封を開けさせなかったのである。これは万が一、ミーナの封筒にこのメッセージが紛れ込んだ場合を考えた策だろう。


 そうこうしているうちに一時間程経ち、店のクバル在庫は空になった。

「なくなっちゃたのー、でもフォートがいたからしかたないかー」

 もうミーナはお気楽モードである。

「ここは凄いな、クバルが大量にあって助かったぞ。ハシゴしてばっかだと疲れるからな。店長、ありがとさん」

 と、言って少し多めにフォートは支払っていった。店長、店員を見てみると大分と疲れているようだ。嬉しい悲鳴なのだろうがこの二人への酒提供には骨が折れたのだろう。


 店を出てからミーナがハシゴ先をフォートに聞くと次は肉料理の店であるらしい。

「わーい、やったあ」

 ミーナはこれまた心底嬉しそうである。

「そういやさ、ミーナ、ルカワさんにはあんまり飲ませないんだな」

 と、フォートが尋ねると、

「んーとね、ヒロカズはココのお酒についてよく知らないから、今度教えてあげてから一緒に飲むのー」

 と、返した。どうやら今日は私が「酒樽返し」に付き合う必要は無いらしい。(もっともそれは酒だけの話であって絡みに絡まれている)

 これについてヴァイクに聞いてみるとミーナは酒の事についてよく知らない人に対しては飲ませないし、絡みこそすれ無理には飲ませないのだそうだ。というか自分が飲むのに集中している。

『ルカワさんに対する先程のミーナの態度を見る限り、貴方の言う事は『酒樽返し』でも言うことはすんなり聞くでしょう。飲むのは止めないでしょうが』と伝達が入った。確かにさっきまでのミーナを見ればそんな気がする。


「ねえ、ヒロカズー、おんぶー」

 ある意味予想通りにミーナがねだってきたので「はいよ、どうぞ」と背中をかしてあげると心底嬉しそうに背中に飛び乗ってきたあたり随分といい気分なようだ。

 ミーナは酒が入ると少しばかり幼くなる。

「こりゃまた、上機嫌だねえ」とフォートがニヤつくと「んふふー」と得意げな笑顔で返した。

 そしてヴァイクだ。更に期待を裏切らないから驚くしか無い。


「ミーナ、重くなるから迷惑だろう」

 ヴァイクは最悪の一手を打ってしまった。


「ヴァイク、お前なあ」

『今のは一番ダメだろ』

 フォートの声と私の伝達が同時に届いた。


「にいさまのばーーーーーーか!」


 そう聞こえるが早いかまたしても水球弾である。

 本日四度目の「兄様のバカ」だ。もうヴァイクは本当に馬鹿なんじゃないのか。

「ヴァイク、この手の事に関しては本当に学習しないな」

 フォートが呆れたような声をかけた。全くその通りである。この方面においてヴァイクは私以上に阿呆であると確信した。


 重たくないとはミーナの談だが、本当に重たくない。というか不相応な程軽い。大丈夫なのか。そう思いうっかり、

「ミーナ、大分と軽いが大丈夫なのか」

 と、聞いてしまった。すると先程までの明るさが少々消え、

『ヒロカズ、それはちょっと話しにくいの。また今度で良いかな』

 と、伝達が入った。それ以上の言及はこの場では不味いと思ったので、軽い方が飛びやすいかなどと茶を濁した。


 さてそんなことをしている内に二軒目に突入した。時刻は二十時だ。飲んで騒ぐにはうってつけの時間である。

「わーい、にけんめー」

「さて二次会といきますかぁ」

 この声を皮切りに店内は騒然とした。なにせ「酒樽返し」と「酒樽割り」の二大酒飲みが到来したのである。

 まず席取りだがおあつらえ向きに注文した物、つまり酒が一番早く出てくる位置が空いていた。

 席は掘りごたつの様相で私とミーナが並び、対面にフォートとヴァイクの位置取りで座った。店はもうすでに伝令が来ているようで臨戦態勢である。客達もそれを感じている様で皆がざわついていた。

「よーし、まずはクバル二十本だー」

「俺も二十本頼もうかねぇ」

 もう止められない、この二人を止める事など出来はしない。店と二人の戦いが始まった。

 一体ミーナの小さな身体のどこに酒が入っていくのだろうか。ヴァイクも諦めたような顔をし、私も諦めと少々の楽しみが混ざったため息が出た。


 しかしこのフォート、やはり切れ者の様である。素人目にも隙がない。常にミーナの周りに気を使っている。この旨をヴァイクに伝達すると、

『ええ、まさにその通りです。隙が無いんです。さすが第一部隊長だ』

 なんでもフォートは隙無しで有名で襲撃者は尽く返り討ちでを食らうし、まだ何か秘密があるらしい。この手の奥義のようなものは秘密が多いのが常である。私は一端でもそれを教えてくれた事に感謝した。

 こんなやりとりをしている間にも酒瓶はどんどん空になっていき、ミーナに至っては私に絡みに絡む、というかもう膝の上に乗っかっている。

「ヒロカズー、ヒロカズー」と言ってキスまでせがんで来るのだから手に負えない。これではまともに酒も飲めぬし、つまみも食べられない。

 あの病院でのやり取りは一体何だったのか。酔っている時のミーナはかなり積極的な様だが今のところ可愛らしいので思うままに付き合ってやることにした。

 明日のミーナの様子次第ではからかってやるとするか。


 よく見ればこの二人、量もそうだが飲むペースも早い事この上ない。先程のレストランはかなりの在庫があったらしく二時間はもったが、この店はそこまでの在庫は無かったようで二時間も経たずにノックダウンである。

 この後も三軒目、四軒目、五軒目と周り結局家に戻ったのは深夜二時過ぎ頃になってしまった。家に付く前にミーナは私の背中で眠っていたのだがこれも珍しいという。なにせフォートと飲みにいった時でも帰りは平気で歩いていたし、千鳥足ですら無かったというのだ。

「あんた、相当信頼されてるね」とはフォートの談だが、まあ病院でのアレがあったからというのが大きいだろう。とにかくもフォートとヴァイクに礼を言い、今日はお開きとした。ヴァイクは相当疲れていたようだったが、どこか嬉しそうだった。


 一応夕方にシャワーを浴びているのでそのまま寝るかと思い、ミーナを部屋に運んだのだが案の定離してくれない。しかも「んぅ、一緒に寝るぅ」と寝ぼけ眼で言ってきたのが極めつけだ。

 こんなのでは悪い男に、と考えたがそもそもその悪い男が返り討ちにされ、最悪男が介抱を受ける始末だろうから心配するまでも無かった。


 まぁこんなこともあるのだろう、とミーナを軽く抱き寄せて横になった。

 多少酒も入っていたのが影響したのか今日も睡魔が仕事をしてくれる。

 私はミーナの頭をそっと撫でて眠りに落ちた。

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