大軍には超巨大トラップを
地鳴りが聞こえる。
胸壁から顔をのぞかせると、土煙を蹴立てて猛然と駆けてくる魔物の軍団が見えた。さっき勇者サマに言った通り、俺の仕事はもう終わっているので、進行してくる魔王軍なんか見ててもしょうがないんだが。
と、ヴェイラが俺の心を読んだかのように言う。
「仕事が終わったんなら、勇者様と一緒に行けばよかったんじゃないの?」
安全第一で考えるならまさしくその通りなんだが。
「ああ、結果を見届けたら大人しく下がって守られておく」
やるだけやって結果を見届けないのはなんか落ち着かないからな。
ヴェイラはそっけなく言う。
「そう。流れ弾には気をつけることね」
言いながら、その手に黄色い光を宿した。
「『
城壁の向こう、迫り来る魔物の軍勢とのちょうど中間地点で、ヴェイラの魔法に呼応してそれは現れた。
ボコボコボコと、土くれを巻き上げて人型を模した土の塊──クレイ・ゴーレムが起き上がる。大きさは人間程度。その数は百体を超える。
ヴェイラが右腕を掲げると、等間隔に横一列に並んだクレイ・ゴーレムは、完全に同期した動きで各々の右腕を掲げ──右腕の先に黄色い光を灯した。
ゴーレムの右腕はそれぞれの正面──魔物たちに向けられている。
そして、魔物たちが今にもゴーレムの戦列に飛びかかろうとする瞬間に、ヴェイラは魔法を唱えた。
「『
クレイ・ゴーレムの戦列が、チカチカチカ、と黄色い光を放った。同時にそれぞれのクレイ・ゴーレムの右腕からショットガンのように飛礫が三度放たれ──魔物の軍勢がバタバタと倒れていく。
ストーン・ブラストは、数個の石ころを飛ばす魔法……だったはずだが。
「大したものだろう。鎧すら穿つほどに練り上げられたストーン・ブラストを、これだけの規模で撃てる者など私は聞いたこともなかった」
その声に振り返ると、真紅の甲冑で全身を覆った何者かが立っていた。
「誰だ?」
「ああ、お前には見せてなかったか。私だ、マルビナだ」
そう言われればマルビナの声だな。
「鎧を着ると誰だか分からないな」
「当たり前だろう。だからわざわざこんな目立つ赤色に塗ってあるのだ。……それよりも、見ろ。お前とヴェイラの策が発動するぞ」
横一列に並んだクレイ・ゴーレムの軍団は、再度前方に腕を突き出す。
『『
遥か後方のヴェイラの呪文に呼応して、クレイ・ゴーレムの腕から鋭利な飛礫が猛烈な勢いでほとばしる。
それは、人間はもちろん、並の魔物でももろに受ければ致命傷は避けられない強烈な攻撃だ。
だが、魔王軍の先陣を切る魔物は、並のものばかりではない。
分厚い皮や装甲で弾き返すもの、俊敏な身のこなしで躱すもの、攻撃に攻撃を合わせて叩き落とすもの、飛礫などものともしないスライム状やガス状の体を持つもの。
数は減らしたものの、士気と戦闘力を併せ持った強者が、ストーン・ブラストの弾幕をくぐり抜け、着実に距離を詰めていく。
放つ魔法は強力でも、起点となるクレイ・ゴーレムは単なる粘土の塊。手軽に大量作成できる代わりに、簡単に崩れる脆弱なゴーレムだ。それを知る魔物たちは一気に距離を詰め、叩き壊さんとする。
その出鼻をくじくように、ヴェイラは次の魔法を唱えた。
『『
瞬間、クレイ・ゴーレムの粘土の体を突き破り、鋭利な岩の槍が四方八方に飛び出した。猛烈な勢いの岩の槍は、今にも飛び掛かろうとしていた間の悪い魔物の体を串刺しにする。
だが、そこまでだった。もう少し引き付けてからロック・スパイクを使えば、より多くの魔物を串刺しにできただろう。しかし、それは同時に発動前にクレイ・ゴーレムが破壊される可能性を高める。遠くから一斉に操作する術者では、これが精一杯なのだろうと、魔物たちは思ったはずだ。
故に、岩の槍が半ば絡み合うようにしてバリケードを築いているのを見ても、少しでも侵攻を遅らせるための苦肉の策──そのようにしか魔物たちの目には映らない。
縦横に伸びた岩の槍を、くぐり抜け、飛び越え、叩き壊して進む魔物たち。
進行速度が落ち、隊列が縮まって、魔物が密集していく。
ヴェイラは、冷徹にタイミングを図り、効果が最大になる瞬間を狙い──呪文を唱えた。
「『
バリケードと化した岩の槍と、それを乗り越えようとする大勢の魔物たち。それを支える地面そのものが、音もなく崩壊した。
これが、俺とヴェイラの策だ。
仕組みは簡単。俺が地面に落とし穴を掘り、地面に偽装したヴェイラのクレイ・ゴーレムが互いに引っ付きあってフタになっているだけだ。
ただし、規模が尋常じゃない。縦幅10メートル、深さ10メートル、そして横幅は100メートル超。もはや落とし穴というより空堀が突如現れたという方が近いくらいだ。
まあ、俺の能力なら10分もあれば余裕で終わる工事だが。
とはいえ、この超巨大落とし穴をただポンと設置しただけでは大した効果は見込めない。ストーン・ブラストで雑兵を削って精鋭だけを残し、ロック・スパイクで渋滞させて効果範囲内の敵を増やす。この辺はヴェイラの発案だ。
その結果が、超巨大落とし穴に響く魔物たちの阿鼻叫喚だ。
「『
ヴェイラがダメ押しの呪文を唱えると、地雷原が一斉に爆発したかのような爆音と地響きが轟いた。ここからでは穴の中は見えないが、いくつもの飛礫が勢い余って飛び出してきたのはよく見える。
クレイ・ゴーレムの全身を鋭利な破片に変換して全周に発射する、要するに自爆させるような魔法とは聞いていたが……これを食らって無事でいられる魔物はほとんどいないだろうな。
結果として、瞬間的に魔王軍の進行は停止し、城壁の守備兵たちは揃って歓声を上げた。
「さて、これで諦めてくれれば楽なんだけどな」
俺が軽口を叩くと、
「無理ね」「無理だな」
ヴェイラとマルビナが揃って答えた。
二人は一瞬見合った後、マルビナが続きを話した。
「魔物の軍勢は、力による支配で成り立っている。グズグズしてると後ろから鞭が飛んでくるというわけだ。だから、後ろの恐怖を前の我々が超えない限りは、奴らは止まらない」
「ほら、聞こえてきた」
ヴェイラが戦場を指す。すると確かに、
『──止まるな! 進め! これで人間どもの小細工の手は尽きた! なんでもいいから進め! ぶっ殺されてえのか!』
威圧的な怒鳴り声が響き、直後、落とし穴の前で足踏みしていた魔王軍の動きがにわかに活発になる。
あるものは穴を飛び越え、あるものは穴をよじのぼり、あるものは迂回しながら、魔王軍はジリジリと進軍を再開した。
「さて、ここからが本番よ。
『
岩に刺さった聖剣? 掘ればいいじゃん 逃ゲ水 @nige-mizu
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