第30話 新たな始まり
今日はゆきちゃんがボクをお部屋に招待してくれたんだ。
ゆきちゃんのお部屋に行くのは初めてで、とってもわくわくどきどきしている。
ボクはゆきちゃんに連れられて、ゆきちゃんの部屋へと入ってゆく。
薄いブルーを基調とした女の子らしい部屋だ。
ゆきちゃんが飲み物を持ってきてくれた。
「これをどうぞ」
ボクはその飲み物をいただいた。
なんだろう、ちょっと変な味がする。
でもせっかくゆきちゃんが出してくれた物だし、飲まないのは失礼だよね。
ごくごく。
あれ……なんだろう……急に……眠く……
眠りにつくあゆみを見下ろすゆき。
「ごめんね、歩君。君の事、大好きだよ。でもね、私の心に決めた人はあゆみだけなの」
ゆきはあゆみに近寄り、頬にキスをする。
「先生……お願いします」
隣の部屋からゆたかが現れた。
「本当に……いいんだね?」
確認するゆたかに、覚悟を決めた返事をするゆき。
「はい。これで……いいんです」
ゆたかがあゆみの体に魔法をかける。
すると、あゆみの体が薄くなりはじめた。
ゆきは涙を流しながら、消えゆくあゆみに近づく。
「ありがとう……ありがとう歩君! 楽しかったよ。ごめんね……君のおかげで本当の『あゆみ』と向き合う覚悟ができたの。
全部君のおかげだよ……ありがとう。さようなら……」
あゆみの体が光の粒となって消え去った。
「可愛かったよ。歩君」
そして、しばらくすると今まであゆみがいた場所に、光が生じる。
その光は徐々に大きくなり、人型を取り始める。
そして、そこから現れたのは、一人の男の子。
そう、白木歩だ。
歩は周りを見渡し、そしてゆきを確認すると涙を流し始めた。
「ゆきちゃん……ゆきちゃん……私……帰ってきたよ。男の子になって、帰ってきたよ」
男の体を手に入れたあゆみが、ゆきと泣いて抱擁する。
「やっと手に入れたよ。これで、私たちは普通に結婚出来るよ」
全てはゆきとあゆみが仕組んだ策略だったのだ。
目が覚めると、女の体のあゆむは元の世界に戻されていた。
「あれ……ボクは確かゆきちゃんの部屋にお呼ばれされて……」
周囲を見渡すあゆみ。
見覚えのある部屋。
自分の部屋だ。
しかし、その記憶は以前の物。
以前の自分の部屋だ。
「どうして!?」
ボクは自分の体を見る。
ほっそりとした手。筋肉もなく、ぷにぷにとした細い腕。すらりとした細い足。
よかった。体はあゆみのままだ。
でもいったいこれはどういうことなんだろう。
ボクは階段を降り、下の階にいる両親を見つける。
あ、性別が元に戻ってる!
ということは……ここは元の世界なの?
元の世界に、女のあゆみとして来てしまったということなの?
どうなってるのかわからず考え込む。
その時、母の目がこちらを向いた。
しまった。見つかった。
いきなり家に見ず知らずの女の子がいたら大騒ぎだ。
しかし、そんな心配をよそに母はボクに話しかける。
「はやくしないと遅刻するわよ」
あれ? 今ボクに言ったよね。
「ボクの事……わかるの?」
ボクはおどおどしながら母に尋ねた。
「まあ、ボクだなんて。あゆみは女の子なんだから、ちゃんと女の子らしい話し方しなくちゃ駄目よ!」
そういうと、母は食パンを手渡してきた。
どういうこと? 女のボクを認識できている……?
記憶が改編されているってこと!?
「ほら、急がないと遅刻よ」
そう時計を指さす母。
あれ? ゆきちゃんの部屋に行ったのは夕方だったはずなのに。
朝まで寝ちゃってたの!?
「しまった! 急がないと遅刻だ!」
ボクは食パンをかじりながら玄関を出る。
スカートが捲れているのもお構いなし。
裸で走り回り、裸を見られること多数。
それくらいじゃ動じなくなっていた。
曲がり角をダッシュでまがる。
すると、誰かと衝突してしまった。
またか!
ぶつかった相手を見ると、今度は女の人で、同じクラスの人気者の子だった。
「ごめんなさい!」
女の子はボクに謝ってきた。
「いえ、こちらこそごめんなさい。急いでいたので不注意でした」
すると、女の子はうーんと考え込む。
「なんか……前にもこんなことがあった気がする」
とボクの顔をじーっと見つめる。
「あ、キミ同じクラスの白木あゆみちゃんよね。よかったら一緒に学校に行こうよ!」
とその女の子は手を差し伸べてくる。
手を差し伸べられ、ボクはゆきちゃんを思い出した。
ボクはその手を取り、笑顔で答えた。
「うん!」
その子と一緒に学校に向かう途中に、またほかの人とぶつかってしまった。
ボクは押し倒されて、胸をもまれる。
今ボクの胸揉んだー!!
相手を見ると、今度も女の子だった。
「あ、ごめんなさい!」
と女の子はボクに謝るも、またボクの胸を揉む。
女の子の顔を見ると、頬を染めてにやりとしていた。
「いえ、ボクの方こそごめんなさい」
ボクはその子に謝罪する。
「やだ~! 『ボク』だって! かーわいー!」
女の子に抱きつかれてしまった。
何故か三人で学校に向かうことになり、三人は走って校門をくぐる。
「よかったら友達になりましょう」
別れ際にそういってきた女の子。
「うん!」
戻ってきて早々、友達ができて嬉しい気分だ。
しかし、ボクには行かなければならない場所がある。
理科実験室だ。
二杜氏先生に今の状況を確認しなければ。
教室に荷物を置き、急いで先生の元へと向かおうとしたその時、ボクの腕が捕まれた。
「あゆみ。ちょっと待って!」
ボクの腕を掴んだのは、ボクの親友佐倉有紀だった。
佐倉有紀は、佐倉ゆきのペア。
大好きなゆきちゃんと同じ魂を持つこっち側の人間だ。
「有紀……」
ボクは有紀へと振り向く。
すると、有紀はボクの腕をひっぱりながら廊下に出た。
階段を上り、人の少ない場所で振り返り、有紀は話し出した。
「あゆみ、ゆきから伝言がある」
その言葉を聞いて、ボクは驚愕した。
有紀がゆきちゃんの事を知っている!?
「ゆきちゃんのこと……ボクのこと……わかるの?」
有紀は伝言と言っていた。
ゆきちゃんからの伝言ということは、もしかしたら今のボクの状況を知っているのかもしれない。
でも何故有紀が?
「あゆみ。落ち着いて聞いて欲しい。まずは、ゆきからの謝罪を伝えなきゃいけない。ゆきは、あゆみ、いや元の歩に謝っていた。黙ってあゆみとあゆむを入れ替えてごめんなさい、と」
やはりそうだ。ゆきちゃんは今の状況を知っている。
しかも、入れ替えたといっているのだ。
どういうことだろう。
「ゆきは、元のあゆみが男の体を手に入れて、パラレルワールドに行くことを了解したんだ。これは、元々女の子だったキミのペアのあゆみちゃんの提案なんだ」
「あゆみちゃんの……?」
「うん。あゆみちゃんは同性同士で愛し合うことをどうにかして回避したかったらしい」
なるほど……
「それで、あゆむとあゆみの体を入れ替えることを考え付いたみたいだ。最初は体だけそのままにして、心だけを入れ替えたんだけど、それだとあゆみちゃんが納得しなかったんだ。
結局心は異性でも、体が同性だからね。それで、体だけを入れ替えようって思い立ったわけさ」
あゆみちゃんの気持ちはわかる。
ゆきちゃんと結ばれるために、そうしたいって思うことも。
でも……ボクの気持ちは……?
ボクだって……ゆきちゃんが好きなんだ。
「ゆきはね、キミの心の中にいる「歩」じゃなくて、ペアの方の「あゆみ」を選んだんだ」
ボクはその言葉を聞いて、愕然とした。
ボクは選ばれなかった。
目の前が真っ暗になった。
大好きなゆきちゃんは……ボクを選ばなかった。
また……ボクは……一人になってしまったのだ。
ぼろぼろと涙を流すボク。
有紀がそれを見て、ボクの肩を強くつかんだ。
「歩! 現実を見ろ! お前は……女の子だ! あゆみ! お前は『あゆみ』なんだ!」
ボクは有紀の顔を呆然としながら見つめる。
「ボクは……あゆみ。……女の子」
「そうだ。同性同士で結ばれるのは不自然だろう! だから、あゆみ! お前は俺と付き合え! 今度からは、俺がお前を助けてやる! ゆきの代わりに、俺がお前を受け入れてやる!!」
黙って有紀の顔を見つめるボク。
ぼーっとしてあまり言葉が頭に入ってこなかった。
「俺とゆきは、同じ魂を持ったペアなんだ。だから俺は『ゆき』なんだ! お前は『ゆき』を受け入れるのか? それとも拒絶するのか!?」
有紀がボクの体を揺さぶる。
有紀が……ゆきちゃん……?
混乱している。
でも……ボクはゆきちゃんを受け入れたい。
「有紀が……ゆきちゃん……? だから、ボクは有紀を……受け入れる……?」
突然、急に視界が真っ暗になった。
有紀がボクに抱きついてきたのだ。
真っ暗になったのは、有紀がボクにキスをしてきていたからだった。
なんで……ボク……有紀とキスしてるの……??
ボク……女の子だから……男の有紀とキスして……あってるのか。
「ゆきちゃん……ううん、有紀……ボクを……ううん、私を……女の子にして。私の心に空いた穴を有紀で全部埋めてよ」
「あゆみ!」
私達……どうなっちゃうんだろう。
私の隣には、ゆきちゃんの代わりに有紀がそばにいてくれる。
私……今度こそ本物の女の子として生きていくしかないんだね。
これが私の新たな人生の第一歩。
カーテンが閉められ、暗闇に包まれた教室。
しんと静まり返った教室に、揺らめく影が一つ。
理科実験室に一人たたずむ二杜氏豊。
手には1枚の紙。
しかし、何が書いてあるのかは暗くて見えない。
「すまないねぇ。歩君。
君だけは、招待してあげたかったんだけどねぇ」
コツコツと鳴り響く靴の音。
その音は窓際へと近づいて行く。
「君を見ているとね、昔のボクを思い出すんだよ。魔法少女に憧れ、女の子になりたいという願望を持っている」
靴の音が止まる。
「何度か見かけたんだがね、君が夢の話をする時だけは、君の目が輝いていたんだよ。
知っていたかい? 君はボクと同じ夢を見ていたんだ」
捲られるカーテンから差し込む光が、二杜氏豊の顔を照らす。
その細い目は、じっと校庭を見つめる。
「……あの頃を思い出すよ。懐かしいね。
ボクは自分の夢を叶える事ができた。
だからね、少しばかりのお節介をしてみたくなったのさ。
今となっては仕方がないことだがね。
せめてその体で新たな出会いを探してくれたまえ。
……さんざん君達には魔法少女の真似ごとをさせてしまったけどね……
本当の魔法が使える魔法少女はボクただ一人」
二杜氏はカーテンを手で跳ね除け、室内に光が差し込む。
二杜氏の背中からは太陽の光が輝き、両手を大きく開いた彼の姿を照らし出す。
「パラレルワールドでボクは魔法少女だったんだ」
片手をあげ、ゆっくりとその場で半回転。
「本物のね」
薔薇の花びらが円を描きながら舞い上がる。
薔薇の花びらは差し込む光を反射し、無数の煌めく星となる。
その星の中心には、背を向けた魔法少女がそこにいた。
「さよなら。また会えたらいいね」
煌めく光をその場に残し、魔法少女は消えていった。
その光はゆっくりと下へと降りてゆく。
そして、その光は1枚の紙の上に落ちていった。
そこには笑顔で微笑む四人の魔法少女が描かれていた。
パラレルワールドでボクは魔法少女だった sorano @y_sorano
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