バスケットボール概論

そもそもバスケって何やったら強いん?

 バスケットボールは欠陥スポーツだという主張をしばしば耳にします。

 その主張の論拠としては、おおむね、先天的な割合が強い"身長"という要素が勝敗に直結しすぎるというものです。


 ハッキリと申しまして、これはある程度正しいと言えます。

 例えばみんな170cm前後ぐらいの中、そこそこ上手い2mの人が一人だけいたら、ほぼ2mさんが無双して終わるでしょう。

 なぜか。

 それは、ゴールが3.05mの高さにある事に加えて、バスケットボールとは「いかに得点期待値の高いシュートを撃つか」で決まるスポーツだからです。


 期待値という概念に馴染みがない方もいるかもしれません。

 バスケットボールにおける得点期待値は、(シュート成功確率)×(シュート成功時に獲得できる得点)と考えてください。

 バスケットボールは一試合に数十本、時には(フリースロー込みなら)100本以上ものシュートを撃ち、シュート1本あたり1~3点でしかない得点を積み重ねていくスポーツです。試行回数が多いほど確率は収束するため、シュートを撃てば撃つほど、期待値の高いシュートを撃つ事が、最終的な得点で相手チームを上回る事に直結してきます。


 では、もっとも期待値の高いシュートとは何か。

 フリー(ノーマーク)でのゴール下のシュートです。

 ここでは便宜的に、いわゆるレイアップシュートも含めて考えますが、ともかくフリーの状態でゴールのすぐ傍で撃つシュートは、市民大会に出るレベルのアマチュアでも9割は決まります。

 期待値で考えると、アマチュアでさえ2点×90%=1.8点となります。

 一般的に、ミドルシュートであれば5割決まればかなり上手いと言われます。それでも期待値で2点×50%=1点。3Pシュートに至っては4割決まればプロの世界でも一流のシューターというレベルですが、それでも3点×40%=1.2点。

 1.8点という期待値がいかに突出しているか、一目瞭然と言えます。

 これに基づいて極端に単純化した例を挙げてみましょう。フリーのゴール下シュートだけを撃つチームと、3Pシュートだけを撃つチームが対戦し、お互い50本ずつシュートを撃ったと仮定すると、前者は1.8×50=90点、後者は1.2×50=60点。90対60で前者のチームが勝つという計算結果になります。


 突出してでかい選手がなぜ強いのか、第一の理由がここにあります。

 ゴールが3.05mの高さにある以上、シュートを防ぐには、シュートを撃とうとする人と互角の高さがなければ困難です。一人だけ突出してでかい選手がいた場合、ディフェンス側の選手がブロックしようとした手を悠々と越えて、フリー同然のゴール下シュートを撃つ事ができるというわけです。

 まあ実際には言うほど簡単ではなくて、正面にいるディフェンスをなぎ倒すようにシュートに行けば当然オフェンスファウルですし、シュートする手は防がれなくとも、足元にべったりディフェンスに着かれているだけでも不自然な体勢からのシュートを強いられ、外す可能性が高くなったりはします。

 それでも、高さを活かして容易にゴール付近でのシュートに持ち込む事ができます。ゴール付近に位置取りし、ディフェンスの手が届かない高い位置のパスを受け取り、そのままゴールに正対してシュートする。これだけでオフェンスが成立するし、これだけで充分強い。

 よって、「一人だけ他の人より飛び抜けてでかくて、ある程度基礎ができている」レベルの人が一人いれば、それだけで得点期待値の高いシュートを撃ちやすくなり、結果として試合の趨勢に大きな影響を与えるのです。


 とは言え、実際の試合ではそこまで一方的な展開になる事はあまりありません。

 ある程度サイズとパワーが拮抗する選手同士が互いのチームにいれば、一方的な高さの優位性でゴール下のイージーシュートを撃つ事は難しくなります。そういうビッグマンがいないチームは、なんとかビッグマンを止めるため、ゾーンディフェンスや複数人がかりでのチームディフェンスなどの工夫を凝らし、身動きすら取りづらい状態に追い込んでいきます。

 かように、高さとパワーに優れた選手は、それゆえに集中的にディフェンスされるものでおり、シンプルにゴールを奪おうとしても阻まれて簡単にはいきません。これがバスケットボールにおける一般的な形であるとともに、こうなった時に初めてオフェンス側は選択肢を選ぶ必要性が生まれます。

 無理矢理ゴール下で得点を奪うのか?

 ゴール下のガッチリ守られているエリアにギリギリ踏み込まないあたりの距離からミドルシュートを撃つのか?

 成功率は低くても、入れば一気に3点となる3Pシュートを狙うのか?

 そして、それらのシュートをなるべく成功率が高い状態で撃つために、どうやってディフェンスを振り切るのか? 個人の技量でディフェンスを抜くのか、パスで繋ぐのか、スクリーンプレイでディフェンスを妨害するのか?

 ここで選手の個性、チームの戦術方針と練度、対戦相手との実力差と相性、ディフェンスの注意がどこに向いているかなどを加味して、「もっとも得点期待値の高いシュート」に繋がるプレイを選択すること。これがバスケットボールにおけるオフェンスの本質であると言えます。

(なお当然ながら、個人のシュート力や、ドリブル突破力などの個人技、チームでの連携プレイなどによって「一人一人が得点できること」は大前提です)


 ここで視点を逆にしてみると、ディフェンスの本質とは「得点期待値の高いシュートを相手に撃たせないこと」である事がわかります。

 実際のバスケットボールの試合を見てみると、パスカットなどで鮮やかにボールを奪ったり、豪快にブロックを決める事は一試合の中で数えるほどしかありません。ディフェンス側の選手はたいてい、オフェンス側の選手を「通せんぼ」する事を必死でやっています。

 なぜなら、パスカットやブロックを狙って飛び出す行為はギャンブルだからです。上手くボールを奪えればいいですが、失敗すれば簡単に抜き去られ、得点期待値の高いシュートを撃たれてしまいます。例え3回に1回ボールを奪えたとしても(これでも非現実的なレベルでギャンブルに成功しているぐらいの確率ですが)、あとの2回イージーシュートを撃たれていては、「相手に期待値3.6得点を与えるのと引き換えに1回の攻撃権を得る」なので、どう考えても収支はマイナスです。

 なので、ディフェンス側の選手はなるべく堅実に守る。そして得点期待値のなるべく低いシュートを撃たせ、リバウンドを取る。これがバスケットボールにおけるディフェンスの王道となるわけです。


 無論、パスカットやブロックができれば相手の得点期待値を0にできるので、それができるに越したことはありません。もしくは、放っておくとほぼ100%やられてしまう場面で、飛び出さざるを得ない事も少なからずあります。

 なので、ディフェンス側の選手がパスカットやブロックに飛び出す時は、「今行けば確実にボールを取れる」、もしくは「放っといたらやられてしまうから行くしかない」という時です。

 ゆえに、オフェンスの技巧に優れた選手は、ディフェンス側の選手に「今行けば確実にボールを取れる」、もしくは「放っといたらやられてしまうから行くしかない」と思わせるような見事なフェイントを使ってイージーシュートのチャンスを作ったりもします。このあたりは完全に駆け引きの世界。

 そういった駆け引きも、すべては「得点期待値の高いシュートを撃つ事」を目的として行われています。

 シュートの上手さ、ディフェンスを抜いたり欺いたりする技術、味方に得点チャンスを与えるアシストパスやチームプレイ、それらすべてが「得点期待値の高いシュートを撃つ」ために行われています。

 こういった観点に基づいてバスケットボールを見てみると、ひとつひとつのプレイの意図が興味深く見えてくるのではないでしょうか。


 なお、ここまで「得点期待値が重要である」と再三主張してきましたが、実は得点期待値の不利を覆す手段があります。

 シュート回数です。言い換えるとオフェンス回数です。

 "下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる"ではありませんが、得点期待値1.1のチームが50回シュートを撃つのと、得点期待値1.0のチームが55回シュートを撃つのでは、最終的な得点力は同等です。オフェンス力で劣っていても、こういう部分で覆せる場合があります。

 では相手より数多くシュートを撃つにはどうしたらいいか。

 相手より数多くボールを確保する事です。

 つまりリバウンドです。シュートが外れた時、ジャンプしてボールを取りに行くアレです。

 そしてリバウンドは熾烈な体のぶつけ合いによる好位置の確保と、身長とジャンプ力による高さが何よりも肝要です。

 つまり、でかくてガタイのいい人が有利です。

 結局でかい奴が強いんかい! と思われた方もいるでしょう。

 その通りでございます。

 実も蓋もないオチ。


 ※

 補足すると、5人全員ただでかい人を揃えただけのチームだとあまり強くない事が多いです。でかい人は一般的にスピードや小回りで劣りますし、アウトサイドシュートの技術も疎かになりがちなので。

 得点期待値の高いシュートをチームとして狙っていくには、多くの場合、小回りの利く人や、アウトサイドシュートが得意な人も必要です。

 なので、もうちょっと正確に言えば、「でかい奴が強い」ではなく「インサイドにでかい奴がいるチームが強い」です。

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