第二話 旅立たねばならぬのです
兄様に抱かれた後、快楽の
先程も申しました通り、
兄様はどうして、ずっと一緒に居てくださらないのでしょうか。どうして御姉様のもとへ行ってしまうのでしょうか。「御姉様の所に行かないで、今夜は妾と一緒に居てくださいませ」そのように
兄様と妾は許されざる関係なのですから、添い遂げることなんてできない……そんなことは解っております。ならばせめて、天国で添い遂げたい……この頃の妾は、そう思い詰めるようになっておりました。
兄様と共に旅立つことができないのなら、妾だけでも先に旅立てば良いのではないか、先に行って兄様が来られるのを待てば良いのではないか……悲しみに打ちひしがれる中で、今度はそのような考えに囚われ始めました。最初は小さな思いつきであったのですが、旅立たねばならないという思いは日に日に大きくなり、ついには実行に移す日がやって来てしまうのです。
兄様のお仕事が忙しく、お逢いできない日が続きました。
家族との夕食を済ませた後、自室で独り寂しさを紛らわせるためにお酒を
ふと、鏡台の引き出しに、
ご存知でしたか? 人間は自らを傷つけられないように、そのように出来ているんですってね。でもそれは、正常な判断ができる状況に在ってこそ。妾は一杯、また一杯とお酒を
鏡の中の妾が誰だか判らなくなるまで何杯もお酒を頂き、
手首を眼前に差し出して赤黒く流れる血潮を
激しく揺さぶられて目覚めました。目覚めたと申しましても、どうやら
お母様の叫び声が、やけに不快に響きます。何を言っているのか理解は出来ませんが、兎にも角にも不快で仕方がありません。お母様。どうか大きな声を、お出しにならないで……。どうかそんなに躰を、お揺すりにならないで……。
どうか今しばらく眠らせてください、そう伝えようとしましたが声にならず、身を起こそうにも躰ばかりか、指先一つ動かすことすらできませんでした。
眠りたいのです。何も考えたくない、何も考えられない。今はただただ眠りたい……眠りたいのです……。
次に目覚めた時には、見知らぬ部屋でベッドに横たわっておりました。
兄様が何度も何度も、妾の名前を呼んでいらっしゃいます。躰がまるで鉛にでもなってしまったかのように重く、起き上がることすらままなりません。兄様の名前を呼ぼうとしましたが声にならず、情けのない
やがて白衣の方々がいらっしゃって、ようやく此処が病院であると知りました。御医者様が何事かをおっしゃるのですがよく解らず、満足にお応えすることも出来ません。
御医者様たちが去り再び二人となった病室で、兄様は妾の手を取り涙を流されました。良かった、良かったと、声を震わせながら
お前の気持ちをもっと考えてやれば良かった……お前が死んでしまっては自分も生きてはいられない……そんな事をおっしゃるのですが、やはり何のことだか理解が出来ず、兄様の手の温もりだけに心地の良さを感じながら、やがて眠りの中へと落ちていくのでした。
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