第21話 縄文人とスマートフォン

「つまり、ここで何らかの事故に会い、死んでしまった」


「それがパリキィがやったんじゃないかと?」


「最初は洞窟自体が崩れて出られなくなったと思っていたんですがね、それにしては土器に損傷が少ないんですよ。それに、この骨は埋葬されたものではありません。すでにこの時代にはある程度決まった埋葬方式が存在していました」


「縄文人はおなかの中にいる赤ちゃんのような格好か、体を伸ばしたような埋葬方法が多いです。ここの縄文人は4人共別々な格好をして死んだように見えるので、埋葬されたとは思えません。そもそも、洞窟は埋葬場所として適当ではありませんしね」



「そもそも、こんな奥まで縄文人が入ってくる理由がない、か。しかしどうやって縄文人に指示を出していたんだろうな。我々と話すとき、奴はスマホを通じて話しかけてきた。縄文人はスマホなんて持ってないだろう?」



 そう言われればそうだ。パリキィ氏は音を出す機能が付いていないのだろうか。それぐらい付けそうな気もするがそれは人間の勝手だろうか。光る機能も、音を出す機能もないコンピューター。何を入力し、何を出力するのだろう。



「持ってないですね。持ってたら大発見ですよー。どうでしょう、縄文人が処分に協力させられたパリキィ文明の遺産の中にスマホのようなものがあったとか?」


「なるほどな、確かに理屈は合うように思えるが、なぜ本体に音が出せる機能が付いていないんだ?」


「たしかに、付いていても良さそうな機能ですよね」


「そう言えば、パリキィはどんな生命体が進化した生物が作った可能性が高いのかね? 生物によって会話周波数は異なるからね」


「まだ精度が高くないので、そこまで確定的なことは言えないんです。地球上の生物のほとんどにある程度の一致が見られます。それでも、比較的海の生物の一致率が高くなる傾向があります」


「海中か、それは厄介だな。あそこじゃあ光も音も人間のようには使えないだろう。そうだとすれば、音を出す機能がついていなくてもおかしくはない、か」



 パリキィ氏を作った知的生命は、いったいどんな思いで作ったのだろうか。土器に込められた思いすら、満足に解き明かせない私たちが、理解できるとは思えないけれど、それでも考えてしまう。やはり絶滅の危機に貧して、悲しみの中作ったのだろうか。それとも、希望を胸に作ったのだろうか。


「何も出ませんな」


「そうですね、少し休憩にしましょうか」


 16時になっていた。すでに半分以上掘り進めていたが、泥と石以外のものは出てきていなかった。そろそろ、宮笥みやけ先生の結果は出ただろうか?


「失礼します、連絡がありました」


 自衛隊の隊員さんが知らせに来てくれた。


「ありがとう」

「どうするね?」


「行ってみましょう。どのみち、そろそろ切り上げないと今日中に東京へ行けません」


 桃郎とうろう大学は岡山市南部にある総合大学だ。タクシーで指定された理工学部に向かう。考古学でも、炭素14法やX線、CTスキャンなどを使用して解析を行うことがあるから、機械に無縁というわけではないが、やはり理系の学部は感じが違う。


 壁に貼ってあるポスターの意味は全く理解できないものばかりだ。ここ二年間は理系の研究者とも共同研究を行ってきていたが、まだまだわからないことのほうが多い。泥だらけの二人が歩いているのはなかなかに目立つが、仕方がない。

 


 熱電材料物質工学研究室。そこで宮笥みやけ先生は待っていた。16畳程度の部屋の中には所狭してと、顕微鏡や使い方の検討もつかないような機器まで揃っていて、重低音の動作音を奏でていた。


 真新しい機器も多い、ここにも研究費増額の恩恵が届いているようだ。ここには宮笥みやけ先生の教え子が所属しているのだそうだ。


「おつかれ、たぶんあのまま掘ってても何も出ないと思うよ」

「やはり何か出ましたかな?」

「たくさん出たわよ、あの土、高く売れるかもよ」

「これが土の元素分析表よ」


 と言って、ディスプレイ上のグラフを示す宮笥みやけ先生。私もたまに使うグラフだ。横軸は、何だったかな。縦軸は強さだったと思う。


 グラフの点はほとんどがゼロ付近を示しているが、幾点かは高い数値を示している。この高い数値が出ている所が、検出された元素に対応するはずだ。


 例えば土を調べると、酸素とケイ素に対応する場所の点が高くなる。これは土の殆どがこの2つの元素でできているためだ。他にもアルミニウムや鉄などが多く含まれているはずだ。このグラフだと、20箇所以上にピークが見える。



「希少元素のデパートみたい。こんなの自然にできるはずがないわ」



「金やプラチナは納得だが、ディスプロシウムにエルビウムか。確かにこんなに揃うわけがないな。決まりだろう。なるほど、我々の目に見えないレベルまで分解されていたなら、彼らの痕跡なんて探せるはずもないか」


 確かに聞いたことのない元素記号がずらりと並んでいる。Dy、Er、Bi、Ru……。どれも、専門性の高い測定器などに少量だが使われているよな元素らしい。


 もちろん、地球上に存在している元素であるが、ここまで多くの種類がまとまって存在していることなど無いとのことだ。そもそも。泥の中にあることがおかしい。



 研究室の方にお礼を言って、大学を後にする。



「これは何らかの人工物、といってもこの場合人工物と呼ぶのはおかしいのかな。まぁとにかく何らかの物が、分解されたことは証明できるのか?」


「できると思うわ、自然にはできないと思う、これだけの種類の貴金属の、しかも微粒子を集めるだなんて」


「でもこの場合、宇宙人の痕跡とも捉えることができる。宇宙人だって地球人を怖がって痕跡をすべて消そうと試みる可能性はある。結局、パリキィが地球の生物由来であったかはわからないままだ」


「またふりだしに戻っちゃいましたか。まぁそうですよね。相手は超知性なんですから、我々が思いつくようなことぐらいすべて先回りしてますよね」


「ふりだしってわけじゃあないさ、相手が人類より高度な技術でできたものを分解したって証拠がつかめただけでも収穫だ。どうやって分解したかは、向こうのグループが答えを出してくれてるだろう」


 そうだ、どうやって分解したのかは大きな謎の一つだ。祖谷そたに先生は、微生物が分解したと思っているのだろうか。例えばこのスマホを、粉にまで分解できる微生物なんて作れるの?


 その後、縄文人が使役されていたという説を宮笥みやけ先生にも話して、同意を得た。


「縄文人も可愛そうね、さんざん使われた挙げ句最後は殺されちゃうなんて」


「あれ、でも本当に殺されたのかしら。縄文人が死んでいたところには我々が調べた超科学の遺物が残ってたんだよね。まだ全部をパリキィの所にもって行けなかったってことだよね。超知性にしてはツメが甘いわね」


「つまり、縄文人の死はイレギュラーだったと?」


「その可能性もあるんじゃないですか?」


 ん? 待てよ、縄文人。縄文人、なにかあったような。


「まって、まだあるかもしれない。彼らの痕跡が!」


 縄文人ならやってるかもしれない、祈りを込めて。


「次の目的地は、京都です!」

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