第23話 「酒樽返し」、「酒樽割り」 6/5
確かに味には驚いたが、更に驚嘆したのはミーナの飲みっぷりであった。
なんとまあグイグイと水でも飲んでいるのかの如く酒を飲んでいるのである。
先程私はグラスと表したが訂正だ。このグラス的確にはグラスではない、向こうで言うところの大ジョッキのそれ(700ml)に相当するのである。
とんだ表記ミスだ。
大きなグラスを両手で持って飲んでいる姿は可愛らしいが、その中身が酒なのだから驚きである。
一気飲みが心配になったので、これは大丈夫なのかヴァイクに伝達すると、
『今のところは大丈夫ですよ、今のところは、ね』
と、引きつっている。ヴァイク曰くこれも不安要素の一つだったらしい。
ミーナは酒飲みにおいても天賦の才があるらしく、十五歳の祝いに参加した騎士の一部や参加者を一人残らず酔い潰れさせ(下戸には強要しない)、店を四軒ハシゴした挙句ケロリとして帰ってきたのだという。(ハシゴしたのは酒の在庫が切れたから)
そのため付いたアダ名は「酒樽返し」である。
それをよく知らなかったり信じきれていない騎士や男達はミーナに近づくため一緒に酒を飲んだりしたらしいのだが全員返り討ちにされ、支払いは男の方が粋がって、「全部おごる」などというからミーナは遠慮なく飲むので男の方は起きるとその金額に頭を抱えることも数知れないとのことだ。この事から「狼殺し」とも言われているらしい。
『それでですね、一杯飲み終わると奴がでるんですよ』
『ああ、性格が変わるとかか?』
『そうなんです。そろそろ出で来るんで驚かないで下さいね』
「ふふぁ」と、可愛らしく息をついてジョッキをテーブルに置き二拍程おいた後である。
「てんちょーーー!クバルいーーっぱい持ってきてーーー!」
およそ十七歳の女の子が出すような大きさではない豪快な声で注文したのである。
しかも店長に。
『ああ、始まった。こうなったらもう止まらない』
『なんでこうなるって分かってて連れてきたんだよ』
『ルカワさんの前なら恥ずかしがってこうはならないかと思ったんですが』
とんだ買いかぶりである。
なんとも嬉しそうに笑顔を浮かべているミーナがいた。なんとも苦々しく笑うヴァイクがいた。驚きを隠せない私がいた。
目の前にいるミーナは確かにミーナだ。それもとびっきりの笑顔の。しかし笑顔は行き着くところまで行くと逆に恐怖を生むのか。そしてその笑顔は私に向けられた。
「ん、ヒロカズ、飲むのとまってるよ。飲まないの?」
そう問われた。しかも恥ずかしげも無く今度は名前を呼び捨てにしてきた。
「ああ、いや、ミーナの飲みっぷりに驚いてな。なんならコレ飲むか」
とっさにグラスを渡すと、
「わぁい、やったあ、じゃあ貰うね」
と、心底嬉しそうに受け取ってグイグイと飲んでいった。
ヴァイクも自分のクバルを飲むか勧めたのだが、
「ヒロカズのだから貰ったの、兄様のはいらない」
と、一蹴した。そして注文の品が届いた。まずはクバル、これが二十本はあろうかという量。そして食べ物である。
「てんちょー、クバルこれだけなのー」
量に不服をつけていたが、飲み切る頃に冷えたものを持ってくると店長は対応した。
「あーそっかあ、ここに置いとくとぬるくなっちゃうもんねー。てんちょーありがとー」
と、ミーナは満足げである。
ヴァイクにさっきは残念だったなと伝達してやると、
『いえ、これでわかったことがあるんです』
と、返してきた。ヴァイクの話を聞くとミーナは店で飲む時自分で頼んだものしか飲まないし、基本的にはクバルしか飲まないのだそうだ。
理由は定かではなく、ミーナが無意識レベルで護身している、つまり薬の類を飲まさせるのを回避しているということか、単に相手にも飲ませて楽しんでいるのか、それ以外の何かということらしい。
しかし私が頼み、且つ口まで付けた物を何のためらいも無く飲んだということは、ミーナが想い且つミーナが想っている人がミーナを想っているという条件下であれば飲み物を受け取るということになる。
つまりは「特別な関係であるなら飲み物を受け取る」ということだ。
『ルカワさんとミーナが男女の付合でないにしても何らかの特別な関係であることは見ればわかります。でもここまで特別な関係にあるとは一体何があったんです?』
と伝達してきた。アレの事だと思った私は、
『すまないがそれは言えない。ミーナから口止めされているんだ。嘘だと思うならミーナに聞いてみてくれ』
と、返した。まあ聞いたら確実に水球弾である。
しかもヴァイクは期待を裏切らない。
この方面でヴァイクは私以上に阿呆か、下手をすれば馬鹿である。
「兄様のばーーーーか!」
本日三度目の「兄様のバカ」発言だ。しかも今回は更に手酷い。
ふいとミーナは私に顔を向けて、
「もしかしてヒロカズ、あのこと兄様に言ったの?」
と、少しばかり凄んだ、でも不安そうな面持ちで聞いてくるので、
「言ってないよ。嘘ついてる気配かんじるかい」
と、優しく返した。
「んーー」としばらく考えて「嘘ついてなーーい、えへへ」
笑顔で言った。その間にもどんどん瓶は空になっている。
『ははは、やっぱり水球弾を喰らったか』
『水球弾を予測できたならいってくださいよ』
『あのなあ、ヴァイク。流石にさっきのは聞いたらダメだってわかるでしょうよ。私だって鈍感な方だがアレならわかる』
『そんなぁ』
またしても第一部隊副隊長らしからぬ声である。
そういえばミーナファンが一切出てこないなと伝達すると、
『それなんです、ここまで目立てば一人二人出てきてもおかしくないのですが』
と、ヴァイクも疑問に思っているらしい。
そうしているうちに新しいクバルが二十本届いた。
「わーい、新しいのー、つめたーい」
手酌が面倒になったのか瓶越しにガバガバと飲み進めている。本物の呑ん兵衛だ。
「あのねー、ヒロカズー」
と、声をかけられたので、どうしたと聞くと、
「んーなんでもなーい」
と、笑顔で言ってきた。
『こりゃ、このパターンが何回も続くなあ』
いわゆる絡み酒である。
これだけ可愛らしければ苦にはならないが。
そんなことを何回かしているとあの変な客がこちらのテーブル席の方へやってきて、
「よぉ、やってるな、ミーナちゃん、いや今は『酒樽返し』かな」
と、声をかけてきた。何者だと思っていると、
「あんたがルカワさんだね、ドルセンとヴァイクから聞いてるよ」
周りに聞こえぬように言いフードを脱いだ。
「フォート部隊長、何故ここに。薄々感づいてはいましたが」
「やはりヴァイクには感づかれたか、でも女の、特に妹の気持ちには鈍感だな」
と、言い、同席させて貰ってもいいかと問いかけてきた。
ヴァイクとドルセンの知人なら大丈夫だろうし悪い気もしなかったので私は了解し、ミーナも「いいよー」と言った。
彼は席につくなり、
「おおーい、店長、クバル二十本追加だぁ」
と、よく響く声で注文した。ああ、この人も大酒飲みか。
「えへへー、今日は運がいいやー、フォート、『酒樽割り』のフォートがいるー」
飲み仲間を見つけたかの様にミーナは喜んだ。
『不味いです、「酒樽返し」に「酒樽割り」この二人が揃ってしまった』
とヴァイクから伝達が入った。言われなくとも不味いのは目に見えている。
よくわからんが少なくとも在庫はなくなるだろうと返すと在庫どころの騒ぎではなく最低五軒はハシゴ決定でしかも全店在庫切れは免れないと青ざめていた。
そんな私達の不安をよそに二大酒飲みは心底楽しそうである。
「んー、そういえばなんでフォートはここにいるのー」
と、クバルを飲みながらミーナが質問した。
何でもフォートはこの店に向かっていくヴァイクを偶然見かけ、ミーナもいたので一緒に飲もうと思いここに来たのだという。
「最初から話しかければよかったのにー」
「『酒樽返し』が出来上がるまで待ってたのさ」
「ふーん、まあなんでもいいやー、のものもー」
「そうこなくっちゃな」
この時私はミーナとフォートの会話がどこか不自然に思えた。いや二人の会話は成立しているから不自然も何も無いはずだ。
暫く考えている内に成人したての頃に酔っ払って支離滅裂な会話で大笑いしていた事もあったのを思い出した。呑ん兵衛の会話は傍から聞いて不自然でも話している物同士では自然ということか。
「まあ今日は俺が出すから飲め飲めー、あ、食うのもいいぞ」
と、かなりフォートは羽振りの良い様子である。
「わーい、フォートありがとー、でも今日は兄様におごらせるつもりだったのー」
「ほう、そりゃまたなんでだい」
と、聞き返すと例のあの話が出た。
「やっぱりお前はそういうことは苦手だな」
予想通りと言えば予想通りだったがヴァイクはこの手の事はてんで駄目である。上司のフォートが言うのだから間違いないだろう。残念イケメンというやつだ。
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