第2話 銃剣の華


 ぱちぱちと焚き火の音がかすかに聞こえる。

 重いまぶたをゆっくりと開け、上体を起こすと、そこは室内だった。

 土壁が見える。

 おそらく農民の家だろう。

 

「お目覚めになられましたか?」


 老人のしゃがれた声に反応して、振り向き、立ち上がった。


「まあまあ、そう緊張なさらず。あなた方に危害を加えるつもりはありません」


 その老人は奇妙な風体だった。まったく祖国の領民とは異なった格好をしていた。

 

「ここは何処かね、ご老体。ガリア共和国か、連合王国か?それともイフリキア軍国か?」


 老人は目を丸くして、すぐに笑い始めた。口角は豊かな髭で隠されている。


「やはりあなた方は同じ事を訊く。先に目を覚まされた方々もそうでしたから。ははは。外を見ればよろしい。そうすればすべてが分かるでしょう」


 ゼルジンスキーは扉を開け放った。

 彼の眼に飛び込んできたのは、農村の風景だった。しかしどこかおかしい。何より村の中にそびえる大樹の葉がほんのり紫色に発光している。

 

「ああ!ゼルジンスキー大佐、お目覚めですか!おい、大佐が目を覚まされたぞ!」


 農夫たちが歓声を上げて彼に近づく。

 目を凝らせば、彼らはゼルジンスキーの部下であった。そのどれらも彼の領地出身の〈ゼルジンスキー連隊〉の名誉ある兵士たちだった。兵士たちの先頭には副官が存在している。


「大佐、分からないことが多いと思います。一度、私がご説明しましょう」


 副官が説明を始めようとしたとき、それを遮ったのは先程の老人だった。


「まあまあ、二日も眠っていたのです。まずは食事に致しましょう」


 彼はゼルジンスキーを室内へと招き、焚き火の周辺に座るよう促す。彼に出されたのはスープだ。木製の皿にそれを注いで持ってきたのは若い娘だった。


「ちょうど昨日、私の倅が森の中で金色鳥を獲ましてね。お食べなさい」


「ありがとう」


 娘はスープをゼルジンスキーに渡すとそそくさと奥へ隠れてしまった。

 スープを一口飲むと視界が明るくなったように感じた。疲労が一気に回復したような。

 陸軍幼年学校のとき、散々に走らされた後、昼食にありついたときの喜びを思い出す。


「ありがとう。本当に。こんな美味しい食事をしたのは十年ぶりだ」


「それはよかった。私の娘が手によりをかけて作ったのです」


 老人は家の奥を見やった。スープを持ってきてくれた若い娘のことだろう。


「さて、ご老体。無知な私に教えてくれないか。ここはいったいどこなのだ?あんな紫色に淡く光る植物なんぞは見たことがない!」


「驚くなかれ、ここは──」


 その時、耳をつんざく轟音が響く。何かの遠吠えか、戦叫バトルクライか。

 または……そのどちらもか。


 扉が勢いよく開かれた。


「村長!亜人が攻めてきた!豚人が三十弱!」


 そう報告した若者は手に剣を持っている。

 戦争だ。

 ゼルジンスキーは直感した。


「ご老体!我々が持っていた銃はどこにある?」


「ジュウ?いったいそれは?」


「鉄と木で造られた杖のような──」


「ああ、あのおかしな杖ですか。倉庫においてあります。それと一緒にあった黒い粉が入った樽も。何もかも倉庫においてあります」


 ゼルジンスキーは扉の近くにいた若者を突き飛ばすように押し退け、倉庫を探した。

 あれだ。間違いない。

 木材で組まれた大きな小屋がある。村人たちは鎧や刀剣、槍や弓をそこから取り出している。

 

「部隊集結!ゼルジンスキー連隊戦闘用意!」


 その号令は先程の遠吠えよりも大きく、村人たちが互いの動作を急かす声よりも大きく響いた。軍人たるの、更に言えば中隊指揮官としてのゼルジンスキーの本分が示された。

 兵隊も同様に彼らの本分を発揮した。いついかなる状況たりとも指揮官の号令に反応し、実行する。それこそが帝国軍人の、女帝陛下の僕たる彼らの責務だった。

 彼らはゼルジンスキーの眼前に四列横隊で集結して見せた。しかも個人同士の間隔を一定にさえしている。


「ユーリィ、基本教練は忘れていないようだな?」


 ゼルジンスキーは副官の名を呼んだ。

 副官は白髪混じりの髪を撫でながら、「その名で呼ぶのはこの髪がまだ黒かった頃ですね、坊ちゃま」と笑った。


「さて諸君。戦争だ。我々が待ち望んだ戦争だ。満身の力を込めて、女帝陛下の敵を打倒しろ!」


「「「万歳(ウラー)!!!」」」

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帝国軍人放浪紀 @Tito_66

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