バーチャル蠱毒の降臨 ~13人の五条蜜柑~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

『最初の三日間』と『叶えたい願い』と『新しい命』

「一つの入れ物カラダを12人の人格に争わせよう」


 ……この地獄は、そんな狂気の言葉によって幕を開けた。


 ときは大バーチャル時代。

 オッサンでも猫耳Vtuberになれる理想の時代。

 アバターというと人格という魂が一つになることで、個性と魅力を獲得した時代。

 まるで世界に逆行するように、とある企画が産声を上げる。


「最強のバーチャルタレントを決めろ! 戦極オーディション!」


 のちに、「12人の魂で舗装された地獄へのデスロード」と呼称されるオーディション。

 ルールはいかにも単純明快だった。

 単純だったからこそ、多くの人間を巻き込んで墜落していったのである。


 企業側が用意したVtuberのアバターが一つあった。

 それをめぐって、12人の〝ジンカク〟が争奪戦を繰り広げ、視聴者からの獲得ポイントに応じ、予選を通過。

 最終的に企業が面接で誰を採用するか決める……と。

 よく言えばありふれたバトルロワイヤルが、戦極オーデションだった。

 それは、ありふれたイベントのはずだった。


 だが、たったひとつのが発生するとともに、状況は一変し、主催者たちの手を離れていく。


 ──バーチャル蠱毒こどく


 蠱毒とは、壺の中に無数の毒虫を監禁し、殺し合わせ、最後に生き残った一匹によって呪いを完成させる、というまじないの一種だ。

 完成した蠱毒は、莫大な利益を持ち主に与えるとも言われている。

 皮肉にも、そんな俗説に惑わされたかごとく、事態は推移していった。


 企画開催当日──ほとんどの人間は、戦極オーディションを見向きもしなかった。

 五条ごじょう蜜柑みかん

 それがアバターに冠された名前だ。

 同時に、中の人ジンカクたちが名乗ることを許された、唯一の記号でもあった。


 彼女たちには、№1から№12までの数字が割り振られ、それぞれ同じイラストと、配信プラットホーム、それから個別のSNSアカウントが渡された。


 本当に彼女たちの注目度は少なかった。

 まだアバターを手にしたわけではないから、配信といっても雑談が関の山だ。

 SNSだって、一日二日でフォロワーが増えるものではない。

 


 先に言ったミームが、トレンドに乗って爆発したのだ。


「切っ掛けは本当に些細なことだったのさ。人間というのは、本当に気狂いばかりだ」


 五条蜜柑№5.

 彼女は、そんな風に笑い飛ばしてみせる。


 バーチャル蠱毒という言葉が生じる以前、彼女の配信を見に来る者たちは30人ほどだった。

 それもついでとか、作業用BGMとしてだ。

 だが、戦極オーディションのアウトラインがSNSに俎上されると、流れは大きく変わる。


 基本的にVtuberを愛する住人達は、中身と外側がセットになることで愛着がわくと考えている。

 この企画は外側が決まったので中身を厳選するという、住民たちにとってはとても受け入れられないものだったのだ。

 当然のように、批判的な意見が出た。


「これじゃあデスゲームだ」

「ギロチンや末期のコロッセオのほうが幾倍かマシ」

「12人に勝利して最後の一人になっても、ほかの人格のファンがアンチになるだけ」


 無数の形なき声がより合わさり、やがてキーワードを形作る。

 すなわち『バーチャル蠱毒』だ。

 これが、プチっとバズった。

 ようするに、拡散された。


 これにいち早く目を付けたのが、当時最下位位だった五条蜜柑№5だった。


 彼女はエゴサし、バーチャル蠱毒とつぶやいた人間に、片っ端から声をかけていった。


「魅力的な参加者がたくさんいるぞ」


 いると言っても、どうせ消えるんでしょ?


「消えるときは麗しく散ってやる。我々五条は元の世界に戻るだけだ」


 消えるなんて悲しいなぁと、高みの見物。


「そうやって安全な場所で高みの見物を決め込んでいる人間を、こちら側に引きずり落とすのが私の役目だ。いきなり当事者にされるのは最高にエモーショナルだろう? せいぜいこの地獄を楽しむんだな」


 片っ端から、本当に片っ端から彼女は声をかけ続けた。

 このイベントに参加してほしいと。

 今まさに成長途中の地獄を、一緒に楽しもうと。


 節操のないように見えた五条蜜柑№5。

 けれど、彼女が絶対に口にしない言葉があった。

 それは、自分を応援しろという言葉である。


「外野でわいわい騒いでいないで、おまえたちも当事者になったらどうだ? この企画はひどいものだというが、実際に確かめたのか?」


 彼女は繰り返す。


「一緒に楽しもう。私は自分の敗退すら楽しむぞ! なぁに、負けたとしても、それはお前たちの責任じゃない。無理をするな。でも、この地獄は面白そうだろう……?」


 強情蜜柑№5は、あくまでフェアに、とにかく一度覗いてほしいと訴え続けた。


 ……これには、多少裏がある。

 人格たちが泣き落としでポイントを稼いだ場合、ペナルティーとして抹消されるという噂がまことしやかにささやかれたいたのだ。

 つまり、実質的に自分から投票を働きかけることが不可能になっていた。


 だが、№5の立ち回りは異常に上手かった。

 あくまで公正な立場を貫きつつ、自らのSNSに人が集まるよう誘導。そこで、投票するポイントの効率的な集め方を告知する。

 気分的にはゲームのリアルタイムアタックRTAに近い。


 そう、この極めて無軌道な戦いの中で、彼女だけがルールというものを知悉していたのである。


 結果だけを口にしよう。


 初日の朝、30人しかいなかったフォロワーが3000人。

 配信の閲覧者が4000人まで増えた。

 この配信では投げ銭に近いことができるのだが、万単位のオプションが飛び交った。まだ予選なのにである。

 №5曰く、「ドンペリでシャンパンタワーをしたようなもの」だ。


 結果、ほとんど最下位だった彼女の順位は、2位まで跳ね上がった。

 ここまでが、わずか一日の出来事だ。


 配信中印象的だったのは、№5はほかの人格を一切攻撃しないことだった。

 もし№5が勝利したら、ほかの人格をどうしたいかと問われると、


「そうだな。なんとか連絡をつけて、自分の配信に招待したい」


 と口にする。

 同時に、同じパイを食い合うだけのライバルでしかない他人格の、こんなところが面白い、こういうユニークなところがあると宣伝をする始末。

 ここにもしたたかな戦術が光っていた。


 自分をライバルたちと同じステージ、同じ土俵に立たせないことで、勝利した後に必然発生するほかの人格のファン=自分のアンチを減らして回ったのだ。


 また、公式が公開している情報に視聴者が興味を持っていないことを逆手にもとった。

 公式情報から、大物芸能プロデューサがこの企画に絡んでいることを匂わせつつ、プロデュースの手法が似ていると指摘。

 今後のVtuberとしての展開を予測する。


 また、ほかの人格たちと違う、事情に精通した立ち振る舞いをすることで、メタ的に優位に立ってみせた。

 そうやって彼女は、自分の概念強度を、次々に補強していく。


 五条蜜柑№5は、この時点で明らかに突出していた。

 彼女の勝利は、予選の終了を前にして決まったかに思われた。


 そう──№0を名乗る、13人目の五条蜜柑が現れる、その瞬間までは。


§§


 命を賭けなくていいデスゲーム。

 それが、戦極オーディションに対する、視聴者たちの結論だった。


 平成最後のバトルロワイヤル。

 2018年エンターテインメントの最前線。

 インターネット娯楽の極北。


 いくつもの呼び名があるが、やはり最初のキャッチフレーズが正鵠を得ていたと思う。


 いくつもの妄想がSNSでは飛び交った。


「現実の人格たちは監禁されていて、敗退すると本当に殺されるデスゲーム」


「勝ち残った人格は頭痛持ちで、ときおり別人のような言動するようになる。それが12人の敗北者」


「視聴者投票で最下位になった人格から消えていくのだけど、別れ際に「これまでありがとう! みんなと過ごせた時間は宝物で──違う! 本当は消えたくない! もっと話をしたかった……」ってなるのはめっちゃエモい」


 そんな無責任な噂と妄想の中に、一つだけ真実があった。


「これ、誰かが勝ちを確信したところで、前回のオーディションを生存していた〝13人目〟が現れて、全員倒して無限ループするやつだ!」


 オーディション四日目。

 つまり、予選最終日。

 運営側から送り込まれた刺客、五条蜜柑№0が活動を始めたのである。


 №0は圧倒的な拡散力により、またたくまにトレンドを掌握。

 配信で視聴者数10000人を記録し、一躍トップに躍り出る。

 初めから育ったSNSアカウントを持ち、その人格自体にもファンがいたのだから、この結果は当然のものであると言えた。

 地力が違ったのである。


 多くの視聴者は、こう思った。


「№5、ここまでよくやったけど、もう無理だよなぁ」

「さすがに大差がつきすぎた」

「むしろこれまでの気品あるスタイルを捨てて、♡とか☆とか語尾につけまくって、視聴者に媚を売ってほしい。キャピキャピ必死になってほしい」


 ……一部ゆがんだ妄想もあったが、彼女の負けは決まったと、ほとんどの視聴者は確信していた。

 けれど、№5は、最後までぶれなかった。

 己という人格キャラクターを、守り通した。


「言っただろう? 散るときはせいぜい麗しく散ってやると。おまえたちを楽しませる散り際ぐらい考えているさ」


 こうも口にする。


「負けたのは自分たちのせいだと? ここまで押し上げてもらっておいて、おまえたちに責任を押し付けるつもりはない。ただ、楽しめばいい」


 視聴者は。

 否──№5のファンたちは、立ち上がった。

 ありとあらゆる方法を持って、彼女にポイントを集めたのである。

 結果、五条蜜柑№5は、見事に返り咲く。

 その顛末は、彼女の言葉がすべてを物語っているだろう。


「……この気狂いたちめ。そんなに地獄を見たいのなら、存分に見せてやろう!」


 彼女は勝利した。

 12の人格は敗退し、№5こそが、唯一の五条蜜柑となった。

 ……けれど、それは決して、ほかの人格たちがいなかったことになるわけではない。


 12人の魂で舗装された地獄へのデスロード。

 敗退した彼女たちの願いは、肉体を得たいという祈りは、きっと№5が果たすだろう。

 そうして、ここに新しい命が誕生する。

 世界でたったひとつのオリジナリティーを持ったVtuber。

 五条蜜柑が──


§§


 以上がこのオーデションの真相であり、Vtuber五条蜜柑と名乗る人間達の戦いの真実である。

 この戦いに正義は、ない。

 そこにあるのは純粋な願いだけである。

 その是非を問えるモノは――



 彼女たちと地獄を楽しんだ、当事者たちだけである。

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