個人を描くとどうしても社会的な問題に繋がってくる
@sasapan
第1話green apron
「紅白までには帰らなきゃ。お父さんもおばあちゃんを迎えに行ってもうそろそろ家に着くって。」
「じゃあ1番小さいサイズで」
「かしこまりました。」
ほとんどの会社が冬期休暇に入り、それにいまいち上手く適応できていない様子の人々が店内にぽつぽつと席を埋めている。もう何千回と繰り返してきた動作をバーへ通し、客を見送る。
添谷はこの年末独特の雰囲気が昔から苦手だった。
それでも実家にいて家族と過ごすよりかはこうしてこの場所で働いている方が全然ましだ。客の波が落ち着いたところで、2台あるうちのレジを1台締め、バックヤードへ下がる。夕方のピーク時から全く洗い物に手を付けられていない。
店締め作業を早く終わらせるためには如何にこの事前の締め準備を進められるかに掛かっている。年明けに向け、がらんとしてきた表では学生バイトたちが談笑している真裏で一気に洗い物を片付けていく。契約社員とはいえ、時間帯責任者を任されている以上、営業終了時間まで気を抜くことはできない。
文句の一つも言いたいところだが、それで仕事がしにくくなってしまうのは1番避けたい。"自分たちと同じ若い世代の感覚を持つ、頼りになる気さくな年上のお兄さん"添谷はそんな自分のイメージを崩したくなかった。
「今年もお疲れ様でした。年末なのにありがとう」
オレンジ色の控えめな街頭が照らす閉店後の店先で、ドアの鍵を閉めながら添谷は学生バイトたちに言った。
「添谷さんもお疲れさまでした。俺たちこれから大国魂神社に初詣行きますけど添谷さんも一緒に行きません?」
「おっ、いいねー。だけど今日は遠慮しとくよ。十二連勤がやっと終わったから、アラフォーおじさんは体力の限界」
添谷はやんわりと笑いながら答えた。
「十二連勤はやばいっす。明日とかに実家に帰られるんですか?」
聞くな。聞かないでくれ。
「そうだねー、帰ってとりあえず寝てからゆっくり帰ろうかな」
今年も実家に帰るつもりはないが、会話が続くと面倒なのでいつものようにそれ以上会話が発展しないような、とっかかりのない無機質な回答をした。
添谷は二人兄弟の長男として生まれたが、とりわけ家庭環境に問題があるわけではなかった。5つ離れた弟は今年2人目の子どもが生まれたが、いまだに月に1度は連絡をくれる。大学を卒業し、大手食品メーカーに就職。2年後に学生時代から付き合っていた彼女と結婚し、32歳で2児の父。人生ゲームのような人生を送っている弟に対して特別な感情はない。身内の贔屓目なしに見ても、弟はいい人間だからだ。
個人を描くとどうしても社会的な問題に繋がってくる @sasapan
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