包囲されてんだから共闘するしかねえよな
どすん、と俺たちはどこかに着地した。
光に目が慣れてくると……どうやらここは城主の間らしい。
「あれま!」
すぐ近くから聞こえてきたのは老婆の驚いた声だ。
「おやおや、せっかちだねえ。今出してあげるところだったってのに」
……壺が割れたことには驚かないんだな。
しかし、「今出してあげるところだった」ということは──
「ゆ、勇者様……」
振り向くと、片手に剣を持った城主が、いろんな感情がごちゃまぜになったような顔で立っている。
剣からは青い血が滴っており、その後ろでは紫の肌の悪魔が首を刎ねられて絶命している。
城主は剣を投げ捨てたかと思うと、フラフラと数歩勇者に歩み寄り──勢いよく土下座した。
「多大なる非礼をどうかお許しください! こうする他には手がなかったのです!」
すると、他の誰かが口を開くよりも早く、勇者が仰々しい口調で応えた。
「よい、許す。密偵からある程度の話は聞いた」
「──なんと、慈悲深き」
「それよりも今の状況を。あ、コウタロウさんも協力してくれるとありがたいんですが」
仰々しい口調から一瞬で切り替えながら、勇者が言う。
まあ、ここまで来たら乗りかかった船だ。出来ることならやってやるさ。
「いいぜ、何をすればいい?」
「それを決めるためにも、まずは作戦会議です!」
兵士の手で担ぎ込まれた机の上に、バサッと紙が広げられる。
1秒でも惜しいと言わんばかりに、早速勇者サマが城主に尋ねていく。
「じゃあ、まずは時間的猶予はどのくらいある?」
「私が今しがた斬ったのが伝令の魔物で、奴が帰ってこないことに気付かれるまで、ですな」
「……あまり時間はないと見た方がよさそうだね。次は、現在の状況を手短に」
「はい、まずは周辺の地形ですが──」
参謀の一人が手慣れた様子で簡易的な地図を描いていく。
このクホート城は、海に向かって東向きに突き出た岬の上に建っている。東側の端はほぼ垂直の切り立った崖だが、南北は多少傾斜が緩く人間でも這っていけば登れる程度。西側には城下町があり、住民は全て城に避難させたため現在は無人。おそらく魔物が占拠しているだろうとのこと。
要するに、大軍で攻めるなら西、南北は移動しにくいので来ても少数、東は崖なので普通なら敵は来ない。
今度はマルビナが問いかける。
「敵の位置と数は分かるか?」
「本隊と思われるのが城下町周辺の一団で、数は5万相当。他に、北西の離れた位置に500程度──こちらはおそらく飛行型の集団と思われます。加えて、数は不明ですが海中には水棲の魔物も多数確認されており、何らかの動きがある可能性は高いかと」
「この城の兵力は?」
「多く見積もって5000。その内、飛空騎兵が100程度です」
それを聞いたマルビナが低く唸る。
「空中戦はともかく、地上戦で10倍の差は籠城戦を考慮に入れても厳しいな……」
「このメンツがいても厳しいのか?」
俺はマルビナに訊いた。すると、マルビナはかぶりを振る。
「いや、勇者様やヴェイラにかかれば敵の雑兵が束になってかかってこようが容易に粉砕できる。しかし──」
マルビナは眉間にしわを寄せる。
「奴らが意図して勇者様を誘き出したと考えるなら、向こうにも同等の強さの駒がいるはず。雑兵にかかりきりになっているところを、その強力な駒に狙われて討ち取られるのが一番まずい」
「なるほどな……」
確かに、敵を狙うなら余裕のある時よりも、雑兵の対処に意識を割かれている時の方がはるかに倒しやすそうだ。
だが──
「出し惜しみできるほど、戦力に余裕はないんだろ?」
「ああ、残念ながらな」
心底悔しそうにマルビナは頷いた。
「じゃあこっちも全戦力を投入するしかないな。──コロナ、芝居はもういいぞ」
バルコニー目掛けて呼びかけると、赤銅色の少女型メタルアンドロイドが、待ってましたと言わんばかりに駆け付けてきた。
「はい、お呼びですね! コロナです!」
「これは……?」
説明を求める勇者様御一行に対して、簡潔にコロナの能力を説明してやる。
「こいつは古代文明のメタルアンドロイド、コロナ。一対一でスケルトン・ドラゴンを倒した」
そして、コロナの隣にネメを立たせる。
「こいつはネメ。そのコロナと対等にやり合った仲だ」
本当は、正確な戦力なんか隠し通してしまいたかったが、ここ一番を乗り越えない限りひっそりお気楽スローライフなんてのは夢のまた夢だ。だったら、味方に対しては最初から全部開示して、より適切な作戦を立ててもらった方がいい。
「さて、どうだ? これだけの戦力があればまだなんとかなるんじゃないか?」
すると、額の汗を拭いながら勇者サマが笑った。
「ええ、充分以上です。これなら魔王軍に一泡吹かせられますよ……!」
「来るぞ!」「備えろ!」
にわかに騒がしくなった城門の上で、一仕事終えた俺は、勇者サマとヴェイラの横に何とはなしに並んでいた。
ここはクホート城の西に位置する正門だ。平時は
そして、石造りの堅牢な城壁には多数の兵士が行き交い、急速に防衛戦の準備を整えていく。槍に弓矢、投石器に魔法陣、頭上には奇襲に備えて飛空騎兵も旋回している。
敵の最大戦力に対峙する方面だけあって、守りは堅牢だ。
「……落ち着かないな」
誰にともなく俺がそう呟くと、ヴェイラが頷いた。
「ええ。ここまでの規模の戦闘……いえ、戦争は私も初めてだし」
ああ、まさしく戦争だ。もうすぐ、今この城壁にいる兵士の何倍もの数で魔物の軍勢が攻めてくるのだ。
当然緊張したり不安になったりしてもおかしくない大舞台、なんだが……なんか勇者サマはケロッとしてんだよなぁ。
「勇者サマは緊張とかしないのか?」
すると、勇者サマは困ったように笑った。
「緊張してもしょうがないですからね」
「しょうがなくても緊張はするだろ」
「そういうコウタロウさんも緊張してませんよね?」
「そりゃお前、俺の出番はもう終わったんだから緊張も何もねえよ。それよりこんな作戦で勇者サマは大丈夫なのかって話だよ」
途端に、少年勇者の顔が曇った。
「やっぱり、どこか欠陥が……」
アホか。そんなもんあったらこんなタイミングまで隠すかっての。
「そうじゃねーよ。最終的にダメだったら全部勇者パワーでカバーすることになってるけどそれで本当に大丈夫なのかよ」
すると、勇者はいつもの調子に戻って笑った。
「ええ、それが勇者ですから」
……そうかぁ?
頭上でけたたましくラッパが鳴る。
瞬間、騒がしさの種類が変わる。
怒号が飛び、兵士が配置に付く。駆け出す伝令。飛空騎兵が3騎、西へ飛び立った。
「魔王軍襲来! 魔王軍襲来! 高速で接近中!」
いよいよだ。
俺は隣のヴェイラと頷き合い、その隣の勇者サマは──
「じゃあ、頑張ってくださいね!」
黄金色に輝く伝説の聖剣を担いで、颯爽と城内へと走って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます