最強の酒場
柊 刀兼
第1章 商人
第1話 侯爵の依頼
曰く、そこには最強がある
曰く、そこでは最強を求めることができる
曰く、そこにて最強を望むには相応の覚悟が必要である
曰く、旅人よ汝が願いを求める其の酒場はいずこなりしか
後に僕を救う歌と出会ったのは州都テイルの街はずれにある小さな広場だった。
「どうしても困ったことがあるなら探すといいかもしれない。歌には多かれ少なかれ真実が含まれているものだ」
黒いフードを被った白い顎ひげの吟遊詩人は少しハスキーな声でこう言い残して消えていった。
僕は州都テイルの片隅で商会を経営している。
祖父が店を起こしたんだけど、代替わりをするたびに店の名前は変わっている。
祖父が父に店を譲る時に、店の信用は自分で作らなゃいかんと言われて看板を変えたらしく、その父も僕に同じことを言っていた。
なので、今は僕の名前を使ってジャマー商会となっている。
父が隠居する前に亡くなったこともあり、僕は商売のいろはも知らないうちに店を継いだ。
ただ、看板は変わっても昔からの従業員が残ってくれたため、僕は苦労しつつもどうにかやっていた。
ところが、十日ほど前にとある貴族からの依頼を直接受けた。
依頼の内容は別荘の建設中に出てきた石が邪魔なので代わりに掘り出して処分してほしいというもの。
庭師の仕事に毛の生えた程度で1日あれば終わるだろうと引き受けたが、これがとんでもない話だった。
引き受けた当日に採掘の得意な従業員と共に現地に行ってみた。
テイルから10スケイルほど離れた丘の上にある別荘の予定地のど真ん中に人の腰ほどの石がドンと居座っていた。
「これが依頼の石かな?この程度なら工事前の整地のついでにやってくれそうなのになあ」
「それより旦那、これは石なんですかね。あっしには金属に見えやす」
鉱山で働いた経験があるという従業員のジャジーブさんの感想に僕もうなずいた。
「言われてみれば銅みたいな色ですね。売れば多少は値が付くかな」
「ううん。銅だったらごく稀に精製後と変わらないようなものが埋まっていることはありやすが違う気もしやす。まあ、欠けらを拾って帰って鑑定すれば分かるでしょう」
「確かにそうですね。依頼はこれの廃棄ですし、さっさと掘り出してしまって、これが何かは後でゆっくり調べましょうか。高く売れるとものだといいなあ」
僕は近くの銅の相場がどうなっていたか思い出してソロバンをはじいてみた。
「荷馬車に道具は積んできてやす。ちょっと掘ってみやしょう」
さほど大きなものに見えず、時間がかかりそうにも思えない。
僕たちはさっさと終わらせようと石の周りを掘ることにした。
「旦那、掘り始めてから鐘一つ過ぎましたが、掘れば掘るほど大きくなっていってませんかねえ」
黙々と掘っていたジャジーブさんが手を止めて汗をぬぐいながら話しかけてきた。
「確かに、もう三人で手をつないで輪っかを作っても届かなくなりましたね。それに、これなんだと思いますか」
僕たちはここまで掘りだしたものを見つめた。
高さは大人の背丈を超え、土から姿を出して日の光を浴びる石は赤銅色の中に宝石のような煌めきを秘めて輝いている。
「この艶は誓って鉄や銅じゃありやせんね。それに気がかりなことがあるんでさ。ちょっと見てください」
そう言ったジャジーブさんは持っていたピッケルを力任せに石めがけて振り下ろした。
キィィィィィンンンン
まるでベルを鳴らしたような高くて透き通った音が響く。
「こんな音は初めて聞きやした。あっしは色々な鉱山で働いてやしたが、こいつは石じゃねえし、これまでに見たどの鉱石でもねえ。音だけじゃない。ピッケルで傷一つつかねえ」
「そういや掘り出したばかりというのに磨いたように輝いてますね」
「なんだか、嫌な予感がしますぜ、旦那」
僕もそう思ったが、この日は掘れるところまで掘ろうということになり午後の四つ目の鐘を聞いて街へと帰った。
テイルの街に帰ると、すっかり夜になっていたが、後片付けを従業員達に任せて僕はとある館に出向いた。
それは町の中央にある城から北に歩いたところにあり、とある貴族の所有する屋敷だった。
「侯爵に依頼の件でお尋ねしたいことがあってきたのですが……」
出迎えてくれた女中さんに案内されると、部屋の窓際でワイングラスを回しながら外を眺める侯爵が立っていた。
痩せて神経質そうな顔をしており、こちらに向き直ると絹張の椅子に座り机の向こうから芝居染みた声で僕を呼んだ。
「おお、そなたは先日我が家の別荘予定地の整地で契約した商会のものじゃな。まさか、もう仕事が済んだというのかな?」
ニヤニヤと笑いながら話す姿が一々癪に触るが、笑う金貨だと思い込んで気持ちを落ち着かせ、今日見た石の話について尋ねてみる。
「侯爵様、捨てて欲しいという石を見てきたのですが、とにかく大きなもののようで少々骨が折れそうです」
「ふむ、そのようなことをワザワザ聞かせて、私の時間を費やさせたいとは商人というのも暇なものじゃな」
「いえ、今日出向かせていただいたのは、その石のことについて何かご存知ないかと思ってのことです。なにぶん見たことのないような光沢の石で、侯爵様があれについて何かご存知ではないかと思い……」
「知らぬ」
侯爵は短い言葉で僕の話を遮ると、グラスのワインを飲み干して続けた。
「余も工事のものから話を聞いただけじゃ。それに貴族である私たちよりは、商人の貴殿の方がそのような金属については長けているであろうが。余としては契約通りにそれを期限までに取り除いてもらわねば困る、というだけじゃ」
「ごもっともです。それでは失礼します」
僕は侯爵の言葉に違和感を感じつつも、終始薄ら笑いをする侯爵の家を後にしようとした。
「そうじゃ、あの別荘だが完成したら諸侯を招いてお披露目をすることになっておる。期日を守れなかった場合の補償については契約通りにそちらの負担となるのでくれぐれも遅れることのないようにな」
振り返った僕の目に移る侯爵は意地の悪い笑いを浮かべていた。
「誠心誠意取り組ませていただきます」
深く礼をして、その場を後にした。
嫌な予感が膨らんだ僕は翌日から人数を増やし、僕達は掘り続けたけど予想をはるかに超える大きさで終わりが見えない。
しかし、既に掘り起こしたものだけでも運ぶのは難しそうになっているため、なんとかして切断しなければということになった。
しかし、どんな工具を使っても傷をつけることしかできなかった。
つるはしははじかれ、鋼のノコギリは歯がなくなった。
切断の魔法スクロールは魔法の一部が弾かれて近くにいた僕たちは軽い切り傷を負った。
シャジーブさんは家宝だというミスリル銀製のノミというものを持ち出してきたけど無残な結果に……。
とりあえず引き続き掘っているけど、ミスリル銀よりも硬い素材なんて聞いたこともなく、採掘は従業員たちに任せて僕とジャジーブさんは手分けして石の正体と切断する方法を探し求めていた。
そんな試行錯誤の中で採掘していた従業員から妙な話を聞いた。
「旦那、このあたりの地盤にしては石の周りの土が途中まで柔らかすぎだ。まるで埋めなおしたようだぜ」
その瞬間に僕は悟った。あの貴族は知っていたんだ。
そして誰にも掘り出せないと知っていて賠償金をふんだくるのが狙いなんだ。
思えば僕が館を訪ねた時、僕は石としか言ってないのに見てもいない侯爵が金属と呼んだのは少し不自然だった。
契約には悪人の襲撃を防ぐために別荘の場所は誰にも漏らしてはならないとあったが、これは同様の手口で騙し続けるためだろう。
となると、今更文句を言ったところで取り合ってもらえるはずもない。
それに本土の王家とは遠い血縁関係にあると言っていたから領主様に願い出ても解決するかも怪しい。
――なんとかして石を切断する方法を見つけないと破滅だな。
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