アド・バルーン

安良巻祐介

 早めに退勤して日暮れ頃の帰途、ふと顔を上げると、遠くの空にアド・バルーンが上がっているのが目に入った。子ども番組に出てくるような、ネズミだかタヌキだかわからない丸っこい獣の形をした風船の下で、宣伝文句を書き立てたバナーがばたばたと風に煽られている。ここらに百貨店の類いがあったかなと不思議に思い、よく見ると、そこに書かれているのは宣伝文句ではなかった。

「さきだつふこうをおゆるしください」

 赤い楷書体でそう書かれていた。

 ぎょっとした瞬間、アド・バルーンは不意に高度を上げ、みるみるうちに黄昏の空の彼方へと消え去ってしまった。唖然としてそれを見上げながら、いったい何が自殺したのだ、とぐるぐる巡る頭のなかで考え続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アド・バルーン 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ