聖剣は抜いた奴のものらしいぜ……受け売りだけどな

 荷物袋から、微かに青く光るそれを取り出す。

 保護するためではなく――世界最硬らしいのでそもそも保護の必要もないが――正体を隠すために包んでいたボロ布をはぎ取る。

 現れたのは、鞘のように岩がこびりついたままの伝説の聖剣だ。


 あとはこれを勇者サマに渡せば万事解決な訳だが……なんか、普通に手渡すのはちょっと違うよな。

 一瞬考えて、俺は伝説の聖剣を頭上に高く振りかぶり──

 ガキャッ! と地面に突き立てた。

「コウタロウさん……?」

 訝しげな勇者サマに向かって、俺は答える。

「これは受け売りなんだが、この聖剣は抜いたやつのものだそうだ」

 先端数センチが刺さっているだけで、風でも吹けば倒れそうな聖剣。

 だが、この『壺』の中は無風。何者かが触れない限りは抜けることはない。

「渡すって言ったって、俺はこの剣の正式な所有者じゃない。何しろ、俺は剣を掘り出してだけだ。だから──」

「──分かりました。僕が、抜きます」

 全てを理解した顔で勇者は頷き、聖剣の柄に手をかけた。

 このまま何事もなく抜けるのであればそれもよし。その瞬間から俺は聖剣を送り届けるという重責から解放されるわけだからだ。

 だが、もしも。本当に聖剣を抜けるだけの力をこの勇者の少年が身につけたなら──。


 瞬間、伝説の聖剣の放つ光が、明るさを増した。

 そして、目の覚めるような青い光が辺り一面を塗り潰し──

『後継者よ。君にこの剣と力を託そう』

 男の声――この場の誰のものでもない声が、勇者に語りかける。

 直後、晴天の空を思わせる目の覚めるような青い光は、一転、眩いばかりの金色にその色を変え──

 バラバラと、鞘のような形でこびりついていた岩が、刃から剥がれ落ちた。コロナの渾身の一撃ですら剥がれる気配のなかった岩が、自らの意思で剣から離れるかのように、静かにほどけて落下した。


 その後、何事もなく黄金の光は収まり、少年勇者の手の中には、金色に輝く聖剣が握られていた。岩のひと欠片も残っていない完全な姿で。



「ついに、ついにやりましたね勇者様!」

「やっぱり私が見込んだ通りだったな!」

「よくぞここまで努力されましたね!」

 パーティの面々に祝福というか、取り囲まれてちやほやされている勇者サマ。

 ……あんま気にしてなかったけどハーレムっぽくなってんな。まあ全員相応の実力は持ってるっぽいし、勇者戦士僧侶魔法使いの『伝統的』なパーティだから機能的にも問題はないんだろうが。

 まあそんなことは置いておいて。

 伝説の聖剣が伝説通りの力なら、魔王軍が何千何万来ようが問題なく斬り倒せるはずだ。

 だが、伝説というのは誇張や粉飾が当たり前。どの程度話が盛られているのかは確かめておく必要がある。

「なあ、今のうちに聖剣の力を試しておかないか?」

 その瞬間、勇者サマを取り囲んでちやほやしていた3人の女の目が不機嫌そうにこちらを見た。

「いや、聖剣の力を疑うわけじゃないが、この後戦うわけだろ? だったら、どこまでのことができるのか確かめておいた方がいい」

 そういうと勇者の取り巻き、もとい、3人の仲間は理性を取り戻した。

 えへん、と咳払いをしてマルビナが言う。

「あ、ああ、そうだな。魔王軍が総力を上げてクホート城を落としに来るのだ。どれだけの威力と範囲で攻撃できるのか、確かめておいた方がいいか」

 半ば自分自身に言い聞かせるように言ってから、女戦士マルビナは勇者に向き直る。

「そうだね。せっかく誰もいない空間にいるわけだし、性能を試しておこう」

 勇者サマはそう言って、おもむろに聖剣を振りかざした。

 そして、

「えいっ」

 小さく掛け声を発したかと思うと、聖剣は2本に増えた。……いや、違う。黄金の輝きが剣の形をとっている、光の剣とでも言うべきものが出現したのだ。聖剣本体も同じく黄金に輝いているので、近くで見ないと剣が分裂したようにしか見えないだろう。

「あー、なるほど……」

 何がなるほどなのか知らないが、勇者サマはそう言うなり、光の剣の柄に手を伸ばし、握った。

 どうやら普通に触れるらしく、聖剣本体と光の剣を左右で握って二刀流の構えなんかをやっている。

 と、今度は両方の剣を投げ上げた。2本の剣は空中で動きを止め――

「こうかな?」

 なんて言っている勇者サマの手の動きに合わせて、縦横無尽に飛び回り始めた。

 ……光の剣の方はまだ分かる。光なんだから重さもないんだろう。だが、本体の聖剣の方も重さがなくなったかのようにひとりでに飛び回るのは謎だ。

「よし、じゃあ軽く――」

 飛び回っていた2本の剣が空中で静止し、強烈な光を放った。直後、2本だったはずの剣は……ちょっと数えたくないくらいの数に増えている。どう見ても百は下らないはずだ。

 その無数の光の剣は、勇者が軽く手を動かすと一瞬で整列し、勇者の頭上からまっすぐ上に一列に並んだ。遠くから見れば一筋の光が真上に伸びているようにしか見えないだろう。

 そして、勇者サマが手を振り下ろした。瞬間、一直線に並んだ光の剣が手の動きに追随するように地面に向かって降り注ぎ──


 ズドドドドドドド──ッ!!


 機関銃を思わせるような音を立てて光の剣が突き刺さり、一本の道のように金色の光が地面を照らした。


「うん。距離、範囲、速度、正確性、どれも期待以上だね」

 ……当の本人がこんなリアクションだからどう反応すればいいのか分からないんだが。

「あとは威力が――」

 瞬間。

 勇者サマの言葉を遮るように、地面が揺れた。

 いや、地面じゃない。今俺たちが立っているのは巨大な壺の内側。その壺が壊れようとしているかのような、地震に似た激しい揺れ。

「『壺』が割れるぞ!」

 俺がそういうと、ヴェイラが間髪入れずに反論した。

「ありえない! 私たちは縮小されてるんだから、『壺』の厚みは何千倍にもなってる! そんなの……」

 何千倍……ねぇ。

 壺の厚みが1センチだとすると、千倍で10メートル。1万倍なら100メートル。

 あの老婆の言っていた通り、「岩盤」と称するには十分な厚みだろうが……。

「……俺のツルハシでも一撃で5メートルはいける。俺より強い勇者サマが伝説の聖剣を抜いたんだ、俺の倍どころじゃ済まねえよ」


 直後、聖剣の軌道をなぞるように大地が一直線に割れ、光が差し込んできた。かと思うと、亀裂はそこから縦横無尽に広がっていき――


 足場を失った俺たちは、白い光の中に放り出された。

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