後編

 馬の赤毛と尻についた炎は混然一体となって81マスの戦場を駆け抜けた。そして、最初の犠牲者となった哀れなポーンをはね飛ばしてもその勢いを全く落とすことなく、ナイトも綿のぬいぐるみを子供が蹴り飛ばすような感じで撥ね飛ばした。

 それでもまだ駆け続ける馬の先には、キャスリングでキングと入れ替わったルークがいた。ルークは、戦鎚を持ち上げると、赤馬に向かって投げつけた。

 戦鎚は馬の走ってくる力も加わってか、粘土細工に叩きつけたみたいに馬の頭がい骨にのめり込んだ。馬は一瞬で意識を失ってどうと倒れ、慣性のままに地面を滑りながらルークの前で止まった。

 地面には傷口から溢れ出した馬の血と脳漿の跡がこびりついており、眼球はけん玉のように眼窩からぶらりと垂れ下がっていた。もっとも、海を渡って来たルークがけん玉を知っていようわけもないし、馬の死体を跳び越えて突撃してきた香車によって、けん玉を知る機会も永久に奪い去られてしまった。

 つまり、香車の振るう短剣はルークの鎧の隙間を一閃し、ルークは鎧の中を血に染めて地面に崩れ落ちた。


 文字通り戦いの火ぶたが切って落とされた。

 銀将の横を、香車が凄まじい速さで駆け抜けてゆく。

――俊足のじじいか――見ていてあまり気持ちのいい光景ではないが、今では何より頼もしい。

銀将の行き先では、早くも歩兵とポーンの交換が行われていた。相手のポーンチェインの先頭へ切り込んで行ったのだ。ポーンチェインとは、チェスにおけるポーンの理想的な配置のことで、斜めにポーンが連なっている陣形を指す。こうすることによって、後ろのポーンが前のポーンを守ってくれる。

歩兵は、すぐに後からきたポーンに陣傘ごと叩き斬られて絶命した。

銀将は早速正面からポーンにかかってゆき、歩兵と同じように兜に方天戟を叩きこんでやった。

「やっぱり雑兵はチョロいね」

敵陣まであともう少しだ。ここで金に成って、先に到着して成金となっているであろう香車と合流すれば、チェスの陣には早くも大きな亀裂が入ることとなる。

いったん戦局が傾き出せば、成り駒が成り駒を呼び込み、チェスは水がしみ込んだ堤防のように瓦解してゆくのみ。

「案外あっけない奴らだったな」

思わず口から言葉が漏れていた。

「歩兵の銃に頼るまでもないんじゃねぇの」

まだ独り言を続けながら敵陣に踏み込もうとした時だった。

 銀将は鎧の袖を掴まれ、斜め後ろに引っ張られた。足が、人間らしき物体に当たってそのまま尻もちをついて倒れこむ。見上げた先には角行の険しい顔が逆光に浮かび上がっていた。

 「出過ぎておる。自重しろ」

 「どうしてだよ」銀将は立ちあがって抗議した。

 「あともう少しで成金になれたんだ。そうしたら――

 「敵陣を崩す前にお前の首が胴体から離れていただろう。周りをよく見てみろ」

 まず、銀の両側はポーンで固められていて、後退できないようになっていた。その上で銀将の前三方向にはナイトとビショップの効き。

 角行が棒術で片方のポーンを始末して銀将を助けてくれなければ、確実に別の駒――クイーンに討ち取られていただろう。

 「でも……早くしないとせっかくの成り香が潰されちまう」

 「よく見てみろ。成り駒を作ったらそれで勝ちと思わないことだな」

角行が指す方向に目を凝らすと、すでに成り香は地面の上に横たわる潰れたヒキガエルと化していた。代わりにそこにたっているビショップ――よく見るとその僧兵こそが銀将の進路を塞いでいたのだ。


 「敵地一番乗りじゃああい!!」

 成り香は眼に涙をにじませながら絶叫した。そこにもし将棋の駒がいたとして、「一番乗りは馬だ」と言うことは、たとえ飛車であっても無理だろう。それ程、若い頃からの悲願を達成し、敵陣の真ん中で堅牢な塔のごとく立ち尽くす香車には見る者を圧倒する威厳があった。だが、それは敵にとっては思わず突き崩したくなるトランプの塔に過ぎないのだが。

 「我に続かんかあああい!!」

 それを聞いたビショップは前線から駆け戻ると、モーニングスター(トゲ付き鉄球)を横ざまに成り香の顔面に叩きつけた。

 一瞬、成り香の顔面が笑っているように歪み、首がありえない方向にまで回転した。と、今までかろうじて歯茎に残っていた、垢で黄色くなった歯が自由の大空へと、唇の門を通って飛び出していく。血に染まった歯もあったが、陽光に反射してルビーのように見えた。

 顔面に受けた衝撃は今度は胴体にも伝わり、そのまま体ごときれいに一回転して地面に倒れ込んだ。

 「まだまだじゃぁい……」

 息があるだけでも驚きだが、この成り香は確かに声を発した。前程の勢いは無いにしても。

 「わしゃあの戦いはこれかあじゃぁ……」

 手はカクカクと、下手な操り人形のような動きで剣を探し求めている。トンボが首をもがれてもなお羽根を動かしている――そんな光景をビショップは連想した。

 「まだまだ老いぼれとらぁん……」

 「うるせえ。とっとと失せろ、異教徒のキチガイじじいめ」

 ビショップは大上段に構えた鉄球を、神の導きと重力法則に従って地面に叩きつけた。


 その僧兵にも、今や二段目の香車が迫ってきている。


 二段目の香車が走りだしたが、それは仲間の死に駆けつけるためではない。さっきの成り香の叫びを聞いて勇気百倍と走りだしたわけでもない。

 ただ、阿鼻叫喚の中を真っ直ぐ全身してゆく、それが香車の義務であり軍務だからそうするだけだ。

 盲目の香車にだけ見える、真っ暗な道。

 町で仕事も居場所もなくただ死んでゆくだけだった人生における、唯一の居場所だ。

 昔は色彩に溢れた世界も、視力を失ってからは真空の闇と化した。

 突如、その真空中に「行け!」という号令が木霊した。

 到着点などという概念は香車にはないし、香車とってそれはもう、大した意味を持たないものであった。香車にあるのは真っ暗な、どこまでも続く道だけだ。そこには始まりも終わりもない。今、香車は我が道を真空の風に乗って走ってゆく。


 やっぱり、馬の奇策は良かった。そのおかげで、香車ひとつの犠牲でポーン、ナイト、ルークを倒し、このまま行けばビショップをも討ち取って成り香の痛打を与えることができそうだ。

 あとは、その拠点を歩兵の銃撃で制圧しつつ、着実に成り駒を増やす。そうなれば、キングの首にも手が届くだろう。

 下らない戦いももうすぐ終わる――

 だが、天は人の願望になどまるで興味がない。今日も明るい無慈悲な太陽は此の世のあらゆることを照らし出す。

 「アンパッサン」

 香車の隣りの筋のポーンは無感情にそう告げると走り去ろうとする香車の背後にするりと歩み出て、剣先で心臓を一突きした。

その鮮やかな手並みは、しばらくの間、香車はそのことに気付かなかったくらいだ。数秒後、口から血を吐き倒れる香車。

 香車は、上下の感覚を失くした漆塗りの暗黒空間の中を永遠とも一瞬ともつかない間、落ち続けていくように感じた。


 アンパッサン――ポーンがポーンを取る時の特殊なルールであって、本来香車はおろか将棋の駒全てに適用されるはずがないのだが――

 「同じ手は二度も通用しない。この作戦がうまくいくと思ったなら、それは“甘い”と忠告しておこう。我らが忠誠を誓うキングは聡明なのだ」

 「それはよかったな」歩兵は銃口を向けた。四マス離れているが、この距離なら大丈夫だ。多分。

 「ご忠告ありがとう。これは心ばかしのお礼だ」

そう言って放った銃弾は、見事ポーンの頭を撃ち抜いた。

次はこの銃弾を聡明な脳みそのぶち込んでやる――歩兵は絶命したポーンに向かって、心の中でそう呟いた。


その後、立て続けに七マス先のビショップに向かって何発か銃弾を放ったが、一発は大きく外れ、一発はマントの裾をかすり、もう一発は鉄球に食い込んだ。

やはり、四マスが歩兵の腕では限界射程のようだ。

中央付近に進出して他のポーンで試し撃ちしてみたが、やはり結果は同じだった。これで中央の制圧はもはや時間の問題だったが、撃ち漏らした端の方のポーンがプロモーションするのも、もはや時間の問題といったところか。全戦力を中央に集めている将棋にとって、盤端のポーンを止める術はない。

結局のところ、最後は『詰め』の速度が重要なのだ――そう考えている歩兵の頭上を桂馬が跳び越え、敵陣であっさりと成金を作った。

最初は中指を立てて挑発していたビショップだったが、成り桂を見ると、のちに歩兵と連携して圧迫されるのを恐れてか、すぐに銃痕生々しいマントの端をたなびかせながら盤の向こうへ移動していった。

 将棋側の動きを見て、遂にクイーンが動いた。通常、チェスの戦略上最も価値があり最も強い駒であるクイーンはあまり動かさない方がいいとされている。その戦略の要であるクイーンが動いたということは、チェスの戦略も大きく動いている、ということだ。


角行は銀将を助けたのち、棒を携えて盤中央に進出した。ここでなら、自らの駒の効きで敵のポーンのプロモーションを抑えられる。中央にいた邪魔で鬱陶しいポーンは歩兵の銃撃で盤上から消え去っている。


銀将は今一度心を落ち着けることにした。盤上を見渡して状況を確認する。

その間に、金将ともうひとりの銀将がやって来た。

そうだ。今まで、はやる気持ちが自分は中途半端な力しか持たないことを忘れさせ、そのせいで格好の浮きゴマとなっていたのだ。

まず必要なのは、駒の連携。

連携が切れれば、すぐさまチェスの個人プレーの餌食と化す。

「次ははぐれても助けんぞ」

金将の恩着せがましい言い方に思わず「お前が助けたわけじゃねえよ」と言い返しそうになったが、ここで下らない言い争いをしてもしょうがないと思ってやめた。

「まあまあ、こうして無事だったんだから、良かったじゃないですか」

もうひとりの銀将が言う。

「とにかく、向こうの成り桂に合流しましょう。僕も、早く成って活躍したい」

銀将たちが敵陣へ向って進軍を始めたときだった。

 「おらも連れて行ってくだせえ」

 急に声をかけてきたのは、出遅れた一般歩兵だった。このままここに置いて行っても仕方ない。今は味方はひとりでも多い方がいい。金将は振り返らずに答えた。

 「なら私の後ろについて来るのがいいだろう。金底の歩は岩より硬いと言われているくらいだからな」

 銀将たちも、味方の駒の効きを確認しながら慎重に進んでいたため、後ろを振り返る余裕などなかったが、それが甘かった。

 「へえ、そういう手筋があるんだぁ。じゃあ、なおのこと、この子を殺しておいて良かったわ。ほんの小手調べのつもりだったのだけどね」

 女言葉を喋る、図太い、どう聞いても屈強な男の声――自分たちの背後では悪いことしか起こってないのは分かり切っていたが、それでも現実から目をそらすわけにはいかない。そうだ、太陽は全てを照らし出す。それがどんな現実であろうとも。

 「ハーイ❤新しくクイーンになったルークポーンでーす、呪いを克服して美しいクイーンになっちゃいました、よろしくね❤」

ルークポーンとは、ルークの前のポーンのことで、通常プロモーションするのは非常に難しいとされている。その確率の低さから呪われたポーンと呼ばれているのだが――そんなことは今の金将や銀将にとってどうでも良かった。

 ただ、彼らはここにきて、戦場とは、誰かの幸運が誰かの不運に早変わりする、そういう場所だというのを再認識しただけだ。

 振り返った三人の目の前には、どうやったのか知らないし、知りたくもない方法で首を180度ねじってある歩兵の死体が転がっていた。

 新しく誕生したポーン・クイーンは悠然とそこに佇んでいた。

 顔には何やら化粧が施してあったが、体は屈強な兵士そのものだ。いくらリボンやレースのついた煌びやかな衣装を纏ったところで、隠しおおせる訳では――いや、むしろこれは狙ってこういう格好をしているのだろうか。

 とにかく、三人はただただ不似合いなドレスを着た屈強な男を黙って見上げるしかなかった。

 「どうやら、アタシの美しさに見とれているようね。もしこの美しさの虜になるなら、手駒にしてあげてもいいわ」

 ポーン・クイーンが不気味に体をくねらせながら言った。

 「己の器量が分からないのは、悲しいことだ」

 金将が言った。

 「もしかして、美しいの意味が分かってない?」

 もうひとりの方の銀将が言った。

 「まるでそびえ立つクソのようだな」

銀将が言った。

「クイーンの最大の武器は『美』だってこと、ちゃんと教育する必要があるようね。文化の違いを教えてあげる」

そう言って、一歩金将たちに向かって近づいてきた。

「クソはどこの文化でもクソだろ」銀将が再び言った。

「なんて汚い言葉使い。訂正させる必要があるようね」

とにかく、ポーン・クイーンの筋力に対抗するには、集まって固い布陣を取るしかない。ポーン・クイーンの美しさなど、誰も知りたくないという一点において、この三将の意見は見事に一致したのだから。

「三人同時か……ちょっとアタシでも骨が折れるわね。じゃ、まずその邪魔な連携から崩してあげましょうか」

そう言うと、ポーン・クイーンは肺いっぱいに空気を吸い込んで叫んだ。

「ルウウウウウウク!!」

その直後、もうひとりの銀将は駆け付けたルークによって頭に戦鎚を叩きこまれて一瞬で絶命した。

「銀二枚とルークじゃあ、ちょっと駒損だけどまあいいわ。その分、後で金将を痛ぶってあげる」

銀将は迷ったが、この状況で選択の余地はない。

自らが、ルークを取るしかない。そうすれば、金と銀との連携は途絶えてしまうが、だからと言ってこのまま放置すれば未来に待っているのは確実な全滅だ。だったら、ルークひとりでも道連れにした方がいい。

覚悟を決めると、銀将は戦鎚を振り下ろして無防備になったルークに方天戟を叩きこんだ。それを見たポーン・クイーンが近づいてくる。

「これでアナタの口から汚い言葉を聞くこともなくなるわね」

にっこり微笑むと、屈強な腕で容赦のない右ストレートを繰り出した。


その後、成り桂に続いて、続々と歩兵たちが敵陣に侵入、当初の目的通り次々と成り駒を作っていったにも関わらず、歩兵は銃を握りしめながら、悪い予感を抑え切れないでいた。

敵陣のどこを探してもキングがいない――まさか、策にハメられたのは俺の方なのか?

なら、状況は非常に悪いことは言うまでもなかった。おそらく、キングは将棋の空っぽになった陣地に向かっているのだろう。今から追撃してももう間に合わない。そして、歩兵の頭の中で金将の言ったことが思い起こされる――プロモーションしたクイーンの群れに包囲される――しかも、尚悪いことにキングはそのクイーンの群れの向こうにいるのだ。

とにかく、ここは一刻も早く自陣へ戻るしかない。どれ程のポーンがプロモーションしているのか、考えたくもないことだが、それは一つや二つではない。おそらく、四つくらいはいると考えた方がいい。

まさか、空城の計を使ってくるとは。チェスも、手段を選んではいられないということか。

歩兵は成り桂と、と金たちに反転して陣へ戻るように号令した。


強烈な力によって数マス吹き飛ばされた後、ようやく銀将は体中の痛みをこらえながら立ち上がった。

 もし、あのオカマ野郎の攻撃が直撃していたら――傍に転がっている桂馬と同じように、体中の内臓が破裂して死んでいただろう。

あの右ストレートが炸裂する直前、桂馬の自らを盾にした犠打で銀将は辛うじて一命をとりとめた。代わりに、桂馬は口から血を流して眼を見開いて倒れている。きっと苦しかっただろう。

「必ず仇をとってやるからな」銀将は桂馬のまぶたを手でそっとおろし、安らかな眠りを祈った。

しかし、どうやって仇をとる?困ったことに方天戟は吹っ飛ばされたときに全く別の方向に飛んでいったようなのだ。


金将はかつてない程恐怖していた。それは目の前に怪力のエイリアン・クイーンがいるからでもあったが、それ以上に忠誠を誓った守るべき王将がいないことにも根ざしている。自分が死んだ後、覚えてもらえる人間がいるのだろうか?その一点が金将にとって唯一の気がかりだったのだ。

「アタシ思うのよ」

ポーン・クイーンがのしのしと近づいてくる。

「アナタの兜って金箔?とにかく金ピカなんだけど」

ガタガタと生まれたての仔馬のように震えている金将の兜に手を置くと、そのまま兜を掴みあげた。

「はっきり言って、趣味が悪いわ。ハエが金色だったら美しいと思う?アタシが言いたいのはそういうことなの」

金将は嫌だった。死ぬのも、美の講義も、死ぬほど嫌だった。

「それでも、アナタはさっきの銀将よりは見込みがあると思うの。どう?アタシの奴隷になら生かしてあげるわ」

己の心を守って死ぬか、己の心を差し出して生き延びるか――人生における究極の進路選択を迫られているときだった。

「でも――

ポーン・クイーンはそう言うと金将から取った兜を投げつけた。

投げた先には助勢しにきた角行がいたが、角はいとも簡単にその兜を棒で叩き落とすと、金将の側に駆けつけた。

「まずは“俺を倒してからだ”ということかしら?」

「絶対に倒れんがね」

角行と金将の力でポーン・クイーンを倒すのは非常に難しいだろう。だが、時間を稼ぎさえすれば、あの歩兵がなんとかしてくれるかもしれない。あれだけ言っておきながら、最後に歩兵に頼る自分を、金将は本当にハエみたいだと思った。


「なんでアンタがここに来てるんだ?キングを倒しに行ったんじゃねえのかよ」

「予定が狂った。キングの奴、きっと俺が短期決戦を挑んでくると予想していたんだろうな。陣はすでにもぬけの空だった」

「まずいな」

「すまない」

銀将はこの言葉が怖かった。歩兵が自信をなくし始めているかと思ったからだ。

「もう過ぎたことはしょうがねえ。それより、早く金将を助けに行ってくれないか。アンタはあいつに大分恨みがあるようだから、頼むのは気が引けるんだが、それでも頼む。あいつ、ひとりでオカマ野郎と闘うハメになっちまったんだ」

「オカマ野郎?」

「プロモーションしてクイーンになったポーンのことさ。ポーンは、元々男の兵士だからな。それが無理やりクイーンになったから、酷いもんさ。とにかく、頼む。アンタしか奴に対抗できる駒はいない」

もちろん、金将の戦力が必要なのは分かっていたし、ここまできて恨みに任せた行動をとる気は、歩兵には全くなかった。

陽はすでに傾き始めている。一陣の湿った風が戦場を撫でつける。

「俺は桂馬の犠打のおかげでかろうじて生きているが、あのオカマの力は半端じゃないぜ。その銃を持っていても、十分気をつけた方がいい」

「分かった。俺はと金たちを連れて金将を助ける。生きていたらな。そしてそのまま入玉したキングを倒しに行く」

「とりあえず、失くした武器を探すよ。多分、一緒にこの辺に吹きとんだはずだ」

 もう、戦局は終盤へとさしかかっていた。互いが互いの策に気づいた以上、後は残った戦力のぶつかり合いがあるだけだ。

 歩兵は弾を込めなおすと、金将がいる方へ急いだ。

 と金たちも、そのあとに続いてゆく。


 ポーン・クイーンは素手にも関わらず、角行たちは苦戦しいられていた。

 主に戦っているのは角行で、金将はその後ろで守っているに過ぎなかったが、それでも棒術の師範が素手相手に勝てない――いや、勝てないどころか、押されてさえいた。じりじり後退する角行。

 「へえ、けっこうやるじゃない」

 突然、ポーン・クイーンは攻撃をやめて一歩後ろにさがって言った。

 「アナタ強い。気に入ったわ」

 初めて、ポーン・クイーンが敵を誉めた。それも、強さに敬意を表して。

 「正直、アナタを殺さなくちゃならないのはすごく残念なの。でも安心して。アナタはアタシの心の中に永遠に記憶されるから」

 今、金将は歪んだ歴史がどのようにして作られてゆくかを悟った。

 「このまま戦いを続けても勝つ自信はある。でも、体力を消耗しちゃうから、ここで一気にケリをつけさせてもらうわね」

 またも息を吸い込むクイーン。

 「ビショオオオオップ!!」

 白衣白鎧に鉄球を持った聖騎士がクイーンの側に現れた。

絶体絶命。ビショップは鉄球を振りかざし、角行に近づいてくる。もうこれでお終いだと思ったとき、奇跡が起きた。

ビショップの振り下ろした鉄球は、角行の放った棒の一突きで粉々に砕け散ったのだ。

「クソッ、さっきの銃弾のせいか」

何が起こったのか、金将にはよく分からなかったが、多分、序盤で歩兵の銃弾が鉄球に喰い込んでいて、角行の棒が偶然にも同じところを突いたのだろう。

――これはチャンスだ。今ここで駒を減らしておけば――

はやる気持ちが金将を行動に駆り立てた。刀を構えると、そのまま武器を失って無防備になったビショップを斬りつけた。斬り口から血がほとばしり、白衣を赤く染めてゆく。重傷を負ってもなお生きていたビショップは逃げようとするが、金将は容赦なく背後から再び斬った。

それが、止めの一撃になった。

地面に倒れ伏し、激しかった呼吸音も徐々に小さくなってゆく。

「ははは、やりましたぞ!遂に敵将討ち取った――

金将はそこで絶句せざるを得なかった。一瞬で肺の中の空気を抜きとられたかのようだった。

 金将が話しかけた相手は、いまや地面から数十センチメートル浮いていた。それを支えているのは、屈強な腕。ポーン・クイーンが角行の首を絞め、持ちあげていたのだ。

 絶望的状況にも関わらず、それでも角行は最後の力を振り絞って棒を握りなおすと、鋭い突きを繰り出した。しかし、ポーン・クイーンは片手だけでこの武術師範を持ち上げながら、空いているもう一方の手で、その突きを掴んで止めた。

 「もう無駄なのよ」

 ポーン・クイーンはそのまま棒を奪い去ると、地面へ投げ捨てた。

 「さようなら」今度は両手で首を掴む。腕の筋肉に力が入り、筋が浮かび上がる。

 同時に、ゴリッという嫌な音がして、角行の首は奇妙な角度にねじ曲がった。子供がなぞなぞが分からずに首をかしげているのと同じ角度だ。

 そして、そのまま地面に落ちたきり、ピクリとも動かなくなった。


 遠くなのではっきりと見えたわけではないが、ドレスを着た巨漢(男だというのはなんとなく分かった)が誰かを持ち上げているらしい。歩兵が歩みを速める――と、巨漢の手から誰かが落ちた。落ちた者は、地面の上の黒い塊となって、動かなくなった。


 自らが招いた最悪の事態に、金将はただただ恐怖することしか出来ずにいた。もし――歴史に『もし』はありえないが――金将が落ち着いて行動していればどうなっていただろうか?

 まず、ビショップの鉄球が壊されても、ポーン・クイーンは角行を攻撃するしかなかった。おそらく、どちらにしても角行は死んでいただろう。しかし、そのクイーンを今度は金将が討ち取ることで、盤上には無力化されたビショップが残るのみとなる。

 だが、金将がはやまった攻撃をしたことで状況は最悪な方に進んでしまった。ビショップと角行の交換、そして、今度は金将自身が地面に寝転がる仲良しお昼寝クラブの永久会員となろうとしている。

 「ねえ、聞いてるの?」

 ポーン・クイーンがあきれた顔をして問いかけた。金将は、全然聞いちゃいなかった。話なんてどうでも良かった。どうせ死んでしまうのだから。

 だが、天は金将を見放したわけではなかった。

 「チッ、来やがったか」

 ポーン・クイーンは軽く舌打ちすると

 「ラッキーだったわね。でもいずれ皆殺しにしてあげるから」

 と言い残して去っていった。

 金将は、歩兵がやってくるまでの数秒間、ただ呆然と意味も分からず立ち尽くしていた。


 「おい、しっかりしろ!」

 歩兵は大声でそう呼び掛けたが、当の本人は魂を失った案山子のようだった。

 「しっかりしろ!今からあんたにはと金の軍団を率いてクイーンたちを足止めしてもらう」

 「どうせ死んでしまうのだ」

 金将が上の空でそう呟いた途端、歩兵の中の何かが切れた。思いっきり力をいれた拳で金将の頬を殴り飛ばす。

 地面に倒れこむ金将。

 「今日じゃなかったら殺していた」

 相変わらず、抑揚のない声。だが、その分意味はよく伝わった。

 「もうここで死んだんだ。お前はここで一度死んだ」

 金将は口から流れる血をぬぐって立ちあがった。

 「だから、お前に怖いものはもうない。死ぬこともない。分かったな?分かったらこのと金軍団を任せる。一人でも多くのクイーンを足止めするんだ。いいな?」

 「この借りは必ず生き延びて返してやる」

 「やっと分かってきたようだな」

 陣傘の下で、うっすらと笑みが広がった。


 ないないないない……ない!

 どこを探しても俺の方天戟が見つからない。早く戦場へ行かないと、この戦いが終わってしまう。くそ、こうなったら、とにかくなんでもいいから武器さえあればそれでいい。素手よりはマシなんだからな……あった、あったぞ……!にしても、何だ、この戦鎚は。メチャメチャ重たいじゃねえか。こんなモンを軽々振り回してたのか、あのルークは……重すぎて運ぶだけで、怪我人の俺には重労働だな、こりゃ。でも選択の余地はないか……もう、覚悟して行くしかねえな。


 ようやく、キングの姿が見えてきた。だが、その周りにはみえないクイーンたちの防衛線が張り巡らされている。と同時に、それはこちらへの攻撃も兼ね備えていた。クイーンの制圧力は凄まじい。迂闊に踏み込めば、と金で作ったこの堅固な陣も簡単に潰されてしまうだろう。オカマのポーン・クイーン達を率いているのは、本物のクイーンだった。艶のあるブロンドの髪に、透きとおるような白い肌――よく、美女は光を放つというが、本当にそこだけ明るくみえるように金将は感じた。

 手加減するつもりは全くないが、まともに戦っても勝ち目はない。とにかく、ここは守りを維持しつつ、なるべくクイーンたちの行動範囲を狭めるようにしよう――そう指示を下したときだった。なんと、と金のひとりが火に集まる羽虫のように、フラフラとクイーンの方へと歩いてゆくではないか。


 キングは、歩兵が予想した通りすでに将棋の陣地に入玉を果たしており、我がもの顔でそこに鎮座していた。

 クイーンの数は多いが、と金の制圧力でキングへの道のりは辛うじて確保されている。歩兵は銃を構えなおすと(頭の中では少将に教わったことを思い出していた。ここは絶対に外せない場面……)ついにキングを射程圏に捉えることに成功した。

 頭の中を空っぽにする。とにかく、照準を合わせて――引き金を引いた。


 そのと金は乾いた破裂音を聞いて、ようやく我に帰ったようだったが、時すでに遅し。

辺りにいたポーン・クイーンの圧倒的筋力によって土の肥やしと化した。

 「分かりましたか?これがクイーンの真の武器なのです」

 男を垂らしこむ淫婦――まさに女王の名にふさわしい。金将は歯ぎしりした。守りが長

引くほど、クイーンの誘惑に長時間さらされることになる。かと言って、決戦を挑むのは

機動力の問題から見て無理だ。金将たちに残されたのは、やはり守りしかない。

 それにしても、もう一つ金将にとって許せないことがあった。さっきした破裂音――あ

れは発砲音だ。もし、歩兵がキングを仕留めたのなら、クイーンたちは襲ってこないで降

伏しているはずだ。しかし、実際はそんな素振りさえ見えない。とうことは、考えられる

ことはひとつだけ。歩兵が的を外した。それ以外に考えられない。

――この借りも後で返してやる

 金将の頬にはまだかすかに殴られた痛みが残っていた。


 「こうして最後に王の盾となれたことを光栄に思います」

 ナイトが祈るように膝をついた。鎧の隙間からは血がしたたっている。

 「私も、お前のような騎士を持てたことは身に余る幸福だ」

 「主の導きのもとに――

 「異教徒に鉄槌を。アーメン」

 キングが、すでに絶命したナイトの言葉を締めくくった。

 歩兵は、この目の前の光景が全く信じられなかった。弾は、確かにキングへと一直線に

飛んでいったのに、貫いたのはナイトの鎧だけだった。

 「お前の命運もここで尽きたな」

 キングは歩兵を真っ直ぐ見つめてそう宣告した。歩兵はすぐさま二回目の引き金を引いたが、弾は今度は何もないところへ外れていった。

 「チェックメイトだ」

 歩兵の右手首を掴んでいたのは、あのポーン・クイーンだった。そのまま歩兵を持ち上げているので、右手の銃口は上を向いている。

 歩兵は、その強い握力に手首がちぎれるかと思ったが、そんなことに構っていられる場合ではない。すぐに空いている左手を伸ばして、右手の銃を取ろうとしたときだった。歩兵の腹に、胃がえぐられるような衝撃が走った。思わずむせる歩兵。

 「まだ死ねないわよ。これは軽いジャブ、あいさつ代わりなんだから」

歩兵の眼の前には、青々とした剃り痕生々しい、頭にティアラを乗せたポーン・クイーンの満面の笑顔があった。

 「泣いて許しを乞うまで痛ぶってあげる」

 何の許しだ?と歩兵は思った。


 俺は、敵陣から重たい戦鎚を引きずって、ようやく盤中央にまでやってきた。そこには、俺が倒したルークの死体もあったし、白衣を血に染めたビショップもいた。

 だが、何より衝撃だったのは角行のおっさんもそこに一緒になって転がっていたことだ。おっさんが死んでしまったということは、本格的にヤバい。今まで、おっさんは盤の端のポーンをプロモーションさせないように、自らの駒の効きを生かして立ち廻っていた。それが、こうやって倒されたということは、全く考えたくないことだが仕方ない、あのオカマの怪物女王が何体もいるということだ。

 ――もう、帰っていいか?

 一瞬、そんな素晴らしい考えが浮かんだが、これはもう後戻りできない戦いだ。結局、ここで逃げても俺に帰る場所なんてない。チェスの奴らが、とくにあのオカマ野郎たちはこの戦さが終われば、故郷を滅茶苦茶にしてしまうだろう。

 とにかく、何か武器はないか?こんな重たい戦鎚にはもうウンザリだ。ビショップの壊れた鉄球は……ダメだ、使い物にならない。そうだ、もうひとりの銀将は俺と同じ戟使いのはず……やっぱりダメだ、途中でたたき折られている。これじゃあ、使い勝手は戦鎚と似たようなもんだ。何か他には……あったじゃねえか。こんな使いやすいのが。

 使いふるされた武器だったが、それは逆に武器としての年季が入っていた。よく訓練された犬のように、すぐ手になじんだ。

 ――角行の棒。アンタが残してくれた最大の遺産。大事に使わせてもらうぜ。

俺は、それだけでなんだかとても強くなったような気がして、意気揚々と戦場へと向かって行った。


 と金の陣には、すでに各部で亀裂が生じ始め、もはやいつ崩壊してもおかしくない状況だった。さっきから、何発も続く発砲音。それに混じって聞こえてくる歩兵の叫び声。と金たちは、すでにクイーンの魅力にこれ以上抵抗できそうにもなかった。そして、金将の背後に立つ屈強な影――


 ポーン・クイーンが少し力を入れると、歩兵の左腕は枯れ枝のようにあっさりと折れ、歩兵はぶっつけ本番にも関わらずチェスの期待通りの叫び声をあげた。

 思わず、右手の銃の引き金を何度も引くが、弾は虚空へ打ち上げられるばかりだった。抵抗できない歩兵の体へ、何度も強烈なボディブローが命中する。

 「もういい。そろそろ終わらせてやれ」

 キングが半ばうんざりしたように言った。

 「異教徒にしてはよく戦った。最初のあの作戦を見たときは、正直負けるかと思ったぞ」

 ポーン・クイーンの分厚い胸筋を通して響くキングの講釈に、歩兵は思わず涙しそうになった。あともう少しなのに――

 「結局、ゲームとは知力の勝負なのだよ。どこで手に入れたか知らないが、いくら強力な武器を持っているからといって、それを知り尽くして戦局に応じて使いこなさなければ勝てんよ」

 キングはここで優雅な仕草で指示を下した

 「そいつを殺しなさい。ただし、もうこれ以上苦しめるな。一瞬で息の音を止めなさい」

 「分かりました」

 ポーン・クイーンのごつい手が、今度は歩兵の首へのびる。


 断末魔の叫び声がしたので、俺はその声がする方を見た。なんと、あの歩兵が、あのオカマちゃんに手首を掴んで持ち上げられて、洗濯物みたいにブラ下がっているじゃねえか。今すぐにでも助けに行きたかったが、距離が離れ過ぎている。どう転んでも助けに行っても間に合わないのは明らかだった。

 その時、俺はそうするのが本能で定められているかのように、棒を構えなおすと助走をつけてオカマ野郎へ向って投げつけた。もちろん、その時はまさか当たるなんて思ってなかったし、とにかく、そうする以外にもう手がないのは確かだった。このときのことを思い返すに、戦場には魔物がいるってことさ。チェスたちの国ではそのことを幸運の女神というらしいが、どっちにしても気まぐれなところだけはそっくりだと思うね。


 歩兵の首に剛毛の生えた魔の手が忍び寄った瞬間、銀将が放った棒はポーン・クイーンの頭がい骨にのめり込み、頭に乗っているティアラはその衝撃で宙に舞った。

 しばらく――といっても一秒にも満たない時間だったのだが、歩兵には長く感じられた――歩兵の手首は強い力で握りしめられていたが、それが緩むとようやく長かった拷問から解放され、足は久々に土を踏んだ。白眼をむいて倒れるポーン・クイーン。

 その向こうには、キングが信じられないといった表情をして眼を見開いている。歩兵は、黙って銃口をその顔へ向けると、今までで一番重い引き金を引いた。


 金将は奇蹟を目の当たりにした。その現場までは大分距離があったが、それでも間近に奇跡が通り過ぎてゆくのが肌で感じられた。

 「うそよ……こんなのってありなの……?」

 金将の背後で低いうめき声がしたが、全くどうでも良かった。今や、ようやくキングは塵の中に倒れ、将棋側が勝利したのだ。長かった戦いも、これでようやく終わった。

 その後、歩兵たちは残党のポーン・クイーンをチェスの陣営まで一旦下がらせ、本物のクイーンだけを人質・兼講和の使者として自陣へ残しておいた。講和といっても、敵はもはや無抵抗なのだから、ほとんど将棋の側の一方的な要求といえた。しかし、その内容はと言えば、『二度と攻めてこない』という、いかにも当然の内容だったのだが。もしここに王将がいれば、領土の割譲や賠償金を求めたであろうが、歩兵たちにとっては遠くの外国の土地など欲しくも何ともなかった。皆、一刻も早く家に帰りたかった。ただ、このまま帰したのではさすがに歩兵たちも納得がいかない。

 「そうだ」歩兵が何か思いついたようだ。もちろん、チェスにとってよくないことであるのは言うまでもない。「裸踊りでもしてもらおうか」

 「は?」一瞬クイーンは訳が判らなかった。立場上不利とはいえ、一応の外交の場でここまで場違いなことをいう人間を今まで見たことがなかったからだ。

 「ストリップダンスのことさ」横から銀将が解説した。

 「いいえ、言葉の意味は分かっております。私が言いたいのは、仮にも講和の場でこのような無礼なことを――

 「ふざけるな。俺たちはお前らの首全部を集めても埋め合わせできない程のものを失ったんだ。それを裸踊りで済ませてやろうと言ってんだぜ。それとも死にたいのか?ならそう言ってくれ。今すぐ楽に殺してやる」

 歩兵の抑揚のない声と銃はこのときも絶大な説得力を発揮した。

 「く……」クイーンは諦めて頭からティアラをはずした。

 「一糸残さず、スッポンポンになるんだぜ」

 歩兵たちは円陣を組んでその様子を見守った。


 今日もいつもと同じように夕日が乾いた大地を赤く染めている。

 歩兵たちは骨の芯まで疲れていたが、ある種の満足感を覚えていた。それでも、何も得ることのない虚しい戦いには違いないが。

 しかし、王将と飛車が死んだことにより、この国の政治体制は確実に崩壊に近づいていくだろう。そして自分は生きている。

 帰る途中、地面にハエがたかっている王の首があった。もう顔全体がハエの塊と化したようだった。酷い悪臭を放っている。

 歩兵は、その首を思いっきり蹴飛ばした。

 口に詰められた馬フンをまき散らしながら飛んでいった先には、黒い雷雲が行く末を暗示するかのように蠢いていた。


 もう陽が沈もうという頃、ようやくチェス陣営にて待つポーン・クイーンの元に、クイーンが帰って来た。ただ、行きと違って帰りは生まれたままの姿ではあったが。

 自陣へたどり着いて張りつめた気が弛んだせいか、クイーンは屈辱のあまり泣いて地面に屈みこんだ。

 ポーン・クイーンの一人があまりに不憫な様子に耐えかね、自らの上着をクイーンの肩にかけようとしたときだった。

 「アラ、背中に何か書いてあるわ」

 他のポーン・クイーン達も近づいて来て、一斉にクイーンの白い柔肌をのぞきこんだ。

 そこには確かに、毛筆で拙い字がつづられていた。


“親愛なるチェスの方々へ

   今度来たらひとり残らずぶっ殺す。

P.S.それでも攻めに来るって言うなら、次はもっといい女を頼むぜ“

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その時、歩が動いた 松本優佑 @basyaumapony

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