第4話 旅の護衛の依頼と人気冒険者
ギルドから引き受けた仕事は期限に余裕がないため、のんびりしている訳にはいかず大急ぎで商会に戻る。
商会に着くと、丁度ジャジーブさんが採掘作業から戻ってきて他の従業員達と工具を下ろしているところだった。
僕は駆け寄って石の方の様子を聞いてみる。
「ジャジーブさん。作業は相変わらずですか?」
「旦那、ありゃあデカすぎです。いくら掘ってもキリがねえ。とはいえ掘ったとしても、砕かないと運び出すこともできんので明日にでも発破をかけてみやす。なんかいい方法は見つかりやしたか?」
「街中歩きましたけど、正体も解決法も全くつかめないです。間に合いますかねえ」
不安そうに肩を落とす僕を見て、ジャジーブさんはガハハと笑いながら背中をバンバン叩いて笑い飛ばしてくれた。
「無理して見つけなくても平気ですぜ。俺たちでなんとかしてみせやすから、安心してくだせえ」
「従業員の方に励まされてちゃ、まだまだですね。そういや別件の依頼が入って少しの間留守にするので、引き続き作業を頼んでいいですか?」
「分かりやした。このタイミングで引き受けたってことは、今回の石の件にも関係あるんですかい?」
僕はウィンステッドさんの意味ありげな言葉を思い出していた。
「そこに行けばヒントが見つかるんじゃないかなっていう予感がするだけです。依頼自体は多少リスクがありますけど、命があれば一週間ほどで戻る予定ですので」
「そんな危険な仕事を引き受けてきたんですか……」
「ちょっと小麦をケレンティスという街まで届けてくるだけです」
ケレンティスと聞いて、みるみるジャジーブさんの顔が強張っていくのがわかった。
「まさか、南の森を抜けるつもりでやすか」
「森を避けて回り込んだら時間がかかりすぎて、話にならないですしね。護衛も雇うのでなんとかなると思います」
「そんな簡単になんとかなるなら、人の行き来が途絶えるはずがないでやす」
「そりゃそうですが、商売人の勘が働いたということで」
ジャジーブさんが心配するのももっともだった。
テイルの南にあるケレンティスとの間に広がる森は鬱蒼と茂り道が曲がりくねって見通しが悪い。
また、魔物の巣となっていて非常に危険なため、行き来するのは相当上位の冒険者が国の依頼で重要書類を運搬する程度と聞く。
実際に知り合いの商人が二人ほど森を抜けようとして帰ってこない。
安全に行くなら島の西端に抜けて海岸に沿って南に出て、森と湖をぐるっと迂回して行くのだが、あまりにも時間がかかりすぎるのでテイルとケレンティスの往来は途絶えている。
魔道具の中には途方もない距離を瞬時に移動するものがあるけど、それは国が厳重に管理しているらしいため、僕ら市民には関わりのないものだ。
ただ、僕はウィンステッドさんが、単なる儲け話を回してくれただけとも思えなかった。
--きっと、買った売ったでは手に入らない何かがあるはずだ。
根拠は不自然さだった。
予想される損失に対して報酬額が少ないし、命がけというよりも命を捨てるようなものだ。
でも、ウィンステッドさんがそんな割に合わない仕事を誰かに回すはずがない。
あの人は理不尽な依頼は城からの依頼でもキッパリと断る人だ。
金銭的な話ではないとすれば残るは一つ、ケレンティスに行かせたかったのではないだろうか。
何があるのか分からないが、荷の一部を失ってでも辿り着こうと覚悟はしていた。
しかし、納期までは五日しかない。
片付けをする従業員たちに追加の手当を約束して、取引の準備をしてもらうことにした。
既に夕刻だったけど小麦を買い付けるために市場や農家に人を向かわせる。
報酬に見合うように相場の3割増しまで出すように指示をした。
うちの馬車だけでは足りないため、馬車を手配する。
他にも道中の食料や水などの準備も併せて頼む。
そういった諸々の支度を従業員たちに任せると、僕は冒険者ギルドへと走り、受付の職員に相談してみる。
「明日からケレンティスへの往復を護衛する依頼ですか?そんなの引き受ける冒険者なんて簡単に集まりませんよ」
「それは分かっているけど、あと五日で届けないといけない荷物があるんですよ」
「あそこを抜けるなんて、金等級パーティーでもギリギリといったところですかね」
金等級と言えば、化け物じみた強さの冒険者たちで報酬も相応なものにななる。
予想通りだったけど、それじゃ儲けにならない。
「格安でなんとかなりませんかね」
「依頼をいくらで出すのかは勝手ですけど、ギルドとしては金等級向けの難度高として紹介します。そんな危険な依頼に見合わないような報酬で受けてくれる冒険者さんが突然訪れてくれれば、でしょうね」
冒険者依頼は依頼者と冒険者の間の契約なので、ギルドがすることは依頼の評価と騙して安く依頼を受けさせるような不正の防止や支払いで揉めないための仲介だけだ。
格安で依頼を出したところで冒険者が依頼の評価を見て割りに合わないと思えば誰にも引き受けてもらえない。
「それなりの報酬を用意して何日か募集しないと集まらないんじゃないですかねえ」
「明日中に出発したいんですけど無理そうですかね?」
何日も待っていては依頼に間に合わない、慌てて聞き直した僕にギルドの職員は首を横に振った。
「近頃は魔物による被害が増えて、腕の立つ人たちが駆り出されているので難しいですね。個人的に頼めそうな人たちも出払っちゃっていますし」
「そりゃ参りました。出発は遅らせられないんです」
頭を抱えてギルドのカウンターに突っ伏する僕の後ろから女性の声がした。
「私、行き先同じ……護衛……。荷物だけ護衛なら……」
振り返ると胸の前に毛むじゃくらの三角があった。
思わず指で弾いてみる。
「痛い」
三角は耳だったようだ。
猫系の獣人族であるファリス族か。
頭ひとつ分背が低いため、耳しか視界に入ってなかったようだ。
視線をずらすと茶色い髪で頭の上に耳がある僕よりも若い感じの女性が痛そうに頭の上の耳をさすっている。
「あ、ごめん」
「いえ……もっと……」
見上げてきた目が潤んでいるのは気のせいだろうか。
踏み込んではいけないと感じた僕は脱線しそうな話を慌てて戻した。
「護衛の依頼を引き受けてくれるのは有り難いですけど、他の仲間の方は?」
「一人だけ。……馬車だけなら……」
「一人で護衛できる作戦でもあるんですか?」
何人もな冒険者が必要な護衛を一人でできると言うのが本当なら経費削減という点で魅力的だ。
僕は目の前の獣人系女性を観察した。
獣人系ということは島の北の山間の出身だろう。
やや小柄で細身、髪はこの辺りでは珍しい茶色。
けど、身につけた装備は冒険者のそれだ。
その装備は革の部分鎧だが、全てのパーツに木をかたどった型押しは魔力を帯びた金箔だ。
いや、革自体も見たことのない素材だ。もっと目利きの腕を磨かなければと痛感する。
見たところ相当に高価な鎧であり、魔法による付与があっても不思議じゃない。
腰のショートソードはミスリルに見えるし、背中の弓は噂に聞く世界樹の小枝ではなかろうか。
見ぐるみ剥いだら、城かかぐらい建つかもしれない。
上位の冒険者とはいかなくても、それなりに稼ぐことができるということは間違いない。
色々と値踏みをしていたら、目の前の冒険者が背中の弓を指して得意げな顔で言った。
「得意。囮ある……荷物無事……」
「囮を用意して逃げるとか?」
「用意……必要、ない」
「うーん」
囮にできるものがあるということだろう、自分も行くつもりで準備していたとなると、脚に自信のある銀等級あたりと推測した。
--だいぶ説明不足だけど、自信はあるようだ。
もっと詳しく聞こうとすると、ギルドの職員が横から入ってきた。
「弓が得意なファリス族って、北のほうで活躍しているというモリア=スティさんでしょうか」
「モルでいい」
「やっぱりそうなんですね。一度お会いしたいと思ってました」
どうやら有名らしいので腕利きの冒険者かと思い、期待を込めて声をかけてきたギルド職員に聞いてみた。
「そんなに強い冒険者なんですか?」
「モルさんはトップクラスの人気を誇る冒険者さんですよ」
「強いんですか?」
「モルさんの人気はテイル州随一です」
「あ、なんとなく分かりました」
あえて噛み合わせないギルド職員の態度を見て、単なる人気者かと思った瞬間だった。
モルと名乗った冒険者の姿がブレて見えた瞬間、僕の目の前の天地がひっくり返る。
激しい音とともに床に転がった僕の耳元でヒュッという空気を裂く音が立て続けに鳴る。
「私……飾り……違う。……戦え」
矢をつがえた弓を構え、僕にまたがってボソボソと呟く。
気がつくと床に仰向けに転がった僕の頭に沿って矢が5本刺さっている。
状況から考えれば、僕を投げ飛ばしたあと、弓を撃ちまたがったということになるけど、僕には何も見えなかった。
ただ、一つだけ理解したため、立ち上がってモルと名乗る冒険者に礼をした。
「モルさんは相当な実力者で、人気が評価されることが気に入らないことは分かりました。直接契約は規則に反しますからギルドに依頼したら受けていただけますか」
「私……ケレンティス……用事……。依頼料は片道分で」
「それでいいのでしたら。私も助かります。無事に運べた積荷の量に応じてボーナスは出しますね」
「分かった、作戦……。食事……一緒」
断片的に聞こえた内容から打ち合わせをするためのだと想像し、僕たちはギルド併設の酒場に向かった。
最強の酒場 柊 刀兼 @Kaempfer78
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