第2話 吟遊詩人の歌

 依頼を受けてから一週間ほど掘り続けているけど、例の石は掘り終わりそうにない。

 なによりも石を切断する方法が見つからず、時間だけが過ぎていき、穴は広く深くなっていった。


 ここ飛竜列島は神龍に抗って敗れた飛竜が墜ちた跡という伝承があり、州都テイルは尻尾にあたる部分の大きな島の中央にあって様々な人が集まっている。

 当然、人が集まるからモノや情報も集まるため、知りたいことがあるなら聞いて回るのが手っ取り早い。

 なにより噂話はタダだ。


 従業員たちが掘り続けている間、僕は街中を歩き回って『見たことのない硬い石』を砕く方法を探し続けた。


 採掘師に聞いた。


「採掘といっても石を掘り出しているんだ。いや、石だから掘り出せると言った方がいいかな。つまるところ俺たちには石ころを掘ることしかできない。だから、石より硬いものの塊を掘るのは難しいってことだ」


 鍛冶屋に聞いた。


「金属っていうのはね、熱を加えると柔らかくなるものなの。でも、それはとても高い温度が必要になるわ。そして、それは炉があって実現するもの。土に埋もれた鉄を溶かすなんてとても難しいわ。ましてやミスリル銀より硬い金属なんて炉を使っても形を変えることすらできないかも。でも素材として使ってみたいわね。言い値で買いとるわよ」


 魔導士に聞いた。


「切断や溶解という現象を魔術で引き起こすことは可能じゃが、弾かれたということはその金属だか石だかが軽い反射の魔法を宿しているということじゃな。そんな硬いものを切断する魔法が跳ね返されたなら、魔法の使い手は死ぬじゃろうな。クワバラ、クワバラ。あぁ、無事に持ち出せたなら研究のためにも高額で引き取るぞ」


 何人もの職人を尋ねたけど、糸口すら見つからず、時間だけが過ぎて行った。

 幸いにも期限に余裕はあったけど、そもそも運び出す方法がない。

 いや、そもそも掘りきってもいない。


 ちょっとした噂話でも構わないのでそんな状況を打開する方法がないかと街を彷徨って南西にある広場を通った時だった。


 ふと、広場の端に目をやると小さな人だかりができている。

 何の気なくのぞいてみると黒いフード付きのマントで顔を隠した白いあごひげの男性が、手にした弦楽器を奏でつつ歌を披露しているところだった。


 わざわざ足を止める人が少なからずいるところや、聞き入るような人がいるところから見ても上手いのだろうかと、僕も人だかりに加わる。


 正直、期待外れだった。


 歌はそこらの素人に毛が生えた程度。

 白くなったヒゲやフードから見える頬に深く刻まれた皺から考えて、隠居して趣味でやっているんだろうと思った。

 それでも、人だかりができている理由もわかった。


 どこかの王子がおねしょばかりしていた。断られるはずのない政略結婚でフラれた。親の決めた道は歩きたくないと冒険者になると城を飛び出したのに日が暮れてお腹が空いたら帰ってきた。

 つまるところ王族の恥ずかしい話を嘲笑うだけで面白いわけではないけど、ある程度はウケる。


 しかし、やけに詳しい話が多くて見てきたかのようで、王城内の誰かがリークしたんじゃないのか思えてくる。

 とはいえ王城は本島のトルソ島にあるのでここでは噂話すら聞こえてこないので、真偽を確かめようもない。

 いや、王族の生活なんてどこにいても分かるはずもない。

 だからこそ面白おかしいこの歌に人が集まるのかと納得できた。


 だけど、衛兵に見つかれば捕まることは間違いないけど、小銭程度しか儲からないあたりがリスクと見合ってない。

 楽器を弾く手を見る限り、初老といっていい歳のようだし、隠居して好きなことをしているのかと想像した。


 店を引退した後、ちょっと買い物に行くと言って年単位で帰ってこないウチの祖父をちょっと思い出した。


 そんな事を考えていたら、吟遊詩人がフードの奥からこちらを見つめていた。

 吟遊詩人には必要ない威圧感。その瞬間に背中をひやりとしたものが伝う。


――この人の眼は獅子のような眼だ。


 隠居する前は何をしていた人なのかが気になり観察しようとしたら、不意に曲調が変わって、ゆっくりしたものになった。


 曰く、そこには最強がある

 曰く、そこでは最強を求めることができる

 曰く、そこにて最強を望むには相応の覚悟が必要である

 曰く、旅人よ汝が願いを求める其の酒場はいずこなりしか


 歌い終えるとスッと立ち上がりお辞儀をする。


 不思議な歌だったけど、最強って何のことだろうなんて考えながら立ち去ろうと吟遊詩人に背を向けた。

 その途端に背後からものすごいプレッシャーを感じる。


 そっと首を回して後ろを見ると、獅子の目がしっかりとこちらを見つめている。


――目を逸らしたら死ぬかも。


 さっきとは比較できないくらいのプレッシャーに嫌な汗が吹き出る。


 フードの奥の視線が少しずつ下に降りていく。

 僕はその視線の先を目で追った。いや、追わなければいけないと思った。


 それは僕の足先へ、そして地面、その先の帽子へ。

 その帽子にチップが投げ込まれ、硬貨の音で我に帰った。


――チップを置いていけということかな、そんなことに凄まなくてもいいのにな。


 ズボンのポケットから銅貨を一枚だけ取り出して帽子に入れようとした時、その吟遊詩人が僕の手首を掴んだ。


「君は困っているね?とても困っているね?」

「はい、いきなり手を掴まれて困ってます。手を離してもらえますか?」


 掴まれた手を振りほどこうとしたけどびくともしない。


「困っているのか。ならば」


 かなり力を入れて手を振りほどこうとしていたので、いきなり手を離されて尻餅をついてしまった。


「うむ、今日も困った若者を助けることができたようで良かった」

「いや、あなたが困らせたんだと思うんですけど」


「どうしても困ったことがあるなら探すといいかもしれない。歌には多かれ少なかれ真実が含まれているものだ」


――話を聞いてもらえないタイプか。


 その吟遊詩人はチップを拾い集めると立ち去っていった。


 結局、最強が何かは分からなかったけど、最強ならあの石を切断できるんじゃないだろうか。

 そう考えた僕は州都テイル中の酒場を歩き回って尋ることにした。

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