第22話 コンピューテッド・トモグラフィ

 新大阪で宮笥みやけ先生と分かれる事になった。宮笥みやけ先生は一旦東京に戻り、他のチームの状況を確認した後、明日合流することになった。


 私と祖谷そたに氏は新大阪で下車し、明日に備える。次の目的地は国立考古学博物館。国内でも最大規模の考古学研究施設だ。ここに、パリキィ氏があった洞窟で見つかった土器が保管されていた。


 目的は、その土器のCTを撮ることだ。



 あの土器たちは、由来不明の土器として保管されていた。そもそもあのような完全な形を保った土器が、置かれた当時の姿で見つかることはほとんどない。


 盗掘などによって本来あった場所がわからない場合がほとんどだ。あの土器たちも、そのような盗品の一つとして、私が持ち込んだことになっていた。


 親の遺産を整理していたらこのような物が出てきたが、なんなのか分からないで寄付したいとの申し出があり受け取ったということになっている。


 私が保存しておくには歴史的価値が高いので、この博物館で保管してもらうことになっている。これまでにも様々な測定が行われ、やはり縄文時代の岡山周辺のものであることが確かめられている。


 パリキィ氏をかたどった土器については、まだ公に出されていない。これについては、土器を寄付した人の希望であるということになっている。



「あの土器が何だというのだね? もう調査は終わっているんじゃないのか?」


「まだやってない測定があるんですよ。CTです」

「医療で使うやつか?」

「そうです、考古学でも使うんですよ。基本的には非破壊検査が大事ですからね」


 CTとはコンピューテッド・トモグラフィの略で、X線を使って物質の内部の構造を見る方法だ。例によって詳しい原理はよくわからない。むしろ祖谷そたに氏のほうが詳しいだろう。あとで教えてもらおう。今度こそ理解できるかもしれない。


「縄文土器にはいろんな種子が練り込まれていることがあるんです」


「それは人為的なものなのか?」


「そうです、我々は儀式的な意味合いが強いと思っています。豊穣などを祈願して練り込んだのではないかと。もちろん練り込んだ後土器は焼くので、種子自体は燃えてなくなってしまい。穴だけが残るんですけどね」


「つまり、縄文人にはいろんな物を土器に練り込んで焼く習慣があった。今回も同じようなことがあるかもしれないというわけだな?」


「そのとおりです。もしかしたらパリキィの知らない間に、縄文人が敬意や何かを祈願してパリキィが集めていたものを練り込んで焼いている可能性もあります。特にパリキィ氏をかたどった土器は土台部分が大きいですからね。そこにCTを当ててみたいんです」


 翌日、新大阪のホテルを出て、鉄道を乗り継いで目的地に向かう。


「CTの仕組みって知ってますか?」

「CT? X線で中を見るのでは?」


「もっと詳しくお願いできませんか?」

「よろしい。お絵かきロジックというゲームはご存知かな?」


「あーあれ私苦手なんですよね」


 お絵かきロジック。縦横に書かれている。数字をヒントにして、絵を作り上げるパズルゲームだ。簡単なのはできないこともないが、難しい問題になるとすぐにわからなくなる。そう言えばそんな説明を受けたような気もする。


「あれと似たような原理なのだよ。たとえば、君のお腹の輪切り写真を撮ろうとする。そのとき、まず君のお腹の輪切りを1000×1000のマスに分割する。そうだな、方眼紙を想像すると良い」


「そして、1000×1000の方眼紙には1000の列と1000の行があるだろ。その1000×1000ごとに縦横X線で測定する。例えば、500列目のX線はへそから背中までを通ったときの値が出るはずだが、その値にはへそから背中までの情報がすべて累積された値となる。それだけではだめなことはわかるかな?」


「なんとなく」


 ほんとになんとなくだった。


「もう少し簡単にするか。5×5の25マスを考えてみよう。そしてその中心のマスだけに何が物があるとしよう」


 テレビのクイズ番組を思い出す。


「そして、X線は物があると1カウント、ないと0カウントするとしようか。この場合、縦も横も、3列目だけが1カウントで、他の列は0カウントになるのは理解できるかな?」


 00100

0空空空空空

0空空空空空

1空空物空空

0空空空空空

0空空空空空


「あ、それならわかります」


「よろしい、ならば5×5の外周のマス全てに物がある場合どうなるかな?」


「えっと、1と5列、行が5になって。ほかはゼロ、じゃないや。2になるのかな?」


 52225

5物物物物物

2物空空空物

2物空空空物

2物空空空物

5物物物物物


「よろしい正解だ。では逆に、いま得られた数値から、元あった画像を推測することはできるかな?」


「あー、これはイラストロジックに似てますね。なんとなくできそうです」


「これをもっと複雑な数学を使って画像を作り出すのがCTだよ。フーリエ変換という数学の考えを使うが、この計算はとても人間にできるようなものではなくってね。だからこそコンピュータが必要になる。CTのCはコンピュータのCだ」


「やっと理解できました。これは生徒に自慢できますね」


「お役に立てて光栄だよ、生徒に自慢できる未来がちゃんとあるといいがね」


 まったくだった。話しているうちに、目的の施設に到着した。ここは私にとってはホームのようなところだ。祖谷そたに氏は物珍しそうに見回している。


 まずは祖谷そたに氏のゲスト登録を済ませ入館証を入手して。CTの管理担当者に会いに行く。このCTも研究費増額で配置された代物だ。幸いにも、今日はだれも使う予定がなかったので、使っても良いとのことだった。装置の立ち上げに時間がかかるので、準備をしてもらっている間に問題の土器を取りに行く。


 保管庫には歴史的価値の高いものも多く保管されているので、もちろんのこと厳重に管理されている。私は祖谷そたに氏とともに、土器の入っている木箱をカートに載せ、CT室まで運んでいく。


「楽しいですか?」


「普段見れないものを見れるのは楽しいね。田辺先生も昨日は楽しかったんじゃないですかな?」


「あーたしかに、理工学部は初めてだったので楽しかったですね。何が書いてあるか全くわかりませんでしたが」


「私だって同じだ、ここにあるものの価値なんて全くわからんよ」


 CT室に到着した頃には、準備が整っていた。


「これをお願いしたいんですが」


 技官の方に土器を見せる。


「問題なさそうですね、セットしましょう」


 土器をCTにセットする。このCTは人間用ではなく産業用なので、円形の形をしていない。箱状の装置の一部が開閉でき、その中に土器を入れる。


「測定は1時間ってところですね。ここで待たれますか?」


「そうさせてもらいます、途中経過も見れますよね」


 この測定では、断面が取れた順に保存されるので、1時間待たなくても、見ることができる。一枚ずつ確認していくことにした。下から順に断面を取っていく。10分ぐらいして、内部の写真が撮れ始めてきた。


「これは、なんなのでしょう?」


 どうやら当たりのようだ。

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