第3話 商会ギルドからの依頼

 広場を離れた僕はテイルにある酒場を次々とハシゴして回った。

 商売に役立ちそうなネタはちゃっかり仕入れたけど、肝心の「最強の酒場」というものは誰も聞いたことがないようだった。


 次の日も朝から人の多い場所を回っていると商人ギルドの商館の前を通りがかった。


――ここは情報も集まるけど有益なものは金をとられるんで、もったいないしなあ。


 とはいえ、このままでは何も解決策がないままで時間が過ぎてしまう。

 多少の経費は仕方ないかと商館に入るとカウンターに立っている職員に呼び止められた。


「あっ、ジャマーさん。ちょっと話を聞いてもらえないかな」


 受付カウンター越しにギルドのベテラン職員のウィンステッドさんだった。

 祖父くらいの年代で、僕よりも背は高く細っそりした感じで黒いスーツを愛用している。

 丁寧な物腰でギルドの受付を長年仕切ってきた人だ。


「実はテイルから南の森を抜ける街道を進んだコイル湖の湖畔にあるケレンティスの町で穀物の不作が続いていて少しでいいから融通してほしいと依頼があったんだけどね」

「リスクが高い話で引き受け手がない、ですか?」


 先読みした僕の台詞にウィンステッドさんはニヤリと笑った。


「さすが三代目、良いところを突いてくるけど少し甘いかな」


 ウィンステッドさんは祖父の知り合いらしく、僕のことを三代目と呼んで商売のことをちょくちょく教えてくれる。

 

「あ、そうだ献上品の飛竜饅頭が余っているのでこっちへ」


 他の商人を気にしたのか、周囲を見回したウィンステッドさんは僕を奥にある部屋へと案内する。

 案内されたのは僕ごときではノックする機会すらない貴賓室だった。


 部屋の中を見回すと高価な絵画や彫刻が並んでいる。

 しかし、注意して見ると部屋のところどころに小さな魔法陣が配置されているのが分かる。

 この貴賓室について噂で聞いたことを思い出して、ウィンステッドさんの意図について頭を巡らせた。


「ここは特別な来客用と聞いていますけど、僕は特別じゃない。だとすると、ここは聞き耳や透視といった魔法から保護されているはずだから絶対に漏らすことのできない話ということですか?」


 ウィンステッドさんは黙って商館の窓を指さした。その先には領主の城がそびえたっている。


「察してくれて助かるよ。実のところケレンティス町長からテイルの大臣への私的な依頼だから商人ギルドに持ち込まれたんだよ」

「え……」


 ウィンステッドさんの口から出た人物は僕の予想を大幅に超えていて言葉に詰まってしまった。

 そんな僕を微笑みながら見た後ウィンステッドさんは言葉を続けた。


「三代目は常に先を読もうとしている。ただ、どんなに自信があっても読みが外れるかもしれないと考えることができればもっと先が読めるようなると思いますよ」

「精進します。それで、依頼の内容はどんなものか聞かせてもらえますか」


 きな臭い話で関わりたくはなかったけど、詳しい話も聞かずに断るのはどうかと思い、聞くだけ聞いてみることにした。


「五日以内に届ければ馬車一杯分で金貨六十枚、二杯目以降は三十枚出すそうです」

「六十って跳ね上がっている今の相場の三倍じゃないですか。そこまで困ってるんですか」


 思わぬ儲け話で胡散臭さを忘れて身を乗り出した。


「こっちの大臣と向こうの町長は旧知の仲らしくてね。町長が娘の誕生日パーティーに今年の小麦で作ったパンを出してほしいとせがまれて頼んだそうだよ。ライ麦が混じるのは許せないとか」

「今年は不作だっていうのに誕生日パーティーでふかふかのパンですか」


――偉い人ってのはこれだからな。


 あっという現実に引き戻され、高価なソファーに沈み込んだ。


「あまり気持ちの良い依頼ではないだろうね。でもうまくやれば向こうにコネを作れるかもしれない」


 僕は指でこめかみを押すと計算を始めた。

 相場以上の取引と町のトップとのコネ、魔物の出る危険なルート。


 ――食料を積んでいくんじゃ魔物に襲われる可能性は高いけど、腕利きの冒険者を雇っていくんじゃ儲けが薄くなる。だけど、ほとんど往来がないケレンティスとの取引は捨てがたいところです。


「リスクはあるけど、ここで儲けが出れば将来に大きな損失が出ても商売をやっていけるんじゃないかな」

「それは……」


 固く口止めされていて誰も知るはずのない石のことに触れられたと思った僕はハッとしてウィンステッドさんを見た。


「あくまで例えですよ。ギルド何も知りません。ただ、商売をしていると無茶な話や急な損失ってのが避けられないという私の持論、ということで」


 顔に深く皴を刻み込んだギルド職員はこっちを見てウインクをしながら微笑みかけてきた。


 ――ギルドが掴んでいない話をウィンステッドさんは知っていて資金的な援助としてこの話を僕に持ってきてくれたということかな。


「それに探し物が見つかるかもしれませんよ」


 僕はウィンステッドさんをジッと見た。

 この人はどこまで知っているんだろう。優しげで羊のような目を覗き込んでも何も読み取ることはできなかった。


「分かりました。この話はうちで面倒見させてもらいます。ありがとうございます」


 僕は立ち上がって深々と頭を下げた。


「ところで、ウィンステッドさんは砕くことのできない石って知ってますか?」

「いえ、聞いたことがないですが、そこまでの強度となると古代の遺物か魔法の関係するものという想像しかできませんね」

「ウィンストンさんでも思い当たるものがないなら、正体を突き止めるのは難しいってことですよね」

 僕は肩を落とした。


「じゃあ、最強を求めることのできる酒場に関する噂というのは?」

「酒場で最強を名乗るとは珍しいですな」


 ウィンストンさんの目が細く鋭くなったように思えた。


「そんな妙な酒場はこの近辺の街にはないでしょうな。ただ、行き来の少ないケレンティスの噂は入ってきませんから、向こうで聞いてみる価値はあるかもしれない」

「分かりました。ありがとうございました」


僕は深く礼をすると、出発する準備をするべく大急ぎで帰路に着いた。

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